kisses.【栄口総受】
05 誓いのしるしに(花井×栄口)
いつも笑顔を絶やさず、争い事を好まない。
人の間にいつの間にか入りこんで、気がつけば仲裁役なんてモノになってしまっている。
それでいて、自分の意見も言うべき時には引かずに言うことができる。
三橋曰く『いい人』、それがオレの知る栄口勇人だった。
雰囲気が落ち着いているから、一緒にいて心地よい。その優しい笑みがオレだけに向けられればイイ、なんて思うようになったのはいつだったか?
気づけば好きになっていて、そんなの勘違いだろって自分の気持ちを否定して、どうにもうまく振る舞えなくなってた時。
たまたま部室に二人きりになった。
主将と副主将なんだから、状況的にはなんもおかしくないのに。
妙に落ち着かないのは、自分に疚しいところがあるからだ。
書き物をしてても、指が震えた。
その横で、栄口は資料の整理で紙を捌(さば)いている。
テキパキと動く、マメだらけの指に見とれて、自分の手が止まってしまっていたことに気づいたのは、栄口に名前を呼ばれてだった。
「……花井?」
「えっ? あっ、何?!」
オレの反応に、栄口は軽く首を傾げる。
「何、じゃなくて。ずっとこっち見てるから、どうしたのかなーって…」
う、わぁ…、オレ、栄口のこと見ちゃってたのか。無意識にそれってヤバイだろ。
「え、えっと…」
狼狽えるオレを見て、栄口がちょっとだけ、頬を染めた。…って、なんで??
「あのさ、花井ってオレのこと、好き、だったりする…?」
思いもかけない質問に、オレは一瞬頭が真っ白になる。
「や、なんか…、あの……よく、見られてる気ぃすっから……、」
ぼそぼそと声が小さくなっていくにつれて、反対に栄口の頬の赤みは増していく。
「なんて…や、それはないよな! ごめん、忘れてっ、」
ごまかすように笑って、バサバサと手元の資料をまとめる栄口に、さっきまでの丁寧さは皆無で、めちゃくちゃ動揺してんのが分かった。
「オレそろそろ教室戻んね!」
言うが早いか慌てて立ち上がる栄口の。細い手首をオレは咄嗟に掴む。
「なん、だよ……っ、」
栄口の顔は、今にも泣き出しそうに目なんか潤んでて、ひきつった笑みを口許に貼りつけていた。
どうすんだよ。栄口のこと引き留めて。
でも──あんなこと訊くってことは。こんな顔してるってことは。
「好きだぞ。」
「えぇっ…?」
「オレ、栄口が好きだ。」
栄口の目の縁に溜まっていた滴が、ぽろりと一滴落ちて、床に染みをつくった。
「……嘘、だろ? だってオレ、男だよ?」
「オレも、なんかの間違いだって思いてーけど。残念ながら本気。」
「マジ、かよ……、」
栄口の顔がくしゃりと歪んで。
「気づかなきゃ、よかった。」
そう呟いた栄口に、それはどういう意味だと問い糺そうとしたら、栄口は再び口を開いた。
「絶対無理だって思ってたからガマンできたんだ。……手が届く、なんて思ったら、もう、止めらんないだろ……っ」
はらはらと涙を零す栄口の手をとると、オレは手の甲にキスを落とす。
「……ガマンなんか、しなくていーから。」
オレは立ち尽くしてる栄口を見上げると、小さく、でもはっきりと告げた。
「……っ、」
栄口の瞳が揺れる。
「欲しいだけ欲しがりゃいいだろ。それがお前の気持ちだって思うから。」
オレは立ち上がると、栄口の髪をゆっくりと梳いた。
こんな近距離で栄口と話すのは初めてで。
バクバクと心臓が音を立てる。
栄口のシャンプーの匂いがふわりと鼻腔をついて。不意に、抱きしめたくなった。
衝動に抗うことなく、頭から抱き寄せる。
「え──、」
栄口の細い身体はすっぽりと腕のなかにおさまって、栄口の匂いを深く吸い込む。
「ちょ、っと、花井…っ」
栄口は焦ったようにオレを見上げて抗議するけど、オレはまわした腕を緩める気なんでさらさらなかった。
「なぁ、栄口。お前は、どーなの。」
腕の中で、ピシリと栄口が硬直する。
「お前はオレのこと──」
続きは、栄口の口から聞きたい。
かああ、と栄口の顔が赤く染まって。ふっと目を逸らす。
「い、言わなきゃダメ…っ?」
ちらりとオレを見やった栄口は目元まで赤く染まってて。
うわぁぁぁ! か、かわいいッ!!!
「言ってくれると、ウレシイ、カモ。」
つられるように、オレの頬も熱をもっていく。
「…………すき。」
ごくごく小さい声で呟かれたそれは、そこがオレの耳元だったこともあって、しっかりとオレの耳へと届いた。
うわっ、……ヤバイ、かも。止め、らんねぇ。
「さかえ、ぐち…っ」
切羽詰まった声で呼ばれて、栄口はおずおずと顔を上げた。
「オレ、絶対大事にするから。」
言いながら、オレは栄口の頬を手のひらで包む。
それから、オレを見上げる栄口の薄い唇に、触れるだけのキスを落とした。
「は、ない…ッ!!」
パッと口許を押さえる栄口は耳まで赤くなっている。
「あー、えっと。まぁ、約束のキス、みたいな…?」
ただ、我慢できなかった。沸き上がった衝動。
キスだけで我慢できた自分をほめてやりたい。
「花井、手ぇ早すぎ……。」
栄口は涙目になって、オレをキッと睨みつける。
「──ヤだったか……?」
少し不安になって、オレは恐る恐る訊ねた。
そうしたら、栄口はふるふると首を振って。
「あのさ、……ガマンしなくていいっつったよね…?」
「? ああ。」
何かに迷うように栄口は一旦目を伏せて。それから、オレの目を少し潤んだ瞳で見つめ直す。
「……もう、一回──」
言いながら栄口はオレの襟元を掴むと、ぐいとオレを引き寄せた。
次の刹那、栄口の唇がオレの唇に触れて。
「……ッ?!」
「これで、おあいこだからな──ッ!!」
呆気にとられているオレに、そんなカワイイ捨て台詞を吐くと、栄口はバタバタと部室を飛び出していった。
「な、んだよ……っ、コレ──、」
鼓動は速くなったまま、そのスピードを緩める気配すらない。
熱く、火照っている身体は、当分冷めることはないだろう。
どうやらオレは、思ってた以上にアイツのことが好きらしい。
作品名:kisses.【栄口総受】 作家名:りひと