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璃琉@堕ちている途中
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恋獄、あるいはハピネスプロローグ

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それだけは、信じて欲しかった。散々彼女を騙し、嘘を吐き、心配させて、独りにして。それでも、この生き方を止められない、愚かな自分。
だけど、

「俺が、本当に好きなのは、波江だけだから」

これだけは、堂々と、自信を持って宣言出来る。
瞳を丸くして何か言いたげに、しかし俯いてしまった彼女を、俺はそっと抱き寄せた。

「………ありがとう」

耳元で囁けば、彼女はびくりと肩を跳ねさせる。
そうだ、最初に伝えるべきことだったのだ。俺は、馬鹿な俺を心中で蹴倒した。

「ありがとう、波江。嬉しいよ」
「………」
「俺と君の子、産んでくれるんだろう…?」

すると、迷うように俺の胸元を這った指先が、首に回される。
彼女は俺の肩口に額を埋めるようにして、小さく答えた。

「産むわ」

本当に、今日は何と良い日なのだろう。
俺は、下を向く彼女の輪郭に手をやって顔を上げさせると、真っ直ぐに見つめた。長い間言おうとしていた言葉を、贈る為に。

「順番、逆になっちゃってごめん。こうなって、ようやく覚悟が決まるとか、情けなくてごめん。…俺なんかで、ごめん」

だけど、俺は、君となら幸せとやらを掴める気がしてならないんだ。

「波江。俺と、結婚しよう。二人で、育てよう」
「………!」

彼女の反応は、俺の予想の範疇を超えていた。

「っ………ふっ…く…ぅ…」

見る間にボタボタと湯に落ちて行く、大粒の涙。俺はもちろん、流す彼女自身が唖然としているようだった。
それは留まることを知らないようで、慌てて俺が拭っても、彼女がしゃくり上げても、ひたすら溢れ続けた。

「ごめん、大丈夫…?」
「い…ざや…」
「ごめん………」
「ち、がうの…」

明らかに、自分が何かした(いや、したのだが)としか考えられず謝る俺に、彼女は強く首を横に振る。
そして、泣きながら、震える唇で、俺へ想いを吐露した。

「堕ろせって言われたら…どうしようかと思ってたの…」
「………」
「そんな人じゃないって…知ってたけど、でも…」
「………ん」

そう思ってくれていただけで、俺としては頭を下げたい気分だった。
俺の今までの所業を考えれば、とてもじゃないが、恐れ多い。

「私と、貴方の子供だから…独りでも、産んで育てる、つもりだった、けど…独りじゃ…怖いし…」

―彼女も俺に恋をしてくれているのだ。
こんな場面でそう思うことは、俺の間違いであり、自惚れだろうか。

「本当は…ずっと…、不安だった…」
「っ………」
「喜んでくれた上に…結婚してくれるなんて………思って…なかっ………っ」
「波江…っ」

ぎゅっ、と縋りつく彼女に応えるように、俺も自然、きつくきつく抱き締める。
どんなに不安だっただろう、こんな俺を相手にして。しかし、彼女は俺を、どこまでも信じてくれた。
滑らかな背を緩くさすっていると、徐々に呼吸の落ち着いた彼女は、俺を見据えた。

「本当はね…まだ少し、怖いわ」
「…でも、産むんだ?」
「決まってるじゃない、貴方と私の子なのよ。そうじゃなかったら、わからなかったわ…。貴方こそ、何で…?」
「だって、俺と波江の子だよ?…他の奴が相手だったら、わかんないけど」

互いに苦笑しつつ溜息を吐いた。俺達は本当に、どうかしている。
コツリと額を突き合わせた。彼女のまなじりに溜まる雫が、これで最後というようにポロリと弾ける。

「今更だけど…ヒドい人ね」
「お互い様だろ…今更だけど」

俺達は本当に、似ているのだ。報われない愛を振りかざす、寂しがり屋。
けれど、無条件の愛を捧げられる存在を、俺達は得たのだ。

「…波江」
「ん………」
「俺と、結婚してくれる?」
「…喜んで」

頷いて、見つめ合う。何だか、初めてするようで、恥ずかしかったけれど、それは彼女も同じだったようで、朱く色づいた頬がそれを語っていた。
目を瞑った彼女の唇に、俺は今までで一番優しく、口づけた。誓いのキスのつもりだった。

「ねぇ。俺達、二つも未来が決まったよ?」

あの日、俺も彼女も想像だにしなかった、二人、いや、三人の未来。
俺達は、恋人だけど、夫婦であり…家族であるわけだ。

「あと六ヶ月ちょっともすれば、俺と君は、俺達の子の、父親と母親だ。それから、今日から一番近い大安の日に、俺と君の名前が書かれた婚姻届を、一緒に提出しに行く」
「何よ。そんな迷信、気にしてるの?」
「当たり前だろ?おめでたいことはおめでたい日にやるべきだ」

前言撤回。今日は何と、幸せな日なのだろう。願わくば、彼女もそうであることを祈る。
思い出したように、俺達はシャボン玉を飛ばした。それは、生まれては消え、消えては生まれを繰り返した。

「波江ー?辛かったり、何かあったら、ちゃんと言ってね」
「平気よ。つわりは軽いみたいだから」
「それもだけど…もう、君だけの身体じゃないだろ?君と、俺と、」

彼女の腹部に触れてみる。そこにはまだ、今までとの差は見受けられない。
けれど、確かに在るのだ。ここには、俺と彼女が、不器用ながらも繋いだ絆という糸の、結び目ともいうべき存在が。

「この子の身体なんだから」

彼女の掌が、俺の掌に重なる。そんな時期ではないのを知りつつ、俺にはそこが動いた気がしてならなかった。
視界の隅で、ふらふらと宙をさ迷っていた俺の泡と彼女の泡が、惹かれ合って、寄り添う。

「…名前、何にしようか」
「まだ男か女かもわからないでしょう」
「考えるの、楽しいじゃん」
「…そんなに、嬉しい?」
「当然」

腕の中の幸福だけは、何があっても大切に護ると、俺は幸福そのものに誓った。
シャボン玉は儚く消え去るけれど、この先の俺達の未来は、きっと、明るい。それを信じたい。

「…臨也」

―信じても、許されるだろうか。

「好きよ」

彼女の頬に唇を寄せると、ゆるりと口角が上がる。白い歯を見せて、笑う。
そんな彼女を、彼女に宿る命ごと俺は抱き上げた。





『恋獄、あるいはハピネスプロローグ』

(玩具、増やさなくちゃね)
(気が早いわよ、本当に)
(…そうだね)

(ねぇ…、)
(……………)
(泣いてるの…?)
(何言ってるんだよ)

(泣くわけ、ないだろ)





ようこそ、俺達の元へ!