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璃琉@堕ちている途中
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恋獄、あるいはスウィートララバイ

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「…良いんだよ」
「い…ざや…」
「良いんだ」
「…っ」

人のことなのに、苦しげに潤む瞳。男は再び私を抱く腕の力を強くする。まるで護るように、私は包まれ、閉じ込められた。
ああ、この男は、本当に私に"恋"をしているのかも知れない。そして、男の腕の中で安息を得る私も、男に"恋"をしている、ということなのかも知れない。
緩やかな呼吸を取り戻した私は自然、男へと問いかけていた。

「貴方の話が聴きたいわ」
「俺…?」
「小さい頃のこと…とか…?私も、眠れない…から………」

フェードアウトする私の吐息を継ぐように、男が深く嘆息する。
何か気に障ったのかと上目に見遣ると、男は「違う違う」と少し焦ったように手を振った。

「………俺も、」
「え…?」
「俺も、話したく、ないなぁ…ってさ…」
「…そう。それなら、良いのよ」

暫し静寂が部屋を支配した。
私はすぐそばにあった男の心臓に手を当てた。そして、男の鼓動に耳を澄ます。
男は私の髪に口づけ、それから場所が場所だけに悩んでから、そろりと私の心臓付近をなぞった。

「散々触ってるじゃない…馬鹿ね」
「そうだけどさ。ここで悩まないのもどうかと」
「大丈夫よ、変態なのは知ってるから」
「全然大丈夫じゃないよねそれ」

顔を見合わせて、私達は小さく声を出して笑った。
それから、互いに諦めたように肩を竦めた。

「似てるわね、私達。不本意だけど」
「こうなるのは必然だったみたいだね。実に残念だ」

口では嫌がっても、互いの表情は穏やかだ。
男は静かに微笑んでいて、私も自分の口端が柔らかく上を向いているのを知っている。

「波江…?」
「何よ」
「こんな俺達にも、話せることがある」
「………へぇ、興味あるわ」

天井を見上げた男につられ、私も半分寝返りを打った。
いつの間にか互いのものになっていた白くて広い空間に、男はそっと解答を浮かべる。

「未来のこと」

言って、男はクスリと笑った。敵ばかり作って、いつ寝首を掻かれるともわからない自分の言葉に、どこか呆れるように。
けれど、その危うい想像は楽しいもののようで、男は饒舌になる。

「一秒先から、五年十年、二十年、もっとずっと先…過去は変えられないけど、未来のことなんて誰も、俺達自身も知らない、決められないだろう?それに、今は荒唐無稽、到底実現不可能なことだって、未来には何が起こるかわからない。だから、俺達にも話すことが出来るよ」

私は、この雰囲気が台無しになるとわかっていながら、言わずにはいられなかった。
だから、せめてもの詫びのつもりで、シーツに顔を埋めるようにして、悲しい確定事項を吐き出した。

「…確実なことが一つあるわ」
「………うん」
「私も貴方も、未来で必ず、死ぬ」
「………そうだね」

振り向いた男が、俯く私の顎に指を滑らせる。思わず顔を上げると、男は笑っていた。
いつもこうやって笑っていれば、きっと幸せになれるだろうに。そう、思った。

「俺、死ぬ前に、君にキスしたいなぁ」
「っ………お断りよ」
「何だよ、傷つくな」
「だって、それって…」

それは、予想以上の、考えただけで眩暈を起こしそうになるくらいの衝撃を与えた。
胸のざわつきに任せ、私は情けなく身体を震わせる。

「貴方が死ぬのを、見なくちゃいけないじゃない。そんなの………嫌よ」

細い瞳を瞠って、男が私の頬に掌を置いた。私は、気持ちを落ち着けたくて、それに手を重ねた。
告げられる精一杯の本心だった。
最期に側にいるのは私が良いけれど、きっと、その死には耐えられない。そんな矛盾は、絶対に男には言ってやらない。

「努力する、出来るだけ死なないように」

片眉を下げて苦笑した男の美貌が歪む。"それ"から隠すように、私は抱き締められた。
けれど、震える吐息はどうしようもないらしく、耳朶を擽るそれに促され、私も男を抱き締めてやった。

「何よ、それ」
「だから、君も死なないで。…っ、俺の側に、いて」
「………本当、馬鹿ね」
「うん。…俺は、君の前じゃ、君への恋慕に狂った、ただの馬鹿な男だ」
「止してよ、苦しくなる」
「どうして………?」
「言わなくても………わかって」

窓の外で鳥が鳴いている。もう、夜が明けるのだ。
私は男の眼差しを受け止め、男は私の眼差しを受け止めてくれた。永遠にそうしていたいような、何だか泣いてしまいそうな瞬間だった。
そのまま、どちらからともなく、私達は触れるだけのキスをした。男がしてくれるように、私も、優しく出来ていれば良いと思った。

「君の未来に、俺がいたら良いな」
「………努力はするわ」
「!…嬉しいな、ありがと」

私は男の視線を感じつつ、目蓋を閉じた。
さっさと眠りに就いてしまわねば、男はきっと、いつまでだって私を見つめているに違いない。それは、心強く嬉しいことだけど…男にも安心して眠って欲しかった。

「おやすみなさい…臨也」
「ん…、おやすみ」

だから、私は男の空いた手を取った。一本一本指を組んだら、しっかりと握り返された。
男が組み合った私の指に、左手の薬指に唇を押し当てた気配を感じた気がするけれど、それは都合の良い夢だったのかも知れない。





『恋獄、あるいはスウィートララバイ』

(とりあえず、俺と君が結婚してる未来なんてどう?)
(……………)
(…なーんてね、冗談)
(実現するんじゃないかしら、きっと)
(……………え)

(え)