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ながさせつや
ながさせつや
novelistID. 1944
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どうかかごから出さないで

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「もっと束縛されたい」
 問われれば、間髪入れずに答えられる。束縛されたい。手を、離さないで欲しい。目を、そらさないで欲しい。それからできるなら―――。
「……どんな風に?」
「許さないで欲しい、とか、繋いで欲しい、とか」
 そう、許さないで欲しい。許さないでいて欲しい、信じられないなら縛ればいい、見張ればいい、オレを全て取り上げて、どこかへさらってくれたって構わない。
「何を許さナッシング?」
「浮気とか?」
「したの?」
「ねぇよ」
「じゃあそれはノープロブレム、ってことじゃ、ないのかい?」
「そうじゃなくって、もししたら、許さないとか、言って欲しいの、オレは」
 難しいなって顔をして、男が困ったそぶりをしたのが分かる。この男にとってオレはいつか手放してもいい存在なのだ、と、気付いたのはいつだったのか。オレはいつまでも彼女のものだとでも思っているみたいに、オレの心なんてまるで信じてないみたいに。
「オレはさぁ、お前が浮気とかしたら、きっとすっごい怒るよ」
「ミーが?」
「そう、お前が、例えば彼女が、お前に恋したらさ、きっと世界は彼女に味方するから」
 このLAGの施設内で、一番可能性のある女。
 世界を天秤にかける女神の望みは、世界の何より優先される。
 誰もが彼女に恋をする。
 オレも一度はその恋に魅了されて惑わされた、それでも彼女はオレを選ばなかった。世界は彼女に味方する。オレは彼女に必要がないから、あの恋心も淡く瓦解したんだろうと推察している。あんなに彼女だけだった世界が、いつしか目の前にいるこの男の色に塗り替えられていた。まるで、脱皮するみたいに。
 ファム・ファタール―――運命の女神たる彼女―――と、オム・ファタール―――真実の運命たる男―――に、オレは何もかも持って行かれるのだろう。それが、運命だからだ。
 しかしどうだろう、彼女がもしもこの男を選ぶのだとしたら、その運命の条理さえ覆される。
「オレはきっと、世界を捨ててもいいって、思うんだ。お前を許さないで、彼女も許せないで、お前が彼女がいいって言っても、それに頷かねぇよ?」
「ミーを、束縛したい?」
「違う、もう、お前はオレのってこと」
「オフコースもちろん、それは、正しいアンサーだね」
「で、もう、オレもお前のってこと」
 それを知れ、思い知れ、お前を手放してやるつもりはなくて、だから、お前に手放されるつもりだってないことを、もっと、思い知れ。
「ヒジリは、ミーのこと、好きなのかい?」
「好き」
 ベッドに、押し倒すようにキスをした。大きく動いたから、ベッドがぎしりと啼く。男の、音を紡ぐてのひらに、自分のてのひらを絡めて、囁く。全部、全部好きだと。
「お前がオレのこと、彼女に恋しておっかけてきたバカな男だって見てたのも知ってるし、お前はいつオレを手放してもいいって、思ってることも気付いてるし、お前がオレを甘やかしても、オレに甘やかさせてくれないのも、全部、分かってんだよ、でもそれが、もう間違ってるって、知れよ、気付けよ」
 それで、受け入れて欲しいって、お前だけの、オレになりたいって、分かれよ。
「オレが浮気したら叱って、オレが彼女に傾きそうだったら連れ戻して、オレが離れようとしたらオレをもっと引き留めて欲しい。なぁ、お前がそうなったら、オレがそうするから、だから今言ったみたいに、束縛して欲しい」
 祈るようにキスをする。唇は許されているのに、どうして心まで縛れない。
「なあ、お前はオレのこと、好き?」
「好きだよ、ベリー、とても、ヒジリを、好きだよ」
 甘やかすように囁く声、絡めたてのひらが熱いのが分かる。視線を剥がさないで、男はまっすぐオレを見る。この視線に射抜かれて、恋を知った。男の心はオレが捉えているはずなのに、男はそれをあけ渡さない。
「もしかしてさ、オレがお前を好きって言ったら、迷惑だったりする?」
「ノットセイイング、言わない、嬉しいよ、ヒジリ」
「なら、言って、今すぐじゃなくたって、いいし、お前のこともっとオレも甘やかしたいよ、好きだから、ちゃんと」
 甘やかされることは気持ちのいいことで、それをこの男にも返したい。同じように、感じて欲しい、好きだ、わがままを、言われたい。束縛されたい。
「むしろもう隷属したっていいくらい、好き」
 どうしようもない熱量が、唇から伝わればいい。キスを重ねて、男を見下ろす。唇を舐めて、啄むように舌先を甘噛みすると、しろい喉が震えるのが分かった。男はてのひらを解かない。密着した身体と身体の、触れたところに熱がたまっていく。濡れた唇の、その奥、やわらかい場所に安堵する。
「……んで、くれる?」
「え?」
 瞳にはオレしか存在しない。男の、声が熱っぽく耳に反響する。なに? もういっかい。甘ったれたように聞き返すと、男はひどくはかない声で紡いだ。
「呼んで、名前、で、ヒジリの、その声で」
 てのひらが、ひときわの力で握りしめられて、熱くて、少し痛い。恋の痛みが、身体の痛みに繋がったように思えて、震えるように声にした。カズキ、カズキだけ。
「Call me、呼んで、もっと」
「カズキ、なあ、好きだよって、信じてて欲しい、カズキ……って、でも、名前だけで、いいのかよ」
 もっと言っていい、わがままも、何もかも、全部、オレにぶつけてくれていい。
「いい、要らない、ミーの持ってるものは、ミーの身体と、声と、名前と、それからヒジリだけ、それでいいよ……」
 それしか要らない、孕んだ言葉の意味に、見つめた瞳の奥を眺める。オレはひどく情けない顔をしていて、でも、所有されたことがうれしくて、また名を呼んだ。カズキ、カズキ、カズキ。三文字の、その音の響きに呪われたみたいに、歌うように名を呼んだ。
「オレのこと、諦めんなよ、捨てるなよ、カズキ……」
「―――ヒジリがそれを、望むなら」
 お前の瞳の中のオレは、それしか望んでないって顔を、してるのに。
「カズキ、おまえ、ばかだな」

 愛したい、愛されたい、世界でただ一人だと捧げたい、世界でただ一人にして欲しい、特別扱いしたい、特別扱いされたい、一緒にいたい、ずっと、もっと、触れていたい、触れられていたい、抱きしめたい、抱きしめられたその力強さで窒息して、息ができなくなっても構わないから。

「それが叶うなら、分かってくれるなら、何度だって呼ぶよ、カズキ、お前の名前だけ、何度だって、真実になるまで」