ミュンヘンの夢
第二場
民衆が去り、セットは大学の研究室を思わせる部屋に。古びた本、地球儀、レトロな機械や木製の模型。
ハイデリヒが舞台奥の机に、持っていた図面を広げる。ロケット仲間とエドワードが囲み、身振り手振りを交えて討論。
ハイデリヒが舞台前方に出て、独白。
「エドワードさんは、天才だった。ボクらの及びもつかない知識と発想を持っていた。でも何よりも飛びぬけていたのは、ロケットを作りたい、宇宙へ出たいという、情熱だった」
ロケット仲間A「だからって!そんな技術は無いぜ!」
仲間B「そんなの無理だよ」
エドワード「けれど!こんなんじゃ、いつまで経っても宇宙(そら)へ飛び出せないじゃないか!」
C「お前、本気で自分が宇宙へいくつもりかよ」
A「そんなの、50年は先の話だぜ」
B「今はせいぜい、垂直離陸が関の山」
C「それも俺らじゃ模型がせいぜい。金も無いし」
エドワード「…」
ハイデリヒ(歩み寄って)「ね、まずはできるところから始めましょうよ」
ロケット仲間とエドワードら、作業に戻る。
照明、夕方へ。
ロケット仲間、のびをしたり肩を回したり。三々五々、作業を終えて帰ってゆく。(退場)
照明、夜。
ランプの灯り。一心に机に向かうエドワード。
「エドワードさん、そろそろ終わりにしませんか」
「もうちょっと…」
ハイデリヒ、名残惜しそうに振り返りながら去る。照明(ランプ黄色)の外へ。
エドワード、しばらくペンを走らせている。
頭を掻きむしり、ペンを握りなおし、立ち上がり、腰を下ろし、頭を抱えてうずくまる。(ストップモーション)
舞台手前上手にハイデリヒ、ペンディングライト白色。
「エドワードさんは研究に没頭した。その身を削るような必死さに、ボクはかける言葉も無かった。けれど、彼はあまりにも高い山に、あまりにも長い道に、徐々に、その情熱を失っていった」
(とまあ、ハイエドにありがち~な説明をさくさくとこなして)
暗転。
照明、再び夕方。
エドワード、別の椅子に座っている。手に銀時計。カーテンが開いて月が出ている。
ハイデリヒ、ぼんやりと座るエドワードに近づき、肩を叩こうとする。
「エドワードさ…」
ぱっとその手を払うエドワード「さわんな!」
「あっ・・・ごめん」
「…別に、いいけど」
「何をしていたの?」
「月を、見ていた」
「月?」
「…」
「帰りませんか、エドワードさん」
エドワード、立ち上がり銀時計をポケットにしまい、コートを羽織る。
「今日は新しい模型、作り始めたんですよ。ほら、以前エドワードさんがアイデア出した。今度カーニバルで打ち上げようって。…ねえ、エドワードさん。道は遠いけれど、元気出してくださいよ」
ハイデリヒ客席へ向いて立つ。
「ボクはロケットが夢なんだ。遠く、宇宙へ。人類の夢。ドイツの誇り。馬鹿な夢を、って笑う人もいるけれど、違う」
ハイデリヒソロ。<いつかきっと叶う夢>
拍手ののち、ハイデリヒ、エドワードを向いて
「エドワードさんだって、ロケットの夢を無くしたわけじゃあないでしょう?」
「別に、夢なんか」
「だって、でなきゃ毎日研究室に来るはず無いじゃないですか」
「それはアルフォンス、お前がいる、」
はっと口を閉じるエドワード。思わず見詰め合う二人。
ぱっと顔をそむけるエドワード。
ハイデリヒ、軽くとまどい、ごまかすように。
「ところで、エドワードさんがロケット研究を始めたのは、どうして?」
「…帰りたかった、から」
「帰る?」
再び月を見上げるエドワード(ここではもう屋外に出たってことで、眺めるのは客席上方。ヒロインの美しい顔に月光のライトが当たる)
「アルフォンス、オレさ」
「はい?」
「オレ、この世界の人間じゃ、ないんだ」
「え?」
「オレは別世界から、過ちを犯して、ここに来てしまった。けれど、帰る方法が見つからない…」
「別世界、って、どの国?」
「国じゃない。オレの故郷リゼンブールは…あの、月に」
間。
「ぷっ、あっはっは!」
「~~~笑うなよ!」
「ははは、は、ごほごほごほっ」
「ア、アルフォンス」
「ごほっ。あ、いや大丈夫。それで、ロケットなんですか?」
「そうだよ」
「でも月には水も空気も無いんですよ?知ってるでしょう?」
「だから、別世界っつったろ!」
「何ですかそれ。くくく」
「いいよもう」
「それに月になんてまだまだ。あと100年かかっても」
「そう、だよな」
歩きながらくすくす笑いつづけるハイデリヒ。
俯くエドワード。
二人退場。