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Knockin' on heaven's door

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ただいま。
 ……あれ、君、もう戻ってたのかい。早かったね。おまえが遅いんだって? まったく、君はほんとに口うるさいなあ。俺を見たら小言を言わなくちゃいけないって、そういうスイッチでも入ってるのかい? それ、たまにはオフにしてみればいいのに。そんなにいっつも怒っていて、君の感情配分には、angry(怒り)のほかに何があるのかって心配になるよ。――何? 発音がなってないって? もう、ほっといてくれないか。元は君に教わった言葉だって、今じゃ俺の言葉でもあるんだから。
 まあでも、今日はちょっと寄り道をしてたんだ。だから少し遅くなったかもね。……違うよ、悪いことなんか、何もしてないったら。心外だな、大体俺は、仕事はいっつもまじめにこなしてるんだぞ。当然だろ、ヒーローはサボりなんてしないものさ。今日だって、きちんと皆を天国まで案内してあげたんだ。
 いろんなヒトたちがいたよ……来ると思ってた、って静かに微笑んで俺を迎えるヒトも、取り乱して必死に俺を見ないふりをするヒトも。でもさ、皆いい子だったよ。俺ちゃんとつれてってあげたよ、天国の門の前までね。ああ、なんだかとっても怖がってる子もいたんだ。大丈夫、ハンバーガーをあげたんだぞ。きっと、すぐに元気になったはずさ。だけど、ちゃんと食べられたかな? あの子、列車の事故で、顔が半分吹っ飛んじゃってたんだ。

 で、仕事があらかた終わって、一息ついてた時のことだよ。そう、寄り道した時の話。
 ……ていうか、思うんだけど、君がこんな郊外のアパートを借りるのが悪いんじゃないかい。帰ってくるまでが長いから、つい途中で他のことに目移りしちゃうんだ。天の国は広いんだからさ、通勤時間は出来るだけショートカットして、一日を有効に使うべきだって思わないかい? どうして君はこう、古ぼけたものばっかり好きなのかな。趣がある? ふうん。なんだかこの花柄のランチマットとか、おばあちゃんのお古みたいに見えるけどな……、え? …これ、君のお手製の刺繍なのかい? ……ああもう、その、別に悪いとは言ってないんだぞ。それにしても、君って結構少女趣味っていうか……何も言ってないよ。涙目になることないだろ。だから、べつに嫌いじゃないって言ってるじゃないか。ほら、これでいいだろ?

 ……とにかく、今日はとてもいい天気で、俺は凄く気分が良かったんだ。仕事も早めに終わったしね。その辺をぶらついてから帰ろうかななんて思って、アパートの屋上に、ちょっと座って休んでた。せいぜい四階建てってところの、こじんまりしたアパートだったな。そしたらだよ。唐突に、窓硝子の割れる音が聞こえてきてさ。すっごい音だったよ。ちょうど、俺のいたアパートのニ階からだった。
 その部屋はすぐに見つかった。窓際に、ぼろぼろになったレースのカーテンがかかってた。元はきっと綺麗だったんだろうね、君が選びそうな、古めかしい柄の奴さ。今はもう随分と薄汚れてたけど、誰かが何度もくりかえし修繕したあとがあった。俺は少し気をひかれて、窓の中を覗きこんだんだ。

 小さな部屋だった。家具はみんな古ぼけてて、何処かから拾ってきたんだろう、錆が浮いたり、変に形が歪んでたりした。シンクには汚れた食器が溜まってたし、片付けられないごみや服も散らばっていて、荒れてるなあ、って思ったよ。だけど、つぎはぎだらけのテーブルクロスには、よく見ると小さなイニシャルの刺繍が入っていたし、塗装の剥げたキャビネットには、何度も釘を打ち直して、補強した跡があった。なんていうのかな、生活をしてる、って気配がちゃんとあったんだ。ちょっと不器用だけど、助け合って暮らしてる若い家族、そんな感じ。
 中には人間がふたりいた。両方男で、小さいのと、それよりちょっとだけ大きいの。兄弟だろうな、って一目見て思うくらいにはよく似てた。小さいほうは扉の傍に立っていて、今にもコートをひっ掴んで、出て行っちゃいそうな雰囲気だった。なんで窓硝子が割れたのか、覗いてみてわかったよ。出て行こうとしたほうに激昂して、もうひとりが、目覚まし時計を投げつけたんだな。咄嗟に手が動いちゃったっていうのか、投げた本人がいちばん呆然としてる感じだった。彼のほうが兄のはずだけど、一瞬、まるで子供みたいに見えた。ショックを受けてる、小さな男の子みたいに。肩のあたりなんかすごく痩せてて、着てるシャツが大きめに見えるくらいだった。それが怒りに強張って、震えてた。自分でも気づいてないってくらい、細かく。

 よく見たら、床には酒瓶がごろごろ転がってたし、その兄貴はくたびれた様子で、靴も履いてなくって、もう見るからにぼろぼろだった。不精髭も生えっぱなしで。それさえなければ、もうちょっとましな見た目だったろうに。彼大きな、緑いろの目をしててね。童顔だったけど、顔立ちは悪くなかったのに。ドアノブに手をかけて彼を睨んでる、弟のほうは青い目をしてた。髪の色はよく似てて、ふたりとも短い金髪だった。飲んだくれの兄と喧嘩した挙句、弟がとうとう切れて飛び出そうとしてる、って雰囲気だったかな。
 ふたりとも、見た感じまだ若かった。十代なのは間違いないよ。兄のほうだって、まず成人はしてなかったろうと思う。まあだけど、よくある話だよね。俺はなんだか興味が失せてしまって、さっさと帰ろうかな、って思い始めてた。だってそうだろう? ちょっと治安のよくない界隈だったし、こんなの、いくらでも見かける光景じゃないか。だけどその時、うっかり羽根が窓に触っちゃって、俺はちょっと、バランスを崩したんだ。
 ちょっと、今「この馬鹿」って顔したろ。別にどじを踏んだってわけじゃないよ。俺の羽根ときたらヒーローにふさわしく、すっごくクールで大きいもんだから、たまにはそんな事故もあるのさ。クールだったら、羽根くらいきちんとコントロールしろって? もう、うるさいなあ。俺のことだよ、君には関係ないだろ。
 ……なんでそこで落ち込むんだい。まったく……話続けていい?

 とにかく、俺が慌てて窓に手をついた途端のことさ。兄のほうがぱっと顔を上げて、俺を睨みつけた。ほんとのこと言うとね、俺ちょっとだけぞくっとしたよ。飲んだくれのクズのはずがさ、別人みたいに鋭い眼だった。そしてすぐさま、ベッド脇にあった銃を拾い上げた。びっくりするほど素早かった。まるで、恐ろしく手馴れてるみたいに。そして俺に言ったんだ、確かに、この俺にさ。迎えを待ってる人間でもない限り、天使の姿なんて、見えるはずないのに。
 彼は叫んだ。誰だてめえ! 吠えるような声だった。狂犬みたいな。だけどその底に、猜疑に満ちた狡猾さが覗いていた。力のない奴が、殴られ続けた奴が、必死になって研いだ牙みたいに。そいつは続けてこう言った。ちょっとろれつは回ってなかったけど、それが気にならないくらい、殺気に満ちた声だった。俺の弟に手を出す気か。出させねえぞ、出したら殺す、殺してやるぞ、この悪魔め!
作品名:Knockin' on heaven's door 作家名:リカ