sugary hologram
気多の巫女が檻から出て行った後、突然休養すると宣言したヘッドは団服をすっ
かり脱ぎ捨て、ふらふらと出かけては帰ってくる生活をしていた。総会には勿論、
バニシングエージのアジトにさえ顔を出さない。けれど、唯一カタシロにだけ
は気紛れに夜会いに来ている。学校が終わり次第アジトに待機しているツキヒコ
達に時折ヘッドはいつ帰ってくるのか聞かれたり、ヘッドの様子を聞かれたりす
るのに上手い具合に答えるのが多少面倒だが、立場上仕方がない。それに嘘を混
ぜず、ありのままヘッドが水面下で何をしているか口にしてしまえば、神経を逆
撫でしてしまうだろう。あの三人はヘッドのこととなると執着心を剥き出しにし
て大変なことになる。とてもカタシロの手には負えないし、そこにまで気を回せ
ない。今日も書類に目を通しては次を繰り返していると、軽く二回ドアをノック
するのが聞こえた。ドアの方に視線を走らせ、書類を捲る手を止める。
「入れ」
「・・・失礼します」
形のいい、適度に肉のついた色気を帯びた足が中に踏み入る。頭取だ。背後で静
かにドアが閉まった。
「議長、ヘッドから伝言が」
「・・・・伝言?」
カタシロは内心驚いていた。気多の巫女をヘッドの部屋で匿うようになってから
何かを言いつけられることなどなかった。その前、いや、共に過ごすことが多く
なってからというもの、無茶な要求をしてはカタシロを困らせ、楽しんでいたく
せに、ぱたりとなくなったのだ。
「ああ、それが――・・・」
頭取は伝言を告げる。それを聞いた時、一瞬無茶を言っては楽しそうに笑ってい
たヘッドがカタシロの中で像を作る。懐かしさだけが先行して、記憶の中の彼に
手を伸ばしたくなったが、振り払って頭取に了解の意を伝えた。ドアが閉まって、
冷静になってから一人カタシロは苦笑する。
「・・・全く、どこにいるんだかな」
”迎えに来て”だなんて、相変わらずふざけた要求だと思いながら、カタシロは
ドアを開ける。ふらふらしている、腐れ縁の男を迎えに。
島の中をこんなに巡ったのは初めてだった。車を走らせ、居そうなところに止ま
っては探す。けれどそう簡単には見つからず、様々な店が並ぶ通りをため息をつ
きつつとぼとぼ歩いていると、瞳が店を通り過ぎる時にヘッドの姿を捉えり。ば
っと振り返ると、こじんまりした店の一角に座っているのが見えた。少し戻って、
上半分だけガラス張りになったドアを開ける。店内に入ってすぐにヘッドが流
し目で視線を合わせてくる。口元が満足そうににやりと笑っていた。
「少し遅かったね」
「・・・普段どこに行ってるかも分からない俺に探しに来させるのもどうかと思
うが」
「はは、言うね、リョウちゃん」
ヘッドの向かい側に座って、店員の運んできた水を口にしていたら突然昔の呼び
方をされて驚きの余り水が上手く飲み込めなくなった。何とか飲み込んで、じろ
りと恨めし気に見ると声を出して腹を抱え気味に笑っている。ああ、昔と同じだ、
と思った。記憶の中で何枚も眠っている光景と同じだ。何もかもなかったこと
にはなっていなかった。
「・・・急にその呼び方で呼ぶのはやめてくれ」
「でも今誰も聞いてないよ」
笑顔でぴしゃりと言われて、本当はそういう問題じゃないと言ってやりたかった
のに、何だかくだらなくなって、グラスを手に取った。小さなグラスの中で少し
いびつで大きな角切り氷が軽快な音をたてる。カタシロをこんなに気安く呼ぶの
はヘッドだけだった。お世辞にも合っているとはとても言えない呼び方だが、拒
めない。呼ばれる度に気恥ずかしさが胸を掠めるが、その感覚をどこか特別に思
っているからかもしれない。
「もしかして、照れてる?」
思わず水を噴き出しそうになった。そんな素振りはしていないはずだ。やっとの
思いで飲み込んで、少しだけ水が残っているグラスをテーブルに置く。
「はは、照れてるんだやっぱり。まあ久々に呼んだしね、こうやって」
「・・・・照れてない」
「何だ、少しくらい素直になってもいいのに。・・・あ、それこっちに置いて」
戯れのような、大した内容ではないやり取りをしていると、いつの間にテーブル
に店員が来ていた。ヘッドの目の前に自分の目を疑ってしまうほど大きなパフェ
が置かれる。明らかに一人で食べるようなものではない。目を丸くしてパフェを
見ていると、コトリとさりげなくコーヒーが置かれていた。
「これは?」
「ん?ああ、労いだよ。ここまで迎えに来た分」
店員が去った後、スプーンを嬉々として手にするなり器に盛られているアイス部
分に差し込んだ。自分の頑張りはコーヒー一杯分なのか、と内心苦笑しつつ、言
っても仕方がないので黙って飲むことにする。
「それ、お前一人で食べるのか」
缶詰に入っていただろう、桃のシロップ漬けを咀嚼する。
「・・・こういうの好きだったっけ?」
「いや、そういう意味じゃない。・・・明らかに一人で食べる量には見えないか
ら聞いてみただけだ」
スプーンを手で遊ぶようにくるくる回しつつ、ヘッドはニヤリと笑う。
「ふふ、あれだよ。聞いたことない?・・・・甘いものは別腹、ってやつさ」
「・・・・・っ!?」
楽しげに悪戯する子供のような目をしたかと思ったら、下半身に違和感を感じて
すぐさま視線を下に向ける。再び顔をあげると、してやったりと言わんばかりに
笑われた。テーブルの下で片足だけ靴を脱いで股間を指でなぞるヘッドの行為か
ら甘いものという言葉で結びつくのは、こんなのどかな喫茶店からは縁遠いもの
で呆れる。全く、どうして昔からこんなに下世話なんだ。カタシロを困惑させる
ことができて満足したらしいヘッドは、股間から足を離すと再びパフェに手をつ
け始めた。黙々と食べるヘッドを何気なく眺める。昔は二人だけだった。天性の
心情把握力と頭脳と計画遂行力は周囲を自然と惹きつけ、他人と関わりを持つの
が面倒だった自分とは対象的に、ヘッドは常に大勢に慕われ、注目されていた。
けれど本当に彼の中に入ることを許され、影響を与えることができる人物は限ら
れていた。島の外に出ていった巫女の少女、今ヘッドが追っているシンドウ家当
主。そしてあと一人は、病院で眠ったまま目を覚ましていない。共にいる年月だ
けは無駄に長いが、彼の真髄に触れた気はしていなかった。分からない。もしか
したらまだ二人の間のラインすら踏み込んでいないのではないかと思ってしまう
ほどだ。踏み越えたらどうにかなるのかもしれないが、確証はない。綱渡りのピ
エロのように生きることしか出来ずに、彼の前に座っている。
「はい、あーん」
はっと我に返って最初に見たのは、コンフレークの混ざったクリームの乗ったス
プーンだった。カタシロは眉間に皺を寄せた。甘いものは苦手だ。しかもこのパ
フェは特に甘ったるそうで、気がひける。
「ほら、口開けなって」
更に口先に近づけられる。悪戯っぽく笑う表情に不覚にも心を掴まれて、しょう
がないと渋々口を開けた。舌から大量の糖分が染みてきて、苦い顔をする。砂糖
がかったコンフレークとも戦い、何とか咀嚼してカップの中に残っていたコーヒ
ーと共に飲み込んだ。
「どう?」
「・・・・甘すぎる」
かり脱ぎ捨て、ふらふらと出かけては帰ってくる生活をしていた。総会には勿論、
バニシングエージのアジトにさえ顔を出さない。けれど、唯一カタシロにだけ
は気紛れに夜会いに来ている。学校が終わり次第アジトに待機しているツキヒコ
達に時折ヘッドはいつ帰ってくるのか聞かれたり、ヘッドの様子を聞かれたりす
るのに上手い具合に答えるのが多少面倒だが、立場上仕方がない。それに嘘を混
ぜず、ありのままヘッドが水面下で何をしているか口にしてしまえば、神経を逆
撫でしてしまうだろう。あの三人はヘッドのこととなると執着心を剥き出しにし
て大変なことになる。とてもカタシロの手には負えないし、そこにまで気を回せ
ない。今日も書類に目を通しては次を繰り返していると、軽く二回ドアをノック
するのが聞こえた。ドアの方に視線を走らせ、書類を捲る手を止める。
「入れ」
「・・・失礼します」
形のいい、適度に肉のついた色気を帯びた足が中に踏み入る。頭取だ。背後で静
かにドアが閉まった。
「議長、ヘッドから伝言が」
「・・・・伝言?」
カタシロは内心驚いていた。気多の巫女をヘッドの部屋で匿うようになってから
何かを言いつけられることなどなかった。その前、いや、共に過ごすことが多く
なってからというもの、無茶な要求をしてはカタシロを困らせ、楽しんでいたく
せに、ぱたりとなくなったのだ。
「ああ、それが――・・・」
頭取は伝言を告げる。それを聞いた時、一瞬無茶を言っては楽しそうに笑ってい
たヘッドがカタシロの中で像を作る。懐かしさだけが先行して、記憶の中の彼に
手を伸ばしたくなったが、振り払って頭取に了解の意を伝えた。ドアが閉まって、
冷静になってから一人カタシロは苦笑する。
「・・・全く、どこにいるんだかな」
”迎えに来て”だなんて、相変わらずふざけた要求だと思いながら、カタシロは
ドアを開ける。ふらふらしている、腐れ縁の男を迎えに。
島の中をこんなに巡ったのは初めてだった。車を走らせ、居そうなところに止ま
っては探す。けれどそう簡単には見つからず、様々な店が並ぶ通りをため息をつ
きつつとぼとぼ歩いていると、瞳が店を通り過ぎる時にヘッドの姿を捉えり。ば
っと振り返ると、こじんまりした店の一角に座っているのが見えた。少し戻って、
上半分だけガラス張りになったドアを開ける。店内に入ってすぐにヘッドが流
し目で視線を合わせてくる。口元が満足そうににやりと笑っていた。
「少し遅かったね」
「・・・普段どこに行ってるかも分からない俺に探しに来させるのもどうかと思
うが」
「はは、言うね、リョウちゃん」
ヘッドの向かい側に座って、店員の運んできた水を口にしていたら突然昔の呼び
方をされて驚きの余り水が上手く飲み込めなくなった。何とか飲み込んで、じろ
りと恨めし気に見ると声を出して腹を抱え気味に笑っている。ああ、昔と同じだ、
と思った。記憶の中で何枚も眠っている光景と同じだ。何もかもなかったこと
にはなっていなかった。
「・・・急にその呼び方で呼ぶのはやめてくれ」
「でも今誰も聞いてないよ」
笑顔でぴしゃりと言われて、本当はそういう問題じゃないと言ってやりたかった
のに、何だかくだらなくなって、グラスを手に取った。小さなグラスの中で少し
いびつで大きな角切り氷が軽快な音をたてる。カタシロをこんなに気安く呼ぶの
はヘッドだけだった。お世辞にも合っているとはとても言えない呼び方だが、拒
めない。呼ばれる度に気恥ずかしさが胸を掠めるが、その感覚をどこか特別に思
っているからかもしれない。
「もしかして、照れてる?」
思わず水を噴き出しそうになった。そんな素振りはしていないはずだ。やっとの
思いで飲み込んで、少しだけ水が残っているグラスをテーブルに置く。
「はは、照れてるんだやっぱり。まあ久々に呼んだしね、こうやって」
「・・・・照れてない」
「何だ、少しくらい素直になってもいいのに。・・・あ、それこっちに置いて」
戯れのような、大した内容ではないやり取りをしていると、いつの間にテーブル
に店員が来ていた。ヘッドの目の前に自分の目を疑ってしまうほど大きなパフェ
が置かれる。明らかに一人で食べるようなものではない。目を丸くしてパフェを
見ていると、コトリとさりげなくコーヒーが置かれていた。
「これは?」
「ん?ああ、労いだよ。ここまで迎えに来た分」
店員が去った後、スプーンを嬉々として手にするなり器に盛られているアイス部
分に差し込んだ。自分の頑張りはコーヒー一杯分なのか、と内心苦笑しつつ、言
っても仕方がないので黙って飲むことにする。
「それ、お前一人で食べるのか」
缶詰に入っていただろう、桃のシロップ漬けを咀嚼する。
「・・・こういうの好きだったっけ?」
「いや、そういう意味じゃない。・・・明らかに一人で食べる量には見えないか
ら聞いてみただけだ」
スプーンを手で遊ぶようにくるくる回しつつ、ヘッドはニヤリと笑う。
「ふふ、あれだよ。聞いたことない?・・・・甘いものは別腹、ってやつさ」
「・・・・・っ!?」
楽しげに悪戯する子供のような目をしたかと思ったら、下半身に違和感を感じて
すぐさま視線を下に向ける。再び顔をあげると、してやったりと言わんばかりに
笑われた。テーブルの下で片足だけ靴を脱いで股間を指でなぞるヘッドの行為か
ら甘いものという言葉で結びつくのは、こんなのどかな喫茶店からは縁遠いもの
で呆れる。全く、どうして昔からこんなに下世話なんだ。カタシロを困惑させる
ことができて満足したらしいヘッドは、股間から足を離すと再びパフェに手をつ
け始めた。黙々と食べるヘッドを何気なく眺める。昔は二人だけだった。天性の
心情把握力と頭脳と計画遂行力は周囲を自然と惹きつけ、他人と関わりを持つの
が面倒だった自分とは対象的に、ヘッドは常に大勢に慕われ、注目されていた。
けれど本当に彼の中に入ることを許され、影響を与えることができる人物は限ら
れていた。島の外に出ていった巫女の少女、今ヘッドが追っているシンドウ家当
主。そしてあと一人は、病院で眠ったまま目を覚ましていない。共にいる年月だ
けは無駄に長いが、彼の真髄に触れた気はしていなかった。分からない。もしか
したらまだ二人の間のラインすら踏み込んでいないのではないかと思ってしまう
ほどだ。踏み越えたらどうにかなるのかもしれないが、確証はない。綱渡りのピ
エロのように生きることしか出来ずに、彼の前に座っている。
「はい、あーん」
はっと我に返って最初に見たのは、コンフレークの混ざったクリームの乗ったス
プーンだった。カタシロは眉間に皺を寄せた。甘いものは苦手だ。しかもこのパ
フェは特に甘ったるそうで、気がひける。
「ほら、口開けなって」
更に口先に近づけられる。悪戯っぽく笑う表情に不覚にも心を掴まれて、しょう
がないと渋々口を開けた。舌から大量の糖分が染みてきて、苦い顔をする。砂糖
がかったコンフレークとも戦い、何とか咀嚼してカップの中に残っていたコーヒ
ーと共に飲み込んだ。
「どう?」
「・・・・甘すぎる」
作品名:sugary hologram 作家名:豚なすび