愛の劇薬
「…ん?」
視線の先に、何か転がっている。
湯呑みを片手に持ったまま身をかがめて、その何かを手に取った。小さな小瓶だ。中身は無色透明なのだが、貼ってあるラベルに大きなハートマークが描かれている。胡散臭いことこの上ない。
「新羅さん、これ」
「それ……捨てたと思ってたのに」
形容し難い微妙な顔をして、新羅さんは小瓶を受け取った。
そして一瞬の迷いも見せずにそれをゴミ箱へ放り投げる。
「何だったんですか、あの小瓶」
「あれはこの間父さんが持ってきたんだよ。いわゆる、惚れ薬ってやつらしい」
「は!?」
余りに非現実的な説明に、口がぱっかりと開いた。
冗談か何かですよね、目で訴えてみたのだけど、新羅さんは晴れやかな笑顔で応じた。つまりは、あれは、本物だと。
「全く大きなお世話なんだよね!私とセルティの愛にそんなもの必要ないってどうして分からないのかなあ!僕らは相思相愛で永久不変、もはや比翼連理の仲だっていうのに!そりゃあ多少はさ、いつもツンツンデレのセルティのデレの部分が見れるかもって思って浮かれたりしたけどさあ、副作用が余りにも酷いんだこの薬。使う気には全くなれなかったよ!一応人体実験済らしいから効果のほどは確かなんだけど」
「ほ、本気で言ってますか、新羅さん」
「うん本気。もう少し詳しく説明するとね、この薬を飲まされた相手は、飲んだ直後に告白してきた相手に恋をする。もうべた惚れってやつ。めろめろになっちゃうのさ。でもその効果は3日間だけ。3日間を過ぎると効果が無くなって元に戻る。だけど、今度は惚れてた相手のことを心底嫌いになっちゃうんだって。不倶戴天の仇の如くね!」
ぺらぺらと喋る新羅さんの言葉を、どこか遠いところで、冷静に聴いていた。
もしも言っていることが真実なら、その薬を折原臨也に飲ませたらどうなるだろうか。
いや、どうなるではない。結果はもう分かっている。薬を飲んだ臨也さんは、僕に恋をする。たった3日間の恋愛感情。そしてその後はこれ以上ないほどに嫌われてしまうのだ。
そんなことになるくらいなら、今の関係を維持したほうがいい。
いや、それでも。たった一瞬でも、臨也さんと恋人同士になれるなら…。
どちらも本心からくるもので、どちらを選択すればいいのか分からず、ぐるぐると考えが回っていく。どちらを選んでも、後悔するのかもしれない。それならば、それならばせめて、少しでも後悔の少ないほうを選ばなくては。
唐突にもたらされた選択肢にぐらぐら揺れながら、耳は新羅さんの話を聞き流し、その目はずっとゴミ箱を見ていた。
そして帰り際、新羅さんが目を逸らした隙に、僕は手にしてはいけないものをゴミ箱から取り去った。