パーフェクトストーム
ロックオンは躊躇しなかった。一度銃をかまえれば、もはや撃つことは必然であり、そこに他の一切は存在しない。首からさげたケルト十字。銀のクロスに触れることは神への許しを請うのではない。失った愛する者たちと守るべき愛する者への誓い立てだ。14才でこの鉄の凶器を手にし、暗い路地裏を駆け闇に潜んで狙撃し、淡々と技能をつのらせながら、雪のように静かに静かに積もらせていった復讐心は、彼の中に確実にロックオン・ストラトスという殺人者を精製した。
殺人者が引き金を引く。
いつだってそれは確実に誰かの命を終わらせる一撃となった。
男の、上顎が砕け飛ぶ。上唇から脳天を貫いた銃弾は、少ない血と脳漿を飛散させた。
命令系統を失って男の体がなすすべなく崩れ落ちる。グラハムは瞬時の呆然を振り払い、男の下顎に生える奥歯を掴んだ。
「遠隔起爆装置か……」
たやすく抜けたそれは、噛み締めればおそらく腹に巻きつけた爆弾を発動させただろう。
ひときわ悲鳴と喧噪の広がる中で、ロックオンは自堕落に目を閉じた。まぶたの裏に、もし男が起爆させていたら、その光景が、あまりにも安易に思い浮かぶ。吹き飛ばされ散らかる大小の死体、鼻をつく異臭と焼けこげた瓦礫、乱雑にもぎ取られた首や腕や足の暴力的な断面、それは空想か記憶か、ロックオンにはもはや棲み分けができていない。
男が倒れたのを見て、店内の客たちはパニック状態のまま一斉に外へと逃げ始める。
その中でグラハムは慎重に男の体を探り、他に武器を持っていないか一通りあらためた。腹の爆弾はさわらない方がいいだろう。処理班を呼ぶしかない。
「それにしても……」
ピーコックブルーの瞳を閃かせ、グラハムの視線がロックオンに向けられる。
ロックオンはひざを折って立ち上がったが、まさかすぐさま逃げ出すわけにもいかず、さぁどうしたもんかね、と顔にかかる髪をかきあげた。手袋の革の感覚が額をなでる。
どうするもなにもロックオンはけして軍や警察に身柄を拘束されてはならない素性だ。もちろん偽のIDや身分証はもっている。それでもユニオン軍とかかわり合いになるなんて絶対に避けるべき事象だ。
(ミス・スメラギとティエリアになんて言われるか、考えたくもねぇな)
引き金を引いたことに後悔など一切もない。あの悪意に満ちた光景を再び目の前に具現化させるぐらいなら、自分の無力を憎み他者の武力を憎み神を運命を世界を呪ったあの時に戻るぐらいなら、同僚からの手厳しい処罰を受ける方が何万倍もマシだ。
そして、なによりも、…ロックオンはまっすぐに足を向けてくるユニオン軍の上級大尉を見据えた。
グラハム・エーカー。彼の蒼天を突き抜ける強い瞳は、簡単にはそらすことを許さない、かわせない、お前を捕えたぞ、ガンダム、強く強くまっすぐな意志がロックオンを、そう、むしろ惹きつける。
(惹きつけられてる。この男に)
ロックオンは自覚した。これは強力な磁石に似た存在だ。あらがいがたい引力を持っている。
「助かった。礼を言おう。グラハム・エーカーだ」
忌憚なく差し出された左手。男を取り押さえたのもこの腕だ。なるほどこちらが利き手か。
「レイン・コーネル。まぐれでもあんたに当たらなくてよかったぜ」
偽IDを悪びれもせず名乗りながら、愛想笑いとともに左手で握手を交わす。ロックオンにとっては利き手をさらさなくて済む安堵さえあった。
腕2本分の距離、真正面から、あいかわらず照射してくるグラハムの目線は強い。ガンダムに差し迫ってくるときの、圧倒的な攻勢のフラッグ、まさにそのままの姿。
「承知のことと思うが、この件に関して聴取を受けてもらわなければならない。正当防衛だが、処理には手続きというものが必要なのだ」
「そのことについてだけど、エーカー上級大尉、ちょっと厄介な事情ってやつでね」
肩をすくめてみせるロックオンに対し、グラハムはわかりやすく視線をロックオンの手元の小型拳銃に向けた。それから再びロックオンの双眸に戻された目線は、あきらかな好奇の笑みをのせている。
「護身用のデリンジャーを隠し持ってるぐらいだ。『ちょっと厄介な事情』もあるだろう。実はAEUの秘密警察だと言われても驚かん」
「察しが良くて助かる。ついでに話のわかるタイプでもあると嬉しいんだけど」
「それはそちらの出方によると言っておこう、レイン・コーネル?」
わざとらしく上がった語尾は、挑戦的な響き。
ロックオンは思わず笑みを浮かべた。戦場で出会った時にはあれほど直情型の動きしか知らぬ様子だというのに、意外と口先の駆け引きが通じる相手らしい。それならば話はできる。
悪い顔してるよ、とアレルヤがいたなら指摘していただろう。誰にでもやさしいと評判のマイスター最年長は、時々毒を含んだ笑みをする。
「条件は?」
「士官の特権を使って、君を面倒な事情聴取から逃がしてやろう。そのかわり、このグラハム・エーカーの『個人的な』事情聴取を受けるならな」
「なるほどねぇ……あんたが女性だったなら、これ以上に魅力的な誘いもねぇんだけど」
「情熱では負けないぞ」
「余計に勘弁願うぜ」
ロックオンは人好きのする笑顔でかわした。グラハム・エーカーの激しい情熱は、戦場で嫌というほど思い知っている。
作品名:パーフェクトストーム 作家名:べいた