未知なる強敵
いつも夜更かしして朝寝坊する俺だけど、今日は違う。
仕掛けた目覚まし時計が鳴る二時間以上前に目が覚めた。
修学旅行当日の朝以上だ。
つまりそれだけ、俺は今日という日を楽しみにしてたってわけだ。うんうん。
で、なんで俺・伊達健太がそんなに今日を楽しみにしてたかっていうと―――
「健太ぁ~! 陣内さんが迎えに来たよ~!」
お、母ちゃんの声だ。
早く行かなきゃ!
俺はリュック片手に自分の部屋を出て階段を駆け下りた。
途中鏡の前で最終チェック。オシ! 大丈夫変じゃない!!
我が家の家業・八百屋の店内に出ると、店先に恭介さんがいつもの格好で立っているのが見えた。
陣内恭介さん。
俺達電磁戦隊メガレンジャーにとって、先輩みたいな、激走戦隊カーレンジャーのレッドレーサー。
俺と一緒のレッドで、俺と違ってリーダー。
初めて会ったのは高校三年、ネジレジアと闘ってる最中だった。
実は俺、この恭介さんに憧れてるんだよな。
だってよ、会社で働きながら闘ってたっていうし(俺達も学業と並行してたけど、それで悩んでたの耕一郎ぐらいで、俺、全然変わんなかったし、成績)俺と違って、あの濃い~メンバーのリーダーやってたし、何より格好いいと思うんだよな。
どこがって聞かれると困るんだけど、それは恭介さんが悪いんじゃなくて、多分俺のボキャブラリーが少ないのが悪いんだよな、うん。
あ~、でも声! 声がいい!!
「ギガブースター!」とか「RVソード!」とか、スゲェ格好いい!
うん、俺、恭介さんの声スッゲェ~好きだ!
「恭介さん、おはようございます!」
「おう、健太おはよう!」
そうそうこの声この声!
いいなぁ~、こういうの美声っつーのかなぁ?
恭介さんの声にちょっとうっとりした俺だけど、ふと、ある筈のない物に気付いた。
店の前をキョロキョロ見回し、首をかしげる。
「恭介さん、今日は歩きなんスか?」
高校卒業後立派な浪人生になってしまった俺は、メガレンジャーとして活動しつつ予備校に通ってるんだけど、その合い間を縫って、恭介さんが働く自動車会社〔ペガサス〕にお邪魔してる。
名目は「恭介さんと一緒にトレーニングする為」。
けど、本当は少し違う。
本当は「恭介さんと一緒にいたいから」。それもできるだけ長く。
ほとんど毎日暇を作ってはお邪魔していたかいもあって、最近では休日にもトレーニングしたり、恭介さん宅へ遊びに行ったりしてる。
けど、今日は少し違う。
今日は、恭介さんと遠出するんだ。
なんでも恭介さんお気に入りの場所に連れてってくれるんだってさ。
まぁそれで、俺は今日メチャクチャ早起きしたんだけど。
したんだけど―――遠出するわりに、店先に恭介さんが乗って来た筈の車がない。
そう言えばエンジン音聞かなかったなぁ。
歩きか、それとも電車かバスで行くのか?
でも、恭介さんカーレンジャーだから当然車でくると思ってたんだけど―――
「ああ、ちょっとここに止めるには派手だから、向こうに止めたんだ」
不思議がる俺に、恭介さんはそう言って東の方を指差した。
高い位置にきてるけど、朝日が眩しい。
眩しくて目を細める俺の肩をぽんっと叩いて、恭介さんは歩き出した。
「行こうぜ、俺の愛車を紹介するよ」
恭介さんの愛車………そういえば、俺、知らないなぁ。
ここに止めるには派手って、一体どんな車なんだ???
大人しくついて行くと、少し離れた所にある空き地に着いた。
草がチョロチョロ生えている空き地の真ん中に、その車は止まっていた。
スポーツカータイプのオープンカー。
左ハンドルで、車体の色はさすが恭介さんの愛車って感じで真っ赤。
う~ん、確かにこれは、ただの八百屋のウチの前じゃ派手すぎて目立つだろ~な~。
おまけになんか発射しそうな物までついてるし。
(もう派手とか言う問題じゃないんじぇねぇ?)
ん? でもこれって……
「はい、乗って乗って~」
「恭介さん、これってカーレンジャーの車じゃないんスか?」
普通に乗っちゃダメなんじゃないの?―――と思って車から視線を移すと、恭介さんは左手を顎に当てて、う~ん、と唸っていた。
車体に付いているカーレンジャーのマークを指差して、
「コレついてるけど、こいつ、カーレンジャーの車ってわけじゃないんだ」
「そうなんスか?」
「ああ、クルマジックパワーで動いてないし」
「へ~」
「コレついてるのは、なんつーか、一緒に闘う仲間って
こいつ自身が決めてくれたってことの証明…かな?」
「へ~」
相槌を打ちながら助手席へ回り込む途中、俺の脳裏に、ふと疑問がよぎった。
「恭介さん」
「なんだ?」
「さっきから気になってんスけど―――“こいつ”って?」
まるで生きている人間のような言い方。
それだけ愛着もってる証拠なのかもしれないけど、どーにも引っかかる。
そして俺の直感は正しかった。
ニッコリ笑って、恭介さんは車体を撫でた。
「ああ、こいつ―――ペガサスサンダーって言うんだけど、野生の車でさ、ちゃんと意思もって生きてんだ」
「野生の車?!」
宇宙にはそんばモノまであるのか?!
驚く俺をよそに、恭介さんは野生の車=ペガサスサンダーの説明を続けた。
「名前俺が付けたんだ、結構格好いいだろ?
直樹と仲の良いドラゴンクルーザーと二台で宇宙中を荒らしまわってんだって。
今は俺と心が通じあって大分大人しくなったけど、それでも俺以外のヤツが運転するのはちょっと無理みたいだなぁ。
お陰で車泥棒の心配だけはないけど」
「え? カーレンジャーでもダメなんスか?」
「あー、直樹はまだ大丈夫だったな、確か。
ドラゴンクルーザーと仲が良いからコイツもまだ心許せるんだと思う。
菜摘はコイツ等の主治医みたいなもんだから、まだ素直。
洋子はもとから運転しようとしないし、実は―――」
恭介さんが不自然に口を閉ざしたので、俺は首をかしげた。
何かマズイことでもあったのか?
「実さんは?」
俺が先を促すと、恭介さんは眉間に皺を寄せて口を開いた。
唇の端が上がっている。
「実はなぁ―――アイツは酷かった」
「酷い?」
「ああ、初挑戦時の俺以上! 空から振り落とされたんだぜ、実のヤツ!」
「ええッ?!」
それは確かに酷い―――というか、スゴイ。
どんくらいの高さから落とされたのか知らないけど、それでよく無事だったなぁ。
「実には一番キツイんだ、ペガサスサンダー。俺が運転する時でも乗っけようとしないし」
「…え? あの、俺大丈夫なんスか…?」
思わず心配になってきた俺の問いに、恭介さんは軽く手を振って答えた。
「大丈夫大丈夫。俺が先に乗っちゃえば酷い暴走しないから」
それは安心しても良いのか???