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ぬくもり【巣西】

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「あの、さ。今度の連休、時間とれねーかな?」
 巣山からそんなことを言い出すのはすごく珍しいことで、オレは思わず目を瞠った。
 連休…っていったって、三連休のうち土曜と月曜は半日だけど部活がある。
「…部活以外は今のところ特に予定ないけど…、何?」
 正確には、部活以外と、日曜の夜以外は、だけど。
 日曜の夜は、今年は家族揃えそうだから、多分オレの誕生会。オレはそろそろ高校生だし、誕生『会』と言うほどのモノじゃなくても、と思うけど、妹が楽しみにしてるし。
 自転車を押している手が止まって、巣山がオレの方を振り返る。
 こころなしか巣山の顔が赤い。
「えっと…土曜の夜とか、どう、かな。その、オレんち来ねー…?」
 ……巣山の家? って、いつも弟やお兄さんがいて煩いからって、今まで呼ばれたことがない。
 なのに、何で、急に。しかも、
「…夜??」
 部活は午前中で終わるから、午後以降確かに身体は空いてるけど。
「──できれば、泊まり、で」
 その言葉の意味が浸透するにつれて、オレの顔はじわじわと熱を持っていく。
 うわ、きっと今オレ真っ赤だ!
「えっ!? う、あ?」
「わ、イヤ、ゴメンっ、い、今の無しでっ」
 つられて赤くなった巣山はぶんぶんと手を振って、また歩き始める。
 あ、誤解された。オレ、イヤなんじゃなくって、ビックリしただけで──
「違う、ごめん、巣山。別にイヤとかじゃなくって…」
「っ」
「その…驚いた、だけだから…。あー、でも帰って訊いてみないとわかんないけど、巣山がいいって言うならオレ、巣山の部屋見てみたいな」
 オレはそう言って微笑む。
 いや、だって。これは本音。巣山の部屋、見てみたい。オレが知らない巣山を少しでも垣間見れる気がして。
「あー、うん。じゃあ、訊いてみて、それで大丈夫だったら。──見せたいもんもあるしさ」
「見せたいモノ?」
「……それは内緒」
 なん、だろう。巣山がオレに見せたいモノ、って。
 気にはなったけど、巣山が内緒って言ったら、ホントに口割らないしなぁ。
「わかった」
 気づけばいつもの分かれ道。
 時間が経つのってホント早い。
 名残惜しいけど、また明日も会えるんだから、と自分に言い聞かせる。
「じゃ、またな、西広」
「うん、おやすみ、巣山」
 笑顔で手を振って分かれる。
 ここからの道のりは巣山の方がずっと長い。悪いな、と思いつつそれでも巣山に甘えてしまっている。
(巣山は優しさがさりげないんだよなぁ…)
 ぼんやりと思って、はっとして。鼓動が速くなった胸を押さえる。
(巣山んちかぁ…行けるといいな)
 オレは自転車をこぎながら思った。

「お、お邪魔しますっ」
 緊張でかたくなっているオレと巣山を巣山のお母さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい、ゆっくりしていってね」
 緊張した頭で、巣山はお母さん似だな、なんてどうでもいいことを思う。
「西広、オレの部屋、あっちだから」
 言うと同時にどんどん進んでいってしまう巣山の後を、巣山のお母さんに小さく頭を下げてから、オレは追った。
「ここ」
 呟くように言うと、巣山が部屋のドアを開ける。
 う、わぁ。…なんていうか、巣山そのまんま?
 シンプルなんだけど、ポイントポイントはこだわってる感じだ。
「……西広?」
「う、えっ?!」
「黙られると……困るんだけど」
 ちょっと照れたように巣山が目を逸らす。
「あっ、ごめんっ! えっと、なんて言うか、巣山そのまんまだなぁって思って」
 慌ててしまって思ったままを伝える。…って、こんなんじゃワケわかんないよな?
 案の定、巣山がプッて吹き出して。クツクツ笑い出す。
「…なんだよっ、それ…」
「だってさぁ…」
 言葉じゃうまく説明できないよ。
 だって、それを説明するには巣山の内面とか、オレが思う巣山って人柄を一から説明しなきゃいけなくなる。
「ま、いいや。その辺、座って」
 部屋の真ん中に鎮座するこたつに足をそっと入れる。
(あったかい…)
 それだけで心がホッとして、やわらかい気持ちになった。
 さっきまでの緊張が融けだしていく。
「お前に見せたかったのはさ」
 そう言って巣山はがさがさと本棚を漁った。
 そうだ、オレに見せたいモノって、何だろう?
 気にはなっていたけど、問いつめたところでしょうがないし、巣山は約束を破ったり忘れたりするような人じゃないから、土曜まで待てば教えてくれるだろうし、っていうんで、実は半分忘れた形だった。
「これ」
 ばさりとこたつの上に置かれた束。…アルバム?
「ほら、前に西広さ、知らないオレがたくさんあるの、悔しい、みたいなこと言ってただろ?」
 うっすらと笑みを浮かべてそんなことを言う。
 つきあい始めた頃だったか。確かにそんなことを言った記憶がある。
 もちろん、これから先の未来を見つめていけばいいのだろうけど、出会う前の巣山を知らないのは悔しい、みたいな感じで。
 でも…それって結構前のことで、しかも冗談半分で言ったようなことで。
「……覚えてて、くれたんだ──」
 ぽつり、呟いてこたつの上に無造作に置かれたアルバムの束に視線を落とす。
「まぁ、な。こんなんじゃ足んないかもしれないけど、それでも、西浦の他のヤツらは知らないオレ、だろ?」
 こんなの見せるの恥ずかしいんだけどな、と照れくさそうに付け加える巣山。
「……ありがとう」
 本当に、些細なことでもちゃんと覚えててくれて、気にかけてくれて。それが、すごく嬉しい。
「ほれ、こっちが中学ん時ので、こっちはリトルん時の──」
 それからしばらくオレたちは、巣山のアルバムを見ながら、昔話で盛り上がった。

「お、もうこんな時間かぁ」
 巣山の部屋にあった野球雑誌から、野球の話で盛り上がってしまい(休みの日でもやっぱりオレたちは野球だ)、もう日付が変わるちょっと前だった。
 部活のある日でもない日でも。早い朝練で慣らされてしまった身体は、11時を過ぎた辺りから急激に睡眠を欲するようになっている。
「…寝るか?」
 巣山のベッドの横に敷かれた布団。いつでも寝る用意はできている。
「んー、そう、だねぇ…」
 さすがにオレも眠くなってきて目を擦る。
「じゃ、電気消すぞ」
 そう言って、巣山は立ち上がって電気を消した。
 布団をぐっと鼻にまでかける。
「…おやすみ」
「……おう」
 それっきりお互い口を閉ざしたけれど、やっぱり…眠れなくって。
 身体は睡眠を欲しているのに、意識だけはやけに冴え冴えとして、ピンと張りつめている。巣山の僅かな動きも、呼吸も感じ取ろうとしてる。
 どのくらいの間そうしていただろう。ロクに身動ぎすらできず、ひたすらに目を瞑っていたら、ベッドの上で衣擦れの音がする。
 巣山も、まだ起きてるのかな? そう思うと同時に声をかけられてびくりとする。
「西広、まだ起きてっか?」
「……う、うん」
「何、寝れない…?」
 言いながら巣山がベッドから降りて、オレの隣に腰を下ろしたのが分かった。
 オレも身体を起こして巣山の隣に座る形になる。
 顔が思ったよりずっと近くって、ドキリとした。
作品名:ぬくもり【巣西】 作家名:りひと