ミュンヘンの夢
第七場。ロケット工場。
暗い照明。高い足場と黒っぽいメカニックなセット。ゴウンゴウンと低い音。
たたずむノーア。一心に機械を調整するハイデリヒ。
ハイデリヒが咳き込む。長い咳。うずくまる。駆け寄るノーア。背をさする。
「アルフォンス。貴方、もう」
息を整え顔を上げるハイデリヒ。
「うん。ボクはもう、長くない。だから、焦っていて・・・・・・エドワードを、泣かせてしまった」
黙って首を振るノーア。
立ち上がるハイデリヒ。
「ノーア。ごめん」
「ううん」
「そうじゃなくて、その・・・」
うつむくハイデリヒ。
「君の気持ちに、答えてあげられなくて」
「え・・・!」
微笑むハイデリヒ。
「ボクは君のように心を読む力はないけど、でも、わかるよ。君がボクに思いを寄せてくれたこと」
「アルフォンス・・・!」
「エドの本当のことを知ったのも。ロケットへの道を開いてくれたのも。君のおかげだ。ありがとう」
首を振るノーア。
「君の力でボクは夢を実現できた。ボクはこのロケットでエドを故郷に返す。君は自由の民だ。どうか、君はこの国を出て、君の、幸せを」
背を向けるハイデリヒ。
「アルフォンス・・・!」
ハイデリヒの背に抱きつくノーア。
その腕をそっと抱くハイデリヒ。
ゆっくりと身を離すノーア。
「エドワードは・・・貴方のエドワードは、この近くに来ているわ」
驚いて振り返るハイデリヒ。
「彼女は、貴方を探して、ここまで」
ハイデリヒを見つめたまま離れるノーア。
「呼んでくるわね」
身を翻し、走り去るノーア。
ハイデリヒ、ポケットからエドの銀時計を取り出す。
蓋を開ける。カチカチカチ。かすかに、ピーガーという音。
「アル君。聞こえるね?今日、君のお姉さんを月に帰すよ。今夜。満月の夜。月齢14.8。その瞬間、この世界とエドワードさんの世界は、つながる」
青い照明が舞台背景に差し込む。ロケットの陰が浮かび上がる。
ハイデリヒのソロ。
ひとりスポットライトを浴び、客席へ弓形に張り出した舞台(銀橋)を渡る。
曲<ボクはここにいる>
切々とした歌声が、宝塚大劇場へ染み渡る。
ハイデリヒ、機械へ歩み寄る。
いくつか操作をし、大きなレバーを引き上げる。
BGMが鳴り響く。切羽詰った音楽。ばたばたと足音。「何事だ!」「誰かが発射レバーを!」
ハイデリヒが高い足場への梯子を登る。
その足場にエドワードが走りこんで来る。「アルフォンス!」
「エドワード!」
ハイデリヒ、エドを抱きとめる。二人、ほんの僅かの間、見詰め合う。
ハイデリヒ、エドをロケットに押し込む。
「アルフォンス!このロケットは・・・!?」
「エド。君の弟が上空3万6千キロで待ってる。君は故郷に帰れるんだ」
「アルフォンス、お前まさか、オレのために・・・そんな・・・!」
強引にベルトをかける。
「エド。エド。ボクの夢の人。どうか忘れないで。ボクがここにいたことを」
「アルフォンス!」
「エドワード。愛している。永遠に」
滑り降りるように梯子を降りるハイデリヒ。舞台両側から駆け込んでくる軍人達。BGMの音量が上がる。
拳銃が狙う。撃鉄を起こす音。
ハイデリヒ、発射レバーに手を添え、軍人ら(客席側)を向く。
微笑み。
一気にレバーを引く。銃声が響く。エドの絶叫。
「アルフォンスー!!」
大音響とともにスモーク全開。
崩れ落ちるハイデリヒ。
BGM音量、下がる。
暗い照明の中、スモークがゆるやかに舞台を流れる。
細いペンディングライト、真っ直ぐ上から舞台中央を照らす。
ハイデリヒの亡骸を抱えるノーア。
ソロ<夢は、見たいわ>
舞台後ろに薄幕が降り、メカニックなセットは姿を消す。
照明変わり、夢幻のような水色。
オケが再び最初の主役ソロ曲<夢のような人>を奏でる。
ゆっくりと起き上がるハイデリヒ。ノーア静かに退く。
メロディーに導かれ歌い始めるハイデリヒ。銀橋へ出る。
反対側からエドワード。
中央で二人、手を取り合い、共に歌う。
完。
曲:大島ミチル
しゃんしゃんしゃんしゃん。
宝塚劇場大階段に、華麗なドレスのノーアとエドワードに挟まれ、真っ白スパンコールキラキラタキシードに羽根背負ってのハイデリヒ。
手を取り合って、階段を下りる。
主役を真ん中に、全団員が勢ぞろい。
右手に花持って、左手に花から下がるリボンを持って。
左にお辞儀。(キャー!)
右にお辞儀。(キャー!)
そして正面に向かって、お辞儀。(キャアアアーーー!)
満場の拍手の中、刺繍も煌びやかな緞帳がゆっくりと降りて、終幕。
ちゃんちゃん♪