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自鳴琴

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 それの存在に最初に気付いたのは、定期メンテナンスで来日したピュンマだった。

「フランソワーズ、これ、君のかい?」

 キッチンから淹れ立てのコーヒーを運んできた紅一点の彼女に、彼は振り向きざまにそう問うた。
 彼が指し示したのは、居間に置かれた木製のチェストボードの上の、オルゴール。メリーゴーランドを模したそれは、たくさんの写真立ての中に紛れて、控えめに並んでいる。
 細工部分は全てガラスで出来ていて、木馬や屋根が透明なのに対し、たてがみや尻尾、屋根の天辺や縁の飾りには金色のパーツが使われており、その対比が美しい。木馬の首や足はすらりと長く、屋根全体に編み細工のような工夫も施されていて、とても繊細で上品な雰囲気だ。ムーブメントを内蔵した台も落ち着いた金色で、飾りのある上部は丸いドームで覆われている。
 存在に気付いてもらえて、持ち主の彼女もちょっと嬉しいらしい。持ってきたコーヒーやシュガーポットなどをテーブルに並べながら、花のような微笑みを浮かべた。

「可愛いでしょう。独り占めするのももったいないから、ここに持って来たの。
 でも、気にかけてくれたのは、ピュンマ、貴方が初めてよ。誰も、何にも言ってくれないの。イワンは、あと二、三日は目を覚まさないし」
「ははは。いつもいると、そんなもんかも知れないね。
 僕はほら、普段はここにいないから、却ってちょっとした変化に気付きやすいんだと思うよ」
「でも、気付いたのは貴方だからだわ。
 ちょっと前にジェットもメンテナンスに来てたけど、全然気付いた様子なかったもの。らしいと言えばらしいんだけど」
「ははは」

 フランソワーズが、ほうっと残念そうにため息をついたので、つられてピュンマの微笑みも苦笑い交じりになった。
 時刻は既に夕刻に差し掛かり、外の日差しもだいぶ弱くなっている。
 彼の予定では、もう少し早くギルモア邸に到着するつもりだったのだが、飛行機が遅れたことと、途中で渋滞に巻き込まれたせいで――来日が博士の外出予定と重なったので、今回は迎えを断り、博士の助手役を優先してもらった――、こんな時間になってしまったのだ。まだ、夜になってしまうよりはマシだったが。
 ここギルモア邸は、住む者や出入りする者たちの事情故に、少々辺鄙な場所にある。
 お陰で、日中でも静かで過ごしやすいのだが、空港から自力で来る時や、ちょっと買い物をしたい時に難儀する宿命にある。最初にこの地に屋敷を構えてすぐの頃は、時々迷子になるメンバーも出たくらいだ。ピュンマは比較的早く周辺の地理を覚えたので、そんなヘマこそしないで済んだが、今日のようにスーツケースを携えて自力でやって来る苦労は、何度体験しても大変なものだ。
「長旅で疲れたでしょう」と労うフランソワーズに勧められるまま、彼もコーヒーに口を付けた。
 コーヒーも、添えられたクッキーも、とても美味しい。改めて、帰って来たんだという実感が湧いてくる。

「このクッキー、君が作ったの? また腕を上げたね」
「ええ。そう言ってもらえると嬉しいわ」

 それからピュンマとフランソワーズはしばし、互いの近況や、身の回りの些細な出来事などを話した。
 バレエのレッスンの帰りに、美味しいケーキの店を見つけたこと。
 ジェットが来日の際に「とっておきの」DVDをジョーへの土産と言って持ってきて、ちょっと喧嘩になったこと。
 僻地の村に青空教室を作って、仲間と交代で、子供たちと、一部の字を読めない大人たちに教えに行ってること。
 水のない土地に井戸を掘りに来た海外ボランティアが、作業の間に国のわらべ歌を聞かせてくれたこと。
 どれも他愛もない内容ではあるが、こうして直に会って話すのが楽しいせいもあって、なかなかお喋りが止まらない。
 普段も、メールや国際電話などを通じて連絡を取っているのだが、大抵用件のみに終始するし、特に電話は、時差と通話料という問題もあって、余計に簡潔になりやすい。お互いが普段どうしているかなんて、なかなか知る機会がないのだ。こればかりは、いかに00ナンバーといえど、どうしようもない。
 やっぱり、これも平和であるお陰だな――フランソワーズとの会話を楽しみつつ、ピュンマは、頭の片隅でそんなことを考えた。

「ところでさ。あのオルゴール、自分で買ってきた物……じゃないよね?
 誰かに貰ったのかい?」

 おしゃべりが一段落したところで、ピュンマがそう問いかけた。
 話題がそこに戻るとは思っていなかったのだろう。フランソワーズは、一瞬驚いたような顔をした。

「……ええ、そうだけど。なあに? そんなに気になるの?」
「うーん、気になるって程じゃないんだけど、何となく」

 この家は戦いで焼かれることも少なくないから、なるべく物は買わないようにしているの。
 以前、フランソワーズが何気なしにそう言っていたのを、ピュンマははっきりと覚えている。確かあれは、博士の用事で手を離せないジョーに代わって、彼が彼女の買い物の運転手兼荷物持ちに駆り出された時のことだ。彼女はしゃれた小さな置時計をウィンドウ越しに見ていたが、彼が「買うの?」と言った途端、首を横に振ってすぐにその場を離れて歩き出した。
 あの時の横顔は、諦めと寂しさの入り混じった、何とも物悲しい表情だった。同じ年頃の女性には、ちょっと見られないような。
 彼女の言うとおり、ギルモア邸は、花はよく飾られているけれど――テーブルや窓際にさり気なく置かれた一輪挿しや小さなアレンジメントは、ともすれば殺風景になりがちな風景を優しく和らげてくれている――基本的に、必要最小限の物しかない。人種も国籍も年齢も違う者たちが、これだけ頻繁に出入りしているにも関わらず。
 最初にこの地に居を構えた時には、皆でいろいろ持ち寄ったものだが……。

「気になるっていうか、君、前にもそんなオルゴール置いてなかったかなって思ったんだ。
 僕の記憶違いかも知れないけど」
「確かに置いてたけど、やあね、どれくらい前の話?
 それに、前のはメリーゴーランドじゃなかったわ。全然違う形よ」
「ああ、そうそう。確かバレリーナの人形だったね。
 僕、バレエはあんまり詳しくないから、白鳥の湖くらいしか知らないけど」
「それで正解よ。人形の衣装も、曲も。あれはあれで、凄く気に入ってたんだけど……」

 一瞬、フランソワーズの表情が曇る。
 が、ピュンマは敢えてそ知らぬ顔をして、さらりと言った。

「また置けるようになったのも、平和な証拠だよ。いい事じゃないか」

 黙り込んだフランソワーズを横目に、ピュンマは再びコーヒーをすする。
 違う、僕が話したかったのは、そういう事じゃないんだ。表向きは平静を装いつつも、彼は密かに後悔していた。彼女にこんな顔をさせたかった訳じゃない。決して。
 その“バレリーナのオルゴール”があったのは、この地に最初に建てた家。その家は――

「…………」

 しばし、沈黙が続いた。
 窓の外に見える空はすっかり暗くなっていて、端の方に、わずかに夕暮れの色が残るのみ。フランソワーズが部屋の明度をちょっと上げると、途端に海も、海岸沿いに伸びる松林も、暗がりの中に沈んでいった。
作品名:自鳴琴 作家名:藤村珂南