可愛くないけど
現在夕刻八時、約束の時刻も八時。
つい五分程前に、五分前の時刻しか指せなくなった壊れた腕時計の動かない針を見て溜め息をつき、タクシーの運転手に行き先を告げながら携帯を取りだし約束の相手に遅れる事を伝える旨のメールを打つ。
『少し遅れるけど俺が居なくて寂しくても泣かないで待っててね、あと熱燗注文しといて。』
からかい半分の内容を送れば即座に返ってきて『了解です』の後に何故か病院の絵文字が一つ。
病院?何これどういう意味、病院に居るとか行く事になったなら『了解です』は無いよね、大体もう店に着いて待ってるってメールを十分程前に貰ったし、つまりそういう意味?そういう、というのはこれは絵文字だし本来病院という意味しか持たないがつまり、了解です病院、意味不明だけど何故か俺には伝わった。
了解です泣く訳ねーだろお前何言ってんだ頭大丈夫か病院行け、つまりそういう。
いやあの子の言葉遣いはもっと丁寧だから実際だとこうかな、了解です臨也さん頭大丈夫ですか?一度病院で診て貰った方がいいんじゃないですか。
なんか余計に辛辣になった様な気がする、しかも本人の映像付きで脳内再生までされた。
可愛くない、本当に帝人くんって可愛くない。
「…はぁそれはまた、すみませ…あ、熱燗きましたよ、まぁ一杯。」
席に着いて早々に先程のメールについて、いやそれに限らず俺への態度について要は可愛くない、可愛くないったら可愛くない、と軽く不満を訴えれば首を傾げてキョトン、とした顔で返され熱燗をトクトクと注がれあぁありがと、じゃない流されるな。
キョトン、とした顔が似合うってどういう事だよ高校生の頃はまだ普通の範囲内だった童顔は大学生から社会人になっても変わらずどんどん範囲外に、社会人でキョトン、が似合うなんてだからキョトン、じゃない流すな。
「そんな事言われましても…さっきのメールだってそんな、気にしないで下さいよ。」
そもそもいい年した社会人に可愛いって何だよ別に可愛くなくていいよ、大体遅刻しといてこの人、帝人くんはぶつぶつと呟きながらちびちびと中ジョッキで生を呑んでいたが、そこは無視して問う。
「じゃあどういう意味?」
「え~……あ!ただの打ち間違い、ですよ?」
明らかに今考えただろ、何だその笑顔。
ですよ?って語尾を疑問系にする所とかもう、可愛いくなくていいとか言ってたけど誤魔化し方がもう、俺だっていい年した社会人の男に可愛いだの可愛いくないだの言いたく無いけどもう、本当にもう、自覚しろよ。
何だか脱力感に襲われ、肴をいくつか注文して気持ちと話題を切り替えた。
彼の思惑どおりに誤魔化されるのは少々癪だが、今夜は何より彼と楽しく酒を呑みたい。
「まいいや。遅刻したのはホラこれ見て時計、シズちゃんに遭っちゃってさぁ、」
時を止めた腕時計を示せば、あぁ成程それじゃ遅刻は仕方ないですね、と苦笑される。
続けて、ここ凄くいいお店ですね、値段そんなに高価くないのに内装もシックな感じで落ち着いてるし。そうでしょ気取って無いけど煩くなくてゆっくり話すのには丁度いいよね、まぁ俺はもっと値段いい所行ってもいいけど君そういうの苦手でしょ?そうですね、助かります。こんな所謂、普通の会話ってやつを始める。
何の裏も目的も無く、ただ誰かと会話を楽しむ事は俺にとって実は結構大事で希少で、息抜きは誰にだって必要って事で。だけど俺の性格というか性質、生き方は少々特殊なのでそれを出来る相手はかなり限られる。
俺が相手を認めて相手が俺を知った上で受け入れて。
人生を多少なりとも変える様な被害に合ったにも関わらず、呼び出せば親しい知人として対応してくれる帝人くんはかなり貴重だ。彼にそう言うと必ず、いや僕もあなたの事は最低だと思ってますけどね、と返すあたりがやっぱり可愛くないけど。
