Knockin' on heaven's door
彼はもしかしたら、少し敏感な性質だったのかもね。そういう人間、たまにいるだろ。または、アルコールかドラッグでもキメてたのかなあ。彼本当は、俺のことがちゃんと見えていたわけじゃなかったと思う。俺に向かって銃を構えてはいたけど、俺の向こうに、別の何かが見えてるみたいに喋るんだ。だって焦点が合ってなかった。銃を握った手がずっと震えてて、まるで高熱に冒されたみたいに、汗びっしょりだった。
どうして、彼はあんなに必死だったんだろう。今まさに、彼を置いて出て行こうとしてた、弟を守ろうとして?
ちなみに弟のほうは、俺にはまったく気づいてなかった。彼はぽかんとして、何してるんだい、って叫んだ。兄貴の様子、ちょっと尋常じゃなかったからね。彼は駆け寄って、兄の銃を持った腕に縋りついた。どうしたのさ、しっかりしてくれよ、こっちを見て、××××! ――名前は聞こえなかったな。泣きそうな高い声だったから。
兄はぎこちなく動きを止めて、弟の顔を見た。そして震えながら、弟をじぃっと見つめて、うわごとのようにぶつぶつ言った。よく聞こえなかったけど、こう言ったのだけは、はっきり聞こえた。「どうしよう、悪魔がいる」
なあ、俺は誰だってぶっ殺せるんだ。おまえのために。俺のために。俺はこんな、どうしようもない馬鹿でちっぽけな、ごみ溜めのクズだけど、俺はおまえの兄貴なんだから。彼は片手で顔を覆い、そしてこうも言った。ああ、だけど。おまえに本当にひどいことをするのは、いつか、必ずそうするのは、もしかしたら、この俺かもしれない。
俺は本当に、家族を守りたいと思ってた。初めて出来た、小さな弟を。でも悪魔は、俺のほうだったんだろうか? あの糞親父のところから、おまえを連れて逃げたのは、間違ってたんだろうか? あいつが俺とおまえを殴るより、ふたりだけのほうがまだましだと思ったのに、悪魔が追いかけてきちまった。いや、そいつは俺なんだ。親父と同じ。だから、ああ、アル××××――
なんて呼んだのかは、わからなかった。
そして、のろのろと腕があがって、彼は自分のこめかみに銃口を当てた。
*
それで?
弟が銃を叩き落として、抱き合ってハッピー・エンド。文句なしの完全無欠だよ、決まってるだろ?
……信じてない、って顔だね。君ときたら、ほんとにネガティヴな感情の表現だけは上手いんだから。
ああ、その通り。実は俺は、この後のことを知らないんだ。その時、ちょうど天使長からの緊急の呼び出しがあってさ、そっちに急行しなきゃいけなかったもんでね。
怒らないでくれよ、俺だって不本意だったんだ。だけど俺が飛び去る時も銃声は聞こえなかったし、他の天使たちの仕事リストが増えたりもしてなかったと思う。
だから、きっとあの弟が止めたんだよ。兄貴に縋りついて、その腕を下ろさせたんだ。兄貴は我に返って、弟を抱きしめる。それで、父親の暴力から逃げてきた、ふたりっきりの兄弟は、心を入れ替えて、また仲良く暮らしたのさ。めでたし、めでたし。これでどう?
変な顔をしているね。つまらない話だったかい? そうかもしれないな。どうして、こんな話したんだろう。
ただね、俺、ちょっとだけ思ったんだよ。最後に兄貴が呼びかけた名前は、もしかして、「アルフレッド」だったんじゃないかって。
ひょっとして、ひょっとしてだけどさ。アーサー、俺たちは生きてた頃、彼らみたいな兄弟だったんじゃないかい?
ただそう思ったんだ。なんとなくさ。あぁ、こんな話、気に入らない?
そうだね、生きていた頃のことなんて、思い出しても仕方のないことだよね。俺たちはもう、天の御使いなんだから。
たとえ人間だった俺たちが、どんな死に方をしたとしても。神はすべて受け入れてくださる。どんなに悲惨な生き方をして、愚かしく死んだとしても。たとえばあの兄弟みたいに、愛がすれ違ったまま、銃を……。
いいや、そんなこと、そんな酷いこと、起こったはずがないよ。そうだろう?
ねえ、紅茶を淹れてくれないか。いや、スコーンはいらないよ。だけど……、なんだか、君の淹れた紅茶が飲みたい気分なんだ。頼まれてくれるかい、マイブラザー。
作品名:Knockin' on heaven's door 作家名:リカ