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璃琉@堕ちている途中
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恋獄、あるいはハピネスプロローグ

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しゃぼんだまとんだ
やねまでとんだ
やねまでとんで
こはれてきえた

しゃぼんだまきえた
とばずにきえた
うまれてすぐに
こはれてきえた

かぜ、かぜ、ふくな
しゃぼんだまとばそ






夕食の後、俺は気紛れに彼女の洗った食器を拭いていた。ずっと欲しかった情報が手に入った上、そのご褒美のように献立がカレーで(それではしゃぐ自分も大概ガキだが)、気分が良かった。
「手伝う」と言ったら、薄く微笑んだ彼女がまた可愛くて、俺は嬉しかった。

「それで最後よ」
「んー」

さて、どうするか。今夜は特に観たいテレビも無いし、チャットルームに顔を出すには早い。
暫し悩んだ末、クロスワードでも解こうかと雑誌を手にした時だった。

「ねぇ、臨也」
「何?」
「一緒にお風呂に入りましょう」
「うん、わかったー………は?いや、わかんない!全然わかんない!」

混乱しつつ振り向くと、彼女がバスタオルを持って、腰に手を当て立っていた。もちろん、二枚。
これは驚愕に値する。どういう風の吹き回しだろう。というか、今日は何と良い日なのだろう。もしかして、俺は明日にでも死ぬんじゃなかろうか。その前にあれだけは彼女に伝えねばならない。…などとグルグルしている思考を落ち着けようと、通常通りに応じる。

「…初めてだね、エッチした後でもないのに一緒にお風呂なんて」
「悪い?嫌なら良いのよ…?」
「滅相もない!ご一緒させて下さい…!」

笑ってやると、彼女はさっさとバスルームへ向かうべく、踵を返した。俺も雑誌を放り出し、嬉々として後に続く。
ふと、その後ろ姿が白いビニール袋を提げているのに気がついた。何か軽いものが入っているようで、カシャカシャと音を立てている。

「それ、何?」

尋ねると、彼女はニヤリとするだけで答えない。
俺は中身よりも、彼女の表情が気になった。普段見せることのない、子供が親に内緒で害のないイタズラをする時のような、そんな顔だったからだ。





「懐かしいなぁ…いつぶりだろう」

思わず口に出すと、彼女はクスリと声を漏らした。ついで、舞い上がる大小の泡の数々。キラキラと虹色に輝き、思い思いに浮遊している。
バスタブには二丁の水鉄砲とアヒルが浮いていたが、今夜の俺達が興じているのは、シャボン玉だった。

「へぇ、貴方でもやったことあるの?」
「…俺も普通の人間だからね、それくらいあるよ。それより、君こそ意外だよね」
「あら、よく誠二と遊んだものよ」
「…そっか。俺と、九瑠璃に舞流みたいなものか」

言って、手元の枠に張った膜を吹いてみる。特大の泡が一つ出来上がり、ゆっくりと、けれど確実に高く高く昇って行った。
綺麗だ。純粋にそう思った。

「きれい…」

シンクロするように零した彼女を盗み見る。桃色に染まる肌、一つに纏められアップにされた湿った黒髪。無防備なうなじが、美しい。
不思議だった。今は、色欲よりも庇護欲が勝っている。
大切にしたい、彼女を護りたい。散々人を傷つけて来た自分にも、そんなことは可能だろうか。

「…しゃーぼんだまとんだー…やねまでとんだー…やねまでとんでー………」

こわれて、きえた。
それを唄う代わりに、彼女は俺を見つめて問うた。

「貴方、この歌詞に込められた想いを知っているかしら」
「……………」

正面に向き直り、シャボン玉を作る彼女。頬を膨らませ、唇を尖らすあどけない仕草の中に、どこか切なさを醸し出す眼差しが認められる。
俺も素直に答えよう。彼女の飛ばした泡の一つを眺めつつ、そっと言葉を紡ぐ。

「諸説あるけど一般的には、作詞者の夭折した子供への気持ちが反映されてるというね」
「…もし、同じ立場に立たされたら、貴方は何を思う?」

パチン!
視界の端に収まっていた俺の泡が、呆気なく割れた。

「俺は親になったことがないから…想像でしかないけど、」

わからないけれど、でも。
きっと、今のこの気持ちを、もっともっと強くさせるに違いない。

「悲しいよ。苦しくて、辛くて…。認めたくなくて…最初は泣けない。でも、そのうち、もういないことを思い知って…愛しさが募って…泣いて、泣いて…泣くんじゃないのかなぁ…」

未だ視界の真ん中に収まる彼女の泡。それが救いだった。
けれど数分もすれば、落下の一途を辿るこの泡も、タイルの上でただの液体に戻るだろう。

「切ないよな………」

視線を感じ首を回すと、彼女も痛いような目をしていた。ああ、二人して、らしくない。
しかし、ふわりと微笑むと、彼女のピンクの唇は孤を描いた。

「良かった…。貴方もやっぱり、自分の子供を大切に出来る、ただの人間なのね」
「…波江?」
「安心したわ。貴方を父親にする覚悟が出来た」
「え………?」

―彼女が何を言っているのか、理解出来ない。
完全に頭に疑問符だけを浮かべる俺を尻目に、彼女は穏やかな瞳のまま、つらつらと語り出した。

「一週間前、生理が遅れていたから、市販の検査薬で調べたら陽性反応が出たの。それを受けて五日前、岸谷先生に検査をして頂いたら、三ヶ月だと診断されたわ。先生の勧めで一昨日、正規の産婦人科医に診て頂いた。現時点で特に問題はなく、順調だそうよ」

―駄目だ、思考が追いつかない。

「そして、今日。母子手帳を交付してもらったわ」

―つまり、どういうことだ。

「…これだけ言っても、素敵で無敵な情報屋さんにはわからないのかしら。大丈夫?」
「………ごめん、その通りだ。全然、わかってない」
「全く…こんなんでやっていけるのかしらね」

普段、俺がするような芝居がかったリアクション。両腕を広げ大袈裟に嘆息し、彼女はふふ、と唇を綻ばせる。
未だ回転の止まった頭を抱えたいような気分だ。早く結論を知りたくて、俺は先を促すつもりで、彼女を見つめた。

「妊娠したの。三ヶ月だそうよ」

―――何だって?
どこかぼんやりしたままの俺の間抜けな表情が楽しいのか、彼女はカラカラと声を上げる。
俺は収拾がつかずにあちこちに散らばった思考を繋ぎ合わせるのに必死で右往左往する視線を、恐る恐る彼女に合わせた。

「は………?妊娠…?子供が、いるの?」
「貴方の子が、ここに、いるわね」

自分の腹部に手を当て、彼女はゆっくりと一度、撫で上げた。

「だって…俺、ちゃんとしてたよね…」
「失敗したのよ。穴が開いてたとか、外で出したのが入り込んだとかじゃない?コンドームによる避妊でも、三から十四パーセントの失敗が認められるとのデータもあるのよ。私もピルを服用していなかったしね」

生々しいが、それしか考えられない。

「てか………本当に、俺の、子…?」
「…どういう意味かしら」
「いや、………うん」

この俺に、子供が出来るなんて…欠片も想像していなかった。
そういう趣旨での発言だったのだが、彼女にはそうは伝わらなかったようだ。

「私は貴方にしか抱かれた経験はないわ。信じて欲しいのだけど」
「…そう、だよね。信じるよ」
「まぁ、貴方はどうかはわからないけれど」
「俺だって、君を抱いて以来、他を相手にしたことなんかないよ!」

知らず、声が大きくなる。