可愛くないけど
「ど…っ!…!…!!」
あーあ咽ちゃって、ビールが勿体無いし汚い、何だよその膨れっ面は。
童貞に童貞言って何が悪い。俺には死んでもプロポーズしないとか可愛くない事を言うからだ、仮にも、いや本当に仮にの話だけどそれでも、女性に向かって死んでもは失礼だと思うよ死んでもは。
帝人くんったら酷いわ甘楽泣いちゃう、ていうか決めた、泣かす。
「で、結局どういう事?」
「…どうせ全部…知ってるんでしょう…っ」
グス、と鼻を啜る音が聞こえる。泣かす以前にもう半泣きだった。
大分酒がまわってきたな、絡み酒って程タチの悪いものじゃ無いけれど軽い泣き上戸である彼は、素面ではその弱々しい見た目に反して意志が強く、泣き言など滅多に吐かないし勿論易々と涙を見せたりもしない。
だから訊きたい事がある時には呑ませてしまうに限る、裏も目的も無いとは言ったがそれは仕事や趣味に利用しないという意味であってまぁ俺も暇じゃない、そういう訳だから早々に洗いざらい吐いて貰おうか。
「そうだね全部じゃないけど君が一年前に最初に彼女にプロポーズして好きだけどまだ友達で居たいって断られてじゃあ友達からってそれから前向きに関係を進めてきたけれど来月彼女が海外に留学する事になって再度プロポーズしたら竜ヶ峰くんの事は大事だけど今はまだ自分の事が片付いて無いし心境も含めて今後どうなるかは自分でもまだわからないそんな状態で約束は出来ない、って言われた事は知ってるけど。」
止めとばかりにつらつらと、ほとんど息継ぎ無しに俺の知っている限りの、彼が認めたく無いであろう事実を突きつければ、
「それで全部ですけどぉ!?」
何で断られた理由の細部まで知ってるんだよ情報屋ってそんな情報まで必要なの?!プライベートの侵害です!!彼はワッとそう叫んで組んだ両腕に顔を伏せて泣き始めた。
ちょっとちょっと、おでこに味海苔付いてるよ。
味海苔をはがしてあげながらプライベートの侵害と知る権利の問題って難しいよね、と微笑めばそういう問題じゃねぇこの最低野郎、と軽い軽蔑の眼差しで訴えてくるのを感じたが、本題はまだこれからなので無視して話を進める。
「それで?これから君はどうするつもり?」
まだフラれたと決まった訳じゃない、君はそう言ったが状況から考えて続けていくと決まった訳でも無いだろう。不安定な状況で不確定な関係を続けていくにはお互いの強い気持ちが必要で、だが彼女にそこまでの意思は見られない、その分を補って余りある位の強い気持ちが君に今あって、それをこの先何年でも持ち続ける自信があるのかどうか。
「要は君の気持ちはどうなの?って話。そればっかりは俺にもわからないから。」
「…、僕は……」
やっぱり、園原さんが好きです。
「…」
「…?呆れてます…?」
「…あぁ、いや…」
不覚にも一瞬止まってしまった。彼の発した言葉のその響きがあまりにも澄んでいて、誠実で。
俺は人の裏側を良く知っている、誰より知ろうとしているしそれは人間を愛しているからで、始まりが愛なのだから大概にして醜い利己的なそれを含めて人間を愛すのは当然であるし、またある意味でそれが真実で本性である事も、だけれどまた、嘘の無い言葉や一途な想いが綺麗事でも何でもなく当たり前に実在する事だって、知っている。
それを美しいと思い称賛する心だって、確かに持っている。
「…偉いなぁと思ってね。」
だから敬意を持って褒めてやったのに、でもれぇ!と完全に酔っ払いになってしまった帝人君は俺の返事を見事に無視して、呂律が回らなくなった舌で話を続ける気満々の様だ。呑ませ過ぎたかな、こちらは逆に酔いが冷めてきてしまったので仕方無しに焼酎を追加した。
「でもれぇ、不安がにゃい訳ではにゃいんです、僕らって幸せになりたい、そう思ってしまうのはいけにゃい事ですかねぇ?」
にゃいにゃい煩いな、そんな事言っても君の選ぶ道は結局変わらにゃいんだろう。
一途なのは美しいと思うが下らない惚気や愚痴を延々と聞く気は無い、訊きたかった答えは聞けた事だしそろそろお開きにしようかな。勘定を確かめようと手を伸ばしたら奪われ、
「まだらめれすぅ!まだ僕の話しかしてにゃいじゃにゃいですか、いじゃあしゃんはどうれすか?」
誰がいじゃあしゃんだ、この酔っ払い。
「どうって何が?」
「れんあい、とか?」
「…俺が?君ほんとそろそろ帰った方がいいんじゃない?」
「…確かに、いじゃあしゃんが恋、とか、笑っちゃいますけど、」
俺の恋路は笑う所なのかよ、臨也折原のすべらない話。そうだった帝人くんって可愛くないんだった。
もう俺も酔ってしまいたい、思って新しく頼んだ焼酎を煽るがそうすぐに酔えるものでもない。何だか段々気分が荒くなってきて今夜は帰りに女でも誘って抱こうかと、
「でも、いじゃあしゃんと恋ができたら幸せだろうなぁ…」
…抱こうかと、思ったんだけど。誰かを抱く事で発散しようと思っていたものが、今の彼の一言で霧散してしまった気がする、驚きのあまりに。