「話変わるけど、そういえば最近どう?仕事とか…園原杏里とか。」
なるだけ油断しているであろうタイミングを計って訊いた時、彼は大根おろしを乗せた熱々のほっけを口に入れる直前で、口を開けたまま固まる彼の阿呆面はまぁ、素直な反応で可愛いと言えなくもないかな。
「…なん…、…もう、知って…?」
ほっけを口でもごつかせながら睨んだって怖くないし、上目遣いになってるし。
病院の絵文字なんか送るからだ、誤魔化されてやったけど忘れるつもりも無い。
「何が?何かあった?知らないけど大体想像はつくなぁ、例えばまたプロポーズしたけどフラれたとか?」
「っまだフラれたって決まった訳じゃ!いたっ」
だん!と机を叩いたはいいが拳の方が痛かった様だ、挙げ句涙目になっている。
流石に呆れて、俺が女でも君のプロポーズは断るね頼りなさ過ぎ、思わずそう溢すと、臨也さんが女の子だったらプロポーズなんか死んでもしません怖すぎる、とまた可愛いくない事を。
言っとくけど俺が女だったら園原杏里なんかメじゃないから、俺が本気出したら帝人くんなんか一発だから。
園原杏里なんか、園原杏里と言えば。
「でもあの胸には勝てる気しないな…俺絶対適度な美乳だし。」
「凄く珍妙な事言ってるの分かってますか胸に両手を添えないで下さい…というか人をむ、か、体目当てみたいに言わないで下さい。」
あと園原さんを侮辱したら許しませんよ、とかだから顔を真っ赤にして言われてもな。
てか何赤くなってんのそれは今君が落ち着こうとしてグビグビと煽ってる生ビールのせいじゃないよね、胸って単語も口に出来ない社会人とか有り得ない、あ、そうか高校の時からずっと園原杏里一筋って事はつまり、
「童貞がプロポーズってある意味凄いな。」
しかも2回目。本当に君もよくやるよね、うんうんと頷きながら鮭とばを咀嚼していたらビールの飛沫がこっちにまで少し飛んできた。
つい五分程前に、五分前の時刻しか指せなくなった壊れた腕時計の動かない針を見て溜め息をつき、タクシーの運転手に行き先を告げながら携帯を取りだし約束の相手に遅れる事を伝える旨のメールを打つ。
『少し遅れるけど俺が居なくて寂しくても泣かないで待っててね、あと熱燗注文しといて。』
からかい半分の内容を送れば即座に返ってきて『了解です』の後に何故か病院の絵文字が一つ。
病院?何これどういう意味、病院に居るとか行く事になったなら『了解です』は無いよね、大体もう店に着いて待ってるってメールを十分程前に貰ったし、つまりそういう意味?そういう、というのはこれは絵文字だし本来病院という意味しか持たないがつまり、了解です病院、意味不明だけど何故か俺には伝わった。
了解です泣く訳ねーだろお前何言ってんだ頭大丈夫か病院行け、つまりそういう。
いやあの子の言葉遣いはもっと丁寧だから実際だとこうかな、了解です臨也さん頭大丈夫ですか?一度病院で診て貰った方がいいんじゃないですか。
なんか余計に辛辣になった様な気がする、しかも本人の映像付きで脳内再生までされた。
可愛くない、本当に帝人くんって可愛くない。
「…はぁそれはまた、すみませ…あ、熱燗きましたよ、まぁ一杯。」
席に着いて早々に先程のメールについて、いやそれに限らず俺への態度について要は可愛くない、可愛くないったら可愛くない、と軽く不満を訴えれば首を傾げてキョトン、とした顔で返され熱燗をトクトクと注がれあぁありがと、じゃない流されるな。
キョトン、とした顔が似合うってどういう事だよ高校生の頃はまだ普通の範囲内だった童顔は大学生から社会人になっても変わらずどんどん範囲外に、社会人でキョトン、が似合うなんてだからキョトン、じゃない流すな。
「そんな事言われましても…さっきのメールだってそんな、気にしないで下さいよ。」
そもそもいい年した社会人に可愛いって何だよ別に可愛くなくていいよ、大体遅刻しといてこの人、帝人くんはぶつぶつと呟きながらちびちびと中ジョッキで生を呑んでいたが、そこは無視して問う。
「じゃあどういう意味?」
「え~……あ!ただの打ち間違い、ですよ?」
明らかに今考えただろ、何だその笑顔。
ですよ?って語尾を疑問系にする所とかもう、可愛いくなくていいとか言ってたけど誤魔化し方がもう、俺だっていい年した社会人の男に可愛いだの可愛いくないだの言いたく無いけどもう、本当にもう、自覚しろよ。
何だか脱力感に襲われ、肴をいくつか注文して気持ちと話題を切り替えた。
彼の思惑どおりに誤魔化されるのは少々癪だが、今夜は何より彼と楽しく酒を呑みたい。
「まいいや。遅刻したのはホラこれ見て時計、シズちゃんに遭っちゃってさぁ、」
時を止めた腕時計を示せば、あぁ成程それじゃ遅刻は仕方ないですね、と苦笑される。
続けて、ここ凄くいいお店ですね、値段そんなに高価くないのに内装もシックな感じで落ち着いてるし。そうでしょ気取って無いけど煩くなくてゆっくり話すのには丁度いいよね、まぁ俺はもっと値段いい所行ってもいいけど君そういうの苦手でしょ?そうですね、助かります。こんな所謂、普通の会話ってやつを始める。
何の裏も目的も無く、ただ誰かと会話を楽しむ事は俺にとって実は結構大事で希少で、息抜きは誰にだって必要って事で。だけど俺の性格というか性質、生き方は少々特殊なのでそれを出来る相手はかなり限られる。
俺が相手を認めて相手が俺を知った上で受け入れて。
人生を多少なりとも変える様な被害に合ったにも関わらず、呼び出せば親しい知人として対応してくれる帝人くんはかなり貴重だ。彼にそう言うと必ず、いや僕もあなたの事は最低だと思ってますけどね、と返すあたりがやっぱり可愛くないけど。
「話変わるけど、そういえば最近どう?仕事とか…園原杏里とか。」
なるだけ油断しているであろうタイミングを計って訊いた時、彼は大根おろしを乗せた熱々のほっけを口に入れる直前で、口を開けたまま固まる彼の阿呆面はまぁ、素直な反応で可愛いと言えなくもないかな。
「…なん…、…もう、知って…?」
ほっけを口でもごつかせながら睨んだって怖くないし、上目遣いになってるし。
病院の絵文字なんか送るからだ、誤魔化されてやったけど忘れるつもりも無い。
「何が?何かあった?知らないけど大体想像はつくなぁ、例えばまたプロポーズしたけどフラれたとか?」
「っまだフラれたって決まった訳じゃ!いたっ」
だん!と机を叩いたはいいが拳の方が痛かった様だ、挙げ句涙目になっている。
流石に呆れて、俺が女でも君のプロポーズは断るね頼りなさ過ぎ、思わずそう溢すと、臨也さんが女の子だったらプロポーズなんか死んでもしません怖すぎる、とまた可愛いくない事を。
言っとくけど俺が女だったら園原杏里なんかメじゃないから、俺が本気出したら帝人くんなんか一発だから。
園原杏里なんか、園原杏里と言えば。
「でもあの胸には勝てる気しないな…俺絶対適度な美乳だし。」
「凄く珍妙な事言ってるの分かってますか胸に両手を添えないで下さい…というか人をむ、か、体目当てみたいに言わないで下さい。」
あと園原さんを侮辱したら許しませんよ、とかだから顔を真っ赤にして言われてもな。
てか何赤くなってんのそれは今君が落ち着こうとしてグビグビと煽ってる生ビールのせいじゃないよね、胸って単語も口に出来ない社会人とか有り得ない、あ、そうか高校の時からずっと園原杏里一筋って事はつまり、
「童貞がプロポーズってある意味凄いな。」
しかも2回目。本当に君もよくやるよね、うんうんと頷きながら鮭とばを咀嚼していたらビールの飛沫がこっちにまで少し飛んできた。