酸素
「やあオリマー、これからディナーなら一緒しないか?」
爽やかに思わせておいて、かなり暑苦しい笑顔を浮かべた男と目を合わせないようにわたしは歩いた。こういう人に会った場合は視界にいれないのが一番良い。そうすれば、例えテンテンチャッピーでもイモガエルでも、わたしたちのことを簡単に見失ってくれるからだ。
しかしこの作戦は通じない者が結構いる。例えばクイーンチャッピーだとか、アメボウズとか……いや、思い出すのは止めておこう。名前を出しただけで夢に出てきそうだ。
とにかくその暑苦しい彼も、奴らと同じように『見ない』は通じなかった。わたしの横に張り付いて歩みを共にしてくる。以前走って逃げてみたこともあったが、あっさりと追いつかれて持ち上げられてしまった。体格差はもとより、彼は随分足が速いらしい。つまり、足に自信のないわたしは一度見つかってしまえば逃げれないということだ。なんと迷惑なことだろう。
「悪いがわたしは初号機で食べることにしているのだ、他の人と食べてくれないか」
このままついてこられても困るからそう言うと、彼、ファルコンは大げさに顔をしかめてみせる。何故この世界の人は一々言動が大きいのだろう。
このたびフィギュアの世界に新たに作られたわたしが、未だ皆と馴染んでいないのを気にしてくれているというのはわかる。勿論新参はわたしだけではないが、皆適応能力が高いようで、既に旧友のように親しげだ。その中に入るのに気おくれしてしまっていた結果、このように浮いてしまったのだ。ファルコンは意外とまめな人だから、そこが気になるのだろう。
「いつも食堂で見かけないと思っていたが、まさかいつも宇宙船で食べていたのか?一人で?」
そんなニュアンスが、最後の言葉に含まれていた。
「そうだが、何か問題でも?」
「ここの料理は中々美味いのにか?まさかカップ麺なんか食べてるんじゃないだろうな」
「初号機に食事を持って行っているのだ。美味いのは知っているが」
「呆れた!何でわざわざ」
「……宇宙服を脱いだら死んでしまう」
呆れるのはこっちだ。彼はわたしがおしゃれでこんな動きにくい装備を着ているとでも思っていたのだろうか。ドルフィン初号機が離れられないほど好きで好きでたまらないから、スマッシュブラザーズの一員としてあてがわれた部屋ではなく、あの口やかましい初号機で寝泊まりしているとでも思っているのだろうか。
なんとも当たり前のことを言ったつもりだったのだが、彼は拍子抜けしたような表情だった。
「それは……どうにもならないのか?不便じゃないか」
「わたしにとって、ホコタテ星人にとって酸素は毒なんだ。こんなに大気中に溢れているのに、メットを脱ぐなんて考えられない」
「それなら、オレがなんとