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愛の劇薬

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03



 あの薬を手に入れてから、僕はどうやって臨也さんに飲ませるか、それだけを考えていた。

 臨也さんはとても疑り深い人だ。それは、情報屋という彼の職業にも所以しているのだろう。だから、臨也さんに薬を飲ませるというのは、いざ実行しようとすると中々難しい。
 そもそも、二人きりでお茶をする機会というものがない。せいぜい偶然会った臨也さんに缶ジュースを奢ってもらったことがある程度だ。そんな現状で、臨也さんに怪しまれることなく、薬を飲んでもらう方法。絶対に失敗は許されない。だから僕は何日もシミュレーションをして、ようやくこの日を迎えたのだ。

「……よし」

 携帯の画面を見て、自分の予測が正しかったことに安心する。
 現在、臨也さんは恒例の静雄さんとの鬼ごっこ真っ最中なのである。
 ダラーズ、ツイッターなどのネット上の情報網で臨也さんたちの現在位置を補足し、その足取りを辿ることでこの先到達するであろう場所を予測する。タイミングは、臨也さんが静雄さんを撒いた直後。できれば周囲に人がいないとベスト。
 二人は予想通りに動いてくれるような人ではないから、実はこの計画を実行するのは7回目。まあ、7回目で成功しただけ良い方なのかもしれないけれど。ともかく、今日は成功した。もうすぐここに、臨也さんが来る。

 鞄のなかに入っているペットボトル。中身はスポーツ飲料で、半分ほど残っている。その蓋を開け、例の薬を投入し、軽く混ぜる。薬自体には匂いはなかったから、味もそんなにしない、と思っている。それにスポーツ飲料はもともと甘いから、多少味が変わったとしても違和感はないだろう。薬が薬なので味見をすることはできなくて、混ぜることで生じる味の違いだけが計画の不安点だった。


「ったく、シズちゃんの、体力馬鹿めっ…!」


 ――きた!

 右横のビル、頭上の窓から飛び出してきたのは黒ずくめの男。
 ぜえぜえと肩をしながら額の汗を拭うその姿は、確かに折原臨也その人だ。

「だ、大丈夫、ですか?臨也さん…?」

 なるべく心配そうに、気遣っているように装って、声をかける。
 そうすると臨也さんは僅かに目を見張って、こちらを見た。まさか人がいるとは思っていなかったのだろう。

「あれ、帝人君、じゃ、ないか。こん…な路地裏で会うなんて、奇遇だねぇ」
「まさか臨也さんが空から降ってくるとは思いませんでしたよ」
「今日、の、シズちゃんしつこくっ、てさー。あー、つかれた…。嫌だなぁ、汗だく、だよ」
「お疲れ様です…。あ、そうだ臨也さん」

 再度鞄のなかにしまっていたペットボトルを取り出し、臨也さんに差し出す。

「飲みかけですけど、良かったらどうぞ。時間経っちゃってるんで、冷たくはないんですけど…」

 何度も練習した苦笑いを浮かべた。普段通りに見えるように、ごく自然に渡せるように。

「…すっごい、喉渇いてる、から…、遠慮なくも…らうけど、いいの?」
「はい。僕普段はスポーツ飲料飲まないんですけど、なんか飲みたい気分になって買ったんです。でも、飲みきれなくて。だから全部飲んじゃって構いませんよ」
「それじゃあ遠慮なく」

 臨也さんが、僕からペットボトルを受け取る。そして蓋を開けると、一気にその中身をあおった。
 ごくごくごく、と飲み干す様子を見ながら、僕は緊張で口のなかが乾いてくるのを感じた。空唾を呑み、どうか気付かれませんように、と何度も心の中で祈る。

 そして臨也さんは、全部を飲みきってしまった。

「ぷ、はー。生き返ったー!運動した後のスポーツ飲料って偉大だね、みか、」


「好きです、臨也さん。僕と付き合ってください」


 はっきりと、臨也さんの目を見て告げる。
 これでもし薬が効いてなかったらただの赤っ恥だよな、という思いもあった。けれどそれ以上に、なぜか僕は確信していた。この薬は、本物だ。絶対に効果がある。臨也さんは、絶対に僕に応える。だから臨也さんの目を見ることができた。
 臨也さんの赤い目が、大きく大きく見開かれる。しなやかな指が僕に向かって伸びてきて、僅かに汗で湿っているそれが、僕の頬に触れた。撫でるように、慈しむように、優しく。見開かれていた目が元に戻って、今度はふわりと緩んだ。今まで一度も見たことの無い輝きが、臨也さんの瞳のなかにあった。

「ああ…、そうだね。俺は君のことが好きだよ、帝人君」
「はい、僕も貴方のことが大好きです」
 
 お互いににっこりと微笑み合う。
 (それがどれほど不自然なことかなんて分かりきっていたとしても、僕は―…)



作品名:愛の劇薬 作家名:神蒼