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日向ぼっこ

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白い砂浜が続く、綺麗な海辺。
もう冬だというのにリュウキュウの気候は生まれ育った土地に比べて驚くほど暖かい。
木陰に入ればさすがに寒さを感じたが、膝の上には天然の湯たんぽが乗っているため苦にはならなかった。
柔らかい毛並みを撫でるとごろごろと喉が鳴るのが愛らしい。
オチャヅケ、と変わった名前を呼びながら、アキラはつかの間の休息を満喫していた。

ヴォクスのメンテナンスと、それに合わせて訓練用の機器もメンテナンスすることになり、いつもならば演習だ訓練だと慌しい一日がぽっかりと穴を開けてしまったのだ。
書類の作成などやることは山積みだったが、補佐官である甘粕が「たまには教官も息抜きをしてください」と仕事に齧りつこうとするアキラを追い出したのは一時間ほど前の出来事である。
戻ってこないように監視役と称してオチャヅケまで押し付けられてしまえば、アキラとしても言葉に甘えるより他はない。
LAGの施設内にいると仕事が気になって仕方なくなるため、こうして砂浜まで足を伸ばしたのだった。

天気もいい、風も気持ちがいい。
眠くなるのをぐっと堪えてざああ、と打ち寄せる波の音に耳を傾ける。
リュウキュウはいいところだ。
何もかもが優しくて、暖かい。

「ひゃふ」

ゆっくりとした時間に身を委ねていたアキラの耳に突然聞こえた独特の声。
顔を上げれば、そこには長い尻尾をぱたぱたと揺らしたサブスタンスが立っていた。
灼熱の太陽に紫色をしたネコ型ナイトフライオノート…という妙な組み合わせにアキラは笑うと、ぽんぽんと隣を叩いて彼を呼び寄せる。

「おいで、リッケン」
「ひゃひー!」

とことこと歩いてきたリッケンバッカーがちょこんと猫らしくアキラの横に座った。
前足を揃え、ちょんと地面についている姿はアキラから見れば可愛くて大きな猫だ。

「ひゃひひゃ、ひゃひひひぇひゅひょ?」

しかし、鳴き声ではなく分かりづらい言葉で話してくる姿は間違いなく猫ではない。
リッケンバッカーの頭を撫でて、アキラはリッケンバッカーの言葉を必死に解読した。
じっとこっちを見詰めているリッケンバッカーの目にはクエスチョンマークが浮かんでいるように見える。
恐らくは、アキラ、何してるの?だ。

「今日ね、訓練がなくなっちゃったでしょう?だから日向ぼっこしてたの、オチャヅケと」
「ひひゃひゃひょっひょ!ひゃふ、ひひゃひゃひょっひょ、ひゅひ」
「リッケンも日向ぼっこ好きなの?ふふ、じゃあ一緒にいようね。皆でした方が楽しいから」
「ひゃひ」

了承したかと思ったその返事の直後、リッケンバッカーはすっくと立ち上がってひょいひょいと身軽に走り去ってしまった。
紫のしなやかな身体はあっという間にLAGの中へと消えて行く。

「リッケン!?」
「にゃあ」

呼び止める声も虚しく、リッケンバッカーが戻ってくる気配はない。
気紛れな猫のようなサブスタンスだから気にしていても仕方ないとは言え、少々寂しい気持ちを隠し切れそうもない。

「オチャヅケ…行っちゃったね、リッケン」

ふわふわした身体を撫でてやると、オチャヅケはゴロゴロと喉を鳴らしてアキラの掌をぺろりと舐めた。
どうやらこちらの猫は慰めてくれているらしい。
指で喉の下を擽ってやるとアーモンド型の目がすうっと三日月に細くなる。
可愛いなあ、とくちびるを綻ばせ、アキラはオチャヅケと二人だけの日向ぼっこを再開した。

どのくらいそうしていただろうか、波の音と上下するオチャヅケの身体の暖かさにうとうととしているアキラの耳に、遠くからか細いとは程遠い悲鳴が聞こえてきた。
眠い目を擦って振り向けば、先程跳ねるように行ってしまったリッケンバッカーの姿が見える。
更にその腕には彼のメインスタンスであるカズキの身体があった。
カズキの言葉を借りるなら、プリンセスハグされた状態である。

「リ、リッケン!ホワイにどうしてこんなアクションをしているんだい…うわっ!!」
「ひゅひゅひ…ひゃひひゃ、ひひゃひゃひょっひょ」
「ノー!今スズキって言っただろうリッケン!」
「ひゅ…ひゅひ…スズキ!」
「だからどうしてカズキってセイしてくれないんどぁっ…し、舌を噛んだよリッケン、もう少しジェントルに扱ってほし、っぐぁ!」

賑やかなやり取りは遠くにいてもはっきりと分かる。
ぷっと吹き出して身体を揺らしたアキラにオチャヅケが非難の声を上げた。

「ごめんねオチャヅケ。でも面白くて…」

宥めるように眉間を指の腹で優しく撫で、駆けてくるリッケンバッカーとカズキの到着を待つ。
流石はサブスタンスというべきか、見る見るうちにアキラの隣に辿り着いたリッケンバッカーは抱えていたカズキをアキラの横に無造作に投げ落とした。
ぽい、と効果音がつきそうなほど、あっさりと。

「いだっ…!」

美形にあるまじき声を上げ、カズキは強かに尻を打ちつけた。
怪我をしないのはここが砂浜だからで、もしもコンクリートの上ならば相当に痛かったことだろう。

「大丈夫?カズキくん」
「ミーの素敵なヒップが潰れてしまったかもしれないけど、その他はオールグリーン、実に快適さ。ところでティーチャー。こんな場所でホワットにドーイングしてるんだい?」

乱れた髪を撫でつけ、眼鏡の位置を直しながらカズキがアキラに問う。
突然連れてこられたわりに落ち着いているのは、カズキだからなのだろう。
柔軟な思考と冷静さを併せ持っていて、ライダーの中でも一番大人だとアキラは思っている。
ここ一番というときには必ず突破口を見つける明晰さも普段の奇抜な態度の中に隠れてしまっているが、実に秀逸だ。
アキラは流石カズキだと感心しつつ、口を開いた。

「日向ぼっこしてたの。今日の訓練なくなっちゃったから、お暇を出されちゃって」
「なるほど。そこへリッケンが通りかかったわけかい?」
「誘ったら突然走り出しちゃったの。まさかカズキくんを連れてくるとは思ってなかったわ」
「ひゃふ?」
「ミーもリッケンにプリンセスハグされるなんて思ってもいなかったよ」
「ひゅ…ひゅひゅひ…ひゃひひゃ、ひっひょひ、ひひゃひゃひょっひょ」

カズキの横に座ったリッケンバッカーは、今度こそ落ち着いたらしく気持ち良さそうに日光を浴びながら目を細めた。
賑やかなサブスタンスたちに囲まれているときとは違う寛いだ様子に、自然とカズキとアキラの顔が緩んでしまう。
リッケンバッカーやサブスタンスたちを見ているとカズキの願いだって叶うのではないかと、そう思えてくるから不思議だ。
音楽は、人を繋ぎ、サブスタンスと交流する架け橋になる。
アキラはそんな優しい世界を思い描いて心をほんわりと暖かくした。
カズキも同じことを思っているのか、リッケンバッカーを見る目はとてもやさしい。
それがふとアキラの方に向けられて、アキラは驚きとともにその穏やかな視線を受け止めた。

「…なるほど、アイシー分かったよティーチャー。リッケンはミーとティーチャーと一緒に日向ぼっこをしたかったみたいだ」
「え?…あ、もしかして…」
「ひゅひゅひ、ひゃひひゃ、ひっひょ!」
「ティーチャーと、ミーが、一緒だってセイしてる」
作品名:日向ぼっこ 作家名:ユズキ