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世は総て事もなし

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 その日、元就は海を眺めてすらいなかった。自室に籠り、書簡仕事を端から片づけ、常と変らぬ過ごし方をしていた。
 その背後に、突然知った気配が降って湧いた。
「―――相も変わらず神出鬼没な男だ」
 元就は驚きもせず、ちらりと後ろに視線を投げかけた。
「宙に浮く事と密室に入る事とは関連がないであろうに」
「まあ、そう言うな。ぬしの部下が入れてくれたのよ、コソリとな」
 本当かどうかもわからぬ言葉ばかりを弄する男は、包帯を巻いてくぐもった声でヒヒ、と笑う。
 この奇怪な外見をした男は、表面と同じく内側にもまた異様なある種の才を抱える者だった。豊臣全盛期には大きな二つの影に隠れてあまり姿の見えなかったその男が、標的とした者には奈落に等しい姦計を生み出すに長けていることはすでに元就も認めている。
「大谷。一体何用だ」
 筆を置いた元就が静かな視線を向けると、大谷は底なしの空洞のようにも見える双眸に爛々と光を乗せて、にたりと口を開いた。
「同胞よ、暗がやりおおせたわ。破砕と黒煙と流血と悲鳴の満ち満ちたかの地、出来れば我もこの眼で見たかったが、なァ」
 万が一にも記憶に残ってはならぬからなと、作った声音でことさら残念そうに言う。元就は途端に興味を失くし、再び書簡に眼を向け始めた。
「くだらぬ。旗は確かに置いたか。肝要なのはそれだけよ」
「散々にばら撒いてきたそうな」
「ふん。当然だ。それを忘れたらその男、穴蔵どころか水の底に沈めるしかあるまい」
「あれもたまには役に立つ」
 その嫌がる様も格別であったと眼を細める男に、元就は平坦な視線で問う。
「それで貴様は、事の成否を直接伝えるためだけに来たのか」
 暇なことだ、と言う元就の冷たい眼を平然と受け止めて、大谷は肩を竦めた。
「ぬしのその涼しい顔がちいとでも歪まぬかと期待したが、」
 肩透かしよ、と囁く。
「………何だと?」
 眉をひそめて侮蔑の表情を浮かべた元就に対し、おおコワイ、と大谷は仰々しく返した。
「ナニ、西海の鬼とぬしとは戦を挟んで永い縁があったと聞いてな。それが本望であれ、いざ潰すとなれば感慨のひとつ、あるいは逡巡のひとつもあろうかと思ったのだがなぁ」
 大谷は、己とはかけ離れた容姿を持つ男の眼に浮かぶ、己と近しい空洞を見つめてこう讃えた。

「ぬしはまことに揺るぎなき悪しき同胞よ。全く、何も、感じてはおらぬな?」

 元就はしばし沈黙したのちに、答えてやった。
「我の傍から駒にもならぬ害虫の住まう地が消えた。喜ばしいことではないか、大谷」
 このうえもなく淡々とした声に感情の色はない。それらしい悪意を捻りだしてみせた言葉にすら真意はなく、この男にとっては己の策略で消えるひとつの国など本当にどうでもいい事なのだと確認し、大谷はついに声をあげて哂った。






 取るに足らない諍いを繰り返し、他愛なく過ぎる日々のあったことを、何の感慨もなく思い浮かべる事はできる。
 

「いいか、今回はこっちが退くがこれは俺の負けじゃねえからな。一旦退くだけだ!」
「貴様は一体何処の餓鬼だ。……さっさと去らねば追撃を放つ」
「ったくよぉ、あんたは冗談通じねえな。こういう時には覚えてやがれ、とか言いたくならねえ?」
「…………そのまま海の藻屑となるが良い。今からでもその首刈り落とすか?」
「ついさっき停戦したばっかじゃねえか!」
「どうせ一時だがな」
 それを聞くと男は、牙を見せて笑った。
「ああ、違いねえ。次はあんたをぶっ潰すぜ、毛利!」
「――屍も残らぬ程に叩き潰してくれるわ」


 我は馴れ合いを厭うと、散々言ったはずだ、長曾我部。
 貴様は信じていなかったのだろう? 
 
 それを我に与えようとした事を、許すはずもあるまいに。




作品名:世は総て事もなし 作家名:karo