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敗北の夜に

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「いいよ、君はすごくいい。予想外のことをしでかしてくれる、本当にイレギュラーだ、最高だよ!」



折原臨也の事務所は、夜だというのに電気さえついていなかった。机の前に立った臨也がそうわめいて笑いこける様子を、帝人はただ黙ってみている。そして、この人は本当に救えないな、とため息をついた。
何故臨也が立っているかといえば、本来臨也が座るべき机にすでに帝人が座っているから、に他ならない。ガラス張りの窓を背にして黒い椅子に体を沈め、帝人はその椅子を案外座り心地の良くないものだな、と思った。
「それで?そこに座って何がしたいの?俺をここまで追い詰めた人間は初めてだし、相応の態度で報いてあげるよ……まあそれでも君に負ける気はしないけどね」
ひとしきり笑いこけた後、臨也はその目に冷酷な輝きを灯して帝人を見据えた。暗がりの事務所は、しかし、注ぎ込むネオンの光で仄かに明るい。電線を切っただけでなく、遮光のカーテンを設置するべきだったかな、雰囲気的に、と帝人は考える。できるだけ表情を読まれないよう、暗闇で対峙したかった。
「勝ち負けの問題ではありませんよ臨也さん」
それでも唇からこぼれた声は、揺ぎ無く冷たい。
「僕は僕のしたいようにしただけ。その結果あなたが追い詰められただけです」
「言うね。池袋の全てのカラーギャング、俺に恨みがあるヤツ、シズちゃんまで味方につけておいてさ」
「ええ、まあそうですね。あなたが無様に落ちぶれていく様子を見たかったんです、とても非日常でしょう?」
机に頬杖をついて見上げた先で、不愉快そうに臨也が顔をゆがめた。そうだ、その顔が見たかった。帝人は唇の端を吊り上げる。
「いかがです?追い詰められる気持ちと言うのは。是非お聞きしたいですね」
微笑んで告げた言葉に、臨也は小さく息を吐き、
「最低」
と短く答えた。拗ねた子供のようなその言葉に、小さく声をあげて笑う。
「まあでも、お察しの通りですよ。これまでが僕の全力です。これ以上はあなたに手出しできない。あなたが体勢を立て直して仕返しを計ったらおそらく僕は負けるでしょうね」
経験値の差は歴然だ、どれほど考えても計画を立てても、それは覆らないだろう。それが分かっているから臨也はここにやってきたのだ。これから君に報復をすると、帝人に伝えに来たのだろう。
帝人だって馬鹿ではない。臨也を追い詰めることはできても、潰すことはできないと分かっていて、それでも追い詰めた。
何倍になって返って来ようとも、そうしたかった。
「帝人君さあ、ここまでの手腕はお見事だったよ、完敗だった。けど今この瞬間から失敗してるって、分かっているくせにそうした理由が知りたいね」
「そうですね、あなたと一対一で向き合った時点で、僕に勝ち目は無いでしょう。普通ならね」
意味深に付け足された「普通ならね」という言葉に、臨也は小さく息を呑む。まさか。ありえない、知られているはずが無い、俺が全力で隠してきた感情を、この子が読めるはずが無い。言い聞かせる言葉は、しかし繰り返すたび自信を失う。
臨也は目の前の少年を見据えた。
徹底的に苦しめて孤立させて泣かせて、恨まれてでも特別になろうとした少年。光の宿るその目に映れないなら、中途半端な好意などいらないと、信頼を裏切った。どうせ彼は自分を愛してくれない。愛されないなら、その逆でなければ特別になれない。
どうせ、愛してはくれない。
分かっていた。


「……あなた、僕のこと好きなんでしょう?」


絶望の響きがした。
知られていた、ということよりも、その唇がそれを言った、ということが臨也にとっては重要なことだった。ありえないはずの失態だった。まさか、まさか、彼の声で聞くだけでここまで心が揺れるだなんて。
歪な息を吐き出した肺が、踏みつけられたかのように鈍く痛む。呼吸するだけで喉が切り裂かれるような気がして、張り詰めた空気に息を止めた。
静寂、およそ十秒。
そのたった十秒の沈黙こそが、答えだった。
まさか、と笑い飛ばすことができなかった。はあ?と怪訝な顔もできなかった。そうかもね、とおどけて見せることも、だったら何だって言うんだい?とせせら笑うことも。
選択肢など無限にあったはずの臨也の行動のうち、どれ一つとして実現できなかったことが、何よりも臨也の動揺を顕著に示している。馬鹿な、と臨也は言葉を失ったまま、動けない自分を叱咤する。
せめて無敵のままで、彼の目には映っていたかったのに。どうしてそこで沈黙を保ってしまったのだと。


「……実は、今の今まで半信半疑でした。でも、あなたのそんな態度見てしまったら、僕も信じるしかありません。臨也さん、僕のことが好きなんですね」


確認のように問う帝人の声に、温度はない。
ただ乾いた息を飲み込んで、臨也は途方に暮れたように右手を額にあてた。さっきまでの絶対的な優位が、約束されていた勝利がここにきてぐらつく。
それを利用されたら終わりだ、と臨也は思う。
愛しているような振りをされたら、愛してもいいと言われたら、そんなふうに帝人が笑ったら、きっと何もできなくなってしまう。希望の無い感情だから、愛されないから、代わりに憎まれようと思っただけ。ただそれだけが臨也の行動力の源だった。
希望を殺して、殺して、感情を押し潰して、砕いて、そうやって今までやってきた。笑わせてあげられないのなら、泣かせてやりたい。感情をまっすぐに向けてもらいたい、ただそれだけのために。きっとそれは子供のような行動だったに違いなく、その自覚もあるけれど、理解していてなおやめられなかった。
俺に笑いかけないのなら、俺のせいで泣けばいい。
優しくしてくれないなら、触れるな。
そんなふうに駄々をこねて、それでも心の奥底では、やっぱり温かい手を願っていた。こんなに愛しているのだから、少しくらい感情を返してくれてもいいんじゃないか、と。
だから。
やめろ、希望を与えないでくれ。臨也は願う。
黒い椅子に寄りかかって、まっすぐに臨也を見据える少年に、ただ祈った。今すぐ彼の口を塞ぎ、それ以上何もいえないようにしてどこかへ閉じ込めれば間に合うかもしれない。けれども体は動かなくて、ただ息を飲む音だけが部屋に響いて。
残響。
優しくされたら終わりだ。
あくまで嫌われることだけを目標として、裏切って陥れて操ろうとしていたからその手を引くことをためらわなかった。ここでその手を握り返されたら臨也は、それがたとえ帝人の計算であったとしても、おそらく、


「臨也さん」


呼ばれた声に、ビクリと肩を揺らした。
精神的に追い詰められるというのは、こういう状態のことを言うのだろう。今まで飽きるほど観察してきたのに、感情として知るのは初めてな気がした。息苦しくて、吸い込む空気さえも喉元にくすぶる。
しっかりしろ、自分を叱咤して、睨みつけるように帝人と対峙した。しっかりしろ、これから帝人が言うことは、どうせ嘘だ。けれども、馬鹿にして笑われるよりは、嘘でもいいからその言葉を聞きたいというのも確かに本音で。
歯を食いしばる。
他人の言葉がこんなに怖いと思ったのは初めてだった。その言語を聞いたとき、自分がどんな反応を示すか、自分の心がどんな状態になるのかが、全く予想がつかない。
作品名:敗北の夜に 作家名:夏野