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パーフェクトストーム

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誓って言えるが、たとえロックオン・ストラトスでなくてもその男には万人が目を奪われたことだろう。
 きらきら光るブロンドにブルーの瞳。なにより内面からあふれ出んばかりの自信が、男をよりいっそう華やかに見せている。
(どこにいても悪目立ちするタイプだな、ありゃ)
 ロックオンは残りのコーヒーを一気にあおって、がたんと席を立った。すぐにでも勘定を済ませるため財布を取り出しながら、もう一度、カフェテラスの扉を押して入ってきたその男を見る。
 男がやけに目立ってるのには、もうひとつ理由があった。ユニオン軍のブルーカラー。
(休暇中にまで見てたい服装じゃねえなぁ)
 スメラギから許された束の間のオフだ。久しぶりに地上の空気を堪能しようと、チケットのとれた飛行機に適当に乗り込んでやってきたのがユニオン軍領地。
 別に意図はない。単に北欧出身の白人種であるロックオンが溶け込みやすい景色だからだ。
「おねえさーん、チェックおねがい」
「はぁーい」
 カウンターの中で店員が応じる。
 その声に反応したらしい。ロックオンはあからさまに視線を感じて、ゆるく振り向いた。入ってきた扉の近くで席が空くのを待っているユニオン軍の男が、ピーコックブルーの瞳をロックオンにそそいでいる。その双眸が、少し笑む。秀麗な顔に、明らかに走る好奇。
 ロックオンはそれを咎める気にはならなかった、なぜなら自分もついさっき、彼に対して好奇の目線を向けていたからだ。でも男のそれは、あまりに無遠慮でまっすぐで、向けるというより照射するに近かった。まるで銃口を当てられてるかのような、主張の強さ。
 ロックオンは片眉を上げただけで、すぐに男から目をそらした。なんであれ軍人と関わり合いになるのは御免だ。
「ごちそうさん」
「ありがとうございましたぁー」
 店員の女性にコーヒー代とチップを払って、ロックオンは出入り口に向け足を踏み出した。
 目線を上げると、扉の前に立つ青い軍服。ロックオンは人知れず、ターコイズグリーンの瞳に剣呑な光を宿した。網膜に焼き付くほど覗いた、ライフルスコープの丸い円と十文字が、自然と浮かんでユニオンブルーの胸元に刻印する。
(一発だ)
 男はもはやまったく隠す気もなしに、ロックオンを見つめていた。
 彼の軍人としての嗅覚が、ロックオンの瞳に住む暗い光を見破ったのかもしれない。舌なめずりさえしそうな、だが表面上は上品な顔つきで、青い双眸だけがらんらんと輝いてロックオンを見据えている。
(…あぶねぇな、こいつ)
 まるでここは戦場かと錯覚するほどの空気。2人だけの間の、密接な緊張。
 ロックオンは静かに目をつむった。同時に、ライフルスコープの画面もまぶた裏に閉じ込める。
 こんな物騒なイマジネーションをかきたてられたのも、この男が照射してくる視線のせいだ。
 さっさと退散しちまおう。これ以上厄介なことになる前に。ロックオンはひそやかに息を吐いて、軍服の男の横を通り過ぎようとした。

 その時。店の外の喧噪が耳を突いた。
 ドガァンッ!!
「てめェーッ!動くんじゃねえーッ!!」
 扉を蹴破る勢いで飛び込んできたのは、恰幅のいい中年の男だ。興奮した顔つきは歪み、その手に握られているのは拳銃。震える銃口の向けられた先には、ユニオンブルーの男。
 店内は、一気に悲鳴と混乱に包まれた。ロックオンは反射的に周囲に向け「伏せろ!」と叫ぶ。ロックオン自身も腰をかがめ、テーブルの合間から様子をうかがった。すでに手は、足首にベルトで装着した隠し拳銃に添えられている。14歳で家族を失い血なまぐさい世界に足を踏み入れて以来こっち、染みついてしまったまさに条件反射だ。
 飛び込んできた男は恐慌状態で、素人くさく握りしめた銃を軍人に突きつけながら、怒号を上げる。
「てめぇッ、ユニオン軍の奴だな!殺してやるッ…てめぇらだけは絶対に許さねぇッ!!!」
「何を言いたい。話を聞こう。見ての通り、私は銃を手にしていない」
 軍服の男が、初めて口を開いた。つむがれる声は外見を裏切らない、優美でしたたかなものだ。こんな状況でも一切の揺るぎがない。
「私は米軍第一航空戦術飛行隊所属、グラハム・エーカー上級大尉だ」
(MSWAD…!?)
 嫌な名前を聞いた。ロックオンは小さく舌打ちする。
 よりにもよってソレスタル・ビーイングの、ガンダムマイスターの、ロックオン・ストラトスの天敵だ。
 しかし周囲のことも、もちろんロックオンのこともまったく意に介さずに、グラハム・エーカーは堂々と胸をそらして男と対峙していた。武器を突きつけてるというのに男のほうが気圧されている。
 それでも男は必死に牙をむいた。吠えるように唾を吐きながら。
「てめえらは俺のたったひとりの息子を奪った!息子は大喜びだったんだ、モビルスーツに乗れる、憧れのエースパイロットと空を駆れるってな!俺の手元に帰ってきた息子は、てめえ、知ってるか?機体の爆発で全身が焼けただれて、顔面の、この、口から上が…吹っ飛んでたんだ…!!息子だって確認できたのは、唯一残された歯に治療痕があったからだ…あんな、あんなもの、人間じゃねえ、人間がしていいことじゃねえッ!!」
 グラハムははっきりと、目を見開いた。初めて見せた動揺だった。
 男が、怒りにまかせ、銃口の引き金を引き絞る。
 ロックオンは無意識に、服の下、隠すように首からさげた銀のケルト十字に手を当てた。祈る相手は神じゃない。ロックオンの肌にふれる小さな十字架、そこに住まうのは、すでに失われた彼の愛する家族だ。そして生き写しの片割れ。
 次の瞬間には足首に装着した拳銃を両手でかまえていた。
 そこからの動作は息を吸って吐くのと同義だ。かまえて、撃つ。それだけ。
 一発。銃上部のスライドが勢いよく後退し、空の薬莢が飛び出る。その反動を、肘の関節でクッションして。
 41口径デリンジャーの銃声が響いたと同時、グラハムに向けられていた男の拳銃は吹っ飛ばされていた。周囲の悲鳴が空気を裂く。
 呼応するようにグラハムの行動も敏速だった。
 ロックオンの射撃によって男が拳銃を取り落とした即座に、男に掴みかかる。自分より一回り大きな体つきの男を、すばやく腕をつかみ関節を殺すよう背後にひねりあげることで、封じる。
「暴れるな!これ以上抵抗しなければ罪は軽く済む!」
「ちくしょおおッ!ちくしょうちくしょう、ちくしょうッ!!」
 凛とした声に、男の罵倒がかぶさる。
 男は憎悪に濡れた顔で、腕を押さえつけるグラハムを睨みあげた。
「絶対に許さねェッ!!殺してやる!!」
 男が唐突に、不自然に、口を大きく開けた。
 背後に立つグラハムからは見えないだろう、男の着込んだジャケットの下、腹に巻かれた小型爆弾の悪意ある群れ。
作品名:パーフェクトストーム 作家名:べいた