『悪魔の住む花』は危険な香り
「じゃ…、一生…」
とにかく、ダリーに寄生されている以上、またカオリが血を求めて徘徊する可能性は高い。キリヤマはフルハシ隊員に彼女を見張るよう命じた。
フルハシが作戦室を出て行った後、キリヤマは医師に向き直った。
「博士、無理を承知で頼みますが、何とか彼女を助ける方法を見つけ出してください。彼女以外でも、ダリーに寄生された人間がいないとも限らないんです」
真剣な眼差しでキリヤマに言われ、医師も出来る限り頑張ってみますと言い残し、早速研究にとりかかる為作戦室を後にした。
その数十分後の事だった。作戦室に慌てたフルハシの通信が入る。
『隊長!カオリさんに逃げられました!』
「何?!」
彼女は今夜も血を求めて彷徨いだしたのだ。キリヤマはフルハシ・ダン・ソガに彼女を探すよう命令し、自身もアンヌと共に基地内の見回りを開始した。
「もしかしたら基地の外に出るかもしれませんね」
ダンの提案でポインターに向かう二人。ダンが運転席に座り、ソガが助手席に乗り込んだ所で、ポインターの通信機にキリヤマのビデオシーバーから通信が入った。
その内容に、ソガは胃の底に氷をぶちまけられたような気がした。
『アマギが連れ出された、まだそう遠くには行ってない!早く見つけださないとアマギの命が危ないぞ…!』
アマギが?アマギが連れ出されたって?!―――信じられなかったが考えられない事ではなかった。カオリの血液型と一緒なのは、基地内ではアマギだけなのだから。嫌、むしろ気付かない方がどうかしていた。彼女は一度アマギを襲っているのだ。今夜も彼を襲う可能性は充分にあった。
二晩も続けて彼を危険な目に合わせた!予期できた筈なのに防げなかった!―――自分の不甲斐なさに腹が立ち、ソガは下唇を血が滲むほど強く噛んだ。
と、不意にポインターが止まる。そこは遊園地だった。何故ここにきたのかダンに問おうと口を開く前に、ソガは異様な光景を目にした。
「あれは何だ?」
ポインターから出ながら、ソガは今現在―――草木も眠る丑三つ時には不釣合いな音楽が流れてくる方向=回転木馬を凝視した。
ソガと同じくダンもその光景に異様さを感じたようだ。
「こんな時間に回転木馬が動いている…」
ゆっくりと、くるくる回る回転木馬に近付く二人。何かあるかも知れないと目を凝らしていると、探していた人物がその中のひとつに一人座っているのが見えた。
「アマギ!しっかりしろ!」
慌てて回転木馬を止めてアマギに駆け寄るソガとダン。ソガの腕の中で力無く倒れるが、アマギの呼吸は正常だし何かされた形跡もない。とりあえず生命の危機には瀕していないようだ。
その事にホッと息をつくも、詳しく調べている暇はなかった。少し離れた所にカオリが立っている事に気付いた二人は、アマギをポインターの後部座席に寝転ばせて彼女を追った。ちょうどそこへ駆けつけたフルハシの提案で、カオリにショック・ガンを撃ち、無事保護する事に成功した。
「とにかく二人をメディカルセンターに運ぼう」
大急ぎで基地に帰り、アマギとカオリの容体を医師に診てもらう。アマギの方は特に問題はなかったのだが、カオリの方は衰弱が酷く、このままでは生命の保証もしかねるという事だった。
重い空気に包まれるウルトラ警備隊一同。
と、そこへ意識を回復したアマギがなだれ込んで来た。まだ体調が万全ではないのだろう、足にいまいち力が入らない様子で、カオリが寝ているベットに両手をついた。彼の容体を心配するキリヤマの問いに「大丈夫です」と簡潔に答えた後、彼はとんでもない事を言い出した。
「それより、彼女を助けてやってください。ねぇ先生、お願いします!輸血が必要なら僕のをいくらでもあげます…!」
その言葉を聞いた時、ソガは思わずアマギを殴りつけたい衝動に駆られた。胸倉を掴み上げ、大声で怒鳴ってやりたかった。だが、そんな事をする訳にはいかない。目の前には瀕死の患者がいるのだから―――何とか自制する為に、ソガは両拳を力の限り握り締めた。
その間にも、アマギは医師や隊長にカオリを助けて欲しいと懇願した。だが、現実問題、現在の医学では無理なのだ。その事実は一日や二日で変わるものではない。
医師にも隊長にも、藁をも縋る思いで懇願したダンにも無言で返され、アマギは両肩を落として落胆した。
そんな彼をもう見ていられず、ソガはアマギの肩を掴み、フルハシと協力して彼を彼の個室へと連れいて行く事にした。
アマギを彼の個室のベットに座らせると、フルハシは、
「お前は疲れてるんだよ。今日はゆっくり休め」
と、だけ言い残し、作戦室へ戻って行った。
ソガもその後に続こうとした。だが、ドアまで後一歩の所で立ち止まり、座らされたまま微動だにしないアマギを振り返った。その姿を―――カオリを心底心配しているアマギを見ていると、先程自制した、彼を殴りつけたい衝動がまた生まれ始めた。
どうにも処理できない感情がソガの背中を押す。
どこか自嘲気味な色合いを帯びた瞳を彼に向け、ソガは重々しく口を開いた。
「…ウルトラ警備隊員が一般人を守るのは当たり前の事だが……何もあそこまで言う必要はなかったんじゃないか?…お前が倒れてもここにはお前に輸血できる人間はいないんだぞ」
押し殺したような声で、自分の気持ちをそれでもまだソフトに口にしたソガを、アマギは、泣いていたのだろう、潤んだ瞳で―――だが、瞳の奥に強い光を灯して見上げた。
「だからっといって、指を咥えて見てるだけなんて、俺には出来ない」
ソガは、思わずアマギを睨みつけていた。予想もしなかっただろうその視線の強さに、アマギは一瞬気圧されたようだった。だが、そんな事はおかまいなしにソガは話を続ける。
しかし、それは、
「何故そんなに彼女に肩入れするんだ?惚れたか?」
自虐行為にも似た発言だった。
唇の端を上げ皮肉気に問うソガに、アマギは一瞬動揺したようだったが、自分を睨みつけるソガをキッと睨み返しながら、半ば叫ぶように答えを返した。
「悪いか?!」
ソガの胸に鋭い痛みが走る。嫌、胸だけではない。腕も足も―――全身のいたるところに激痛が走った。
ソガは思わずアマギに手を伸ばした。殴られると思ったのだろう、アマギは顔を庇うように両手を上げた。
しかし―――
「……ソガ……?」
アマギの困惑気味な声を耳元で聞きながら、ソガは細身な彼の体を力の限り強く抱きしめた。彼を放さないように―――彼を誰の所にもいかせないように…。
「…ソガ?―――おい、ソガ…ソガ!」
繰り返しソガの名を呼ぶアマギ。だが、ソガは一言も答えず抱きしめ続けているだけだった…。
終
作品名:『悪魔の住む花』は危険な香り 作家名:uhata