夢を見た
「…………」
キッチンから香ばしいパンの匂いも流れるようになって、包丁や水を使う音が止んだ。
ああ、支度が済んだのかと、遠い出来事を見聞きするような気持ちで受け止める。ふっと、幻の彼女も微笑んだ。
ジョーを起こしに行くのだろう、フランソワーズが、自分のいるリビングを通って、エプロンを外しながら二階へ向かおうとしている。
が、廊下へ出て行く直前、急にこちらを振り返って、
「ねえ、どうかした? どこか具合でも悪いの?」
と訊いてきた。
尋ねる大きな瞳が、気遣わしげな光をたたえている。まずった、と悔やんでも後の祭り。
この娘は、超視覚や透視能力など使わずとも、人の心の機微を的確に見抜くのだ(但し約一名の例外有り)。なのに、その前であまりに無防備過ぎた。まったく、自分としたことが。
「大丈夫?」と、そのまま寄って来て額に手を当てそうな妹分に対し、心の中で舌打ちしつつ、懸命に笑顔を作ってみた。
そんな表情が全く似合わないことくらい、百も承知ではあるけれど。
「気にするな。……ちょっと、夢見が悪かっただけだ」
そう。
最高に幸せな夢を見た朝は、最低の悪夢を見た後と同じくらい辛いと、改めて知った。
ただ、それだけのこと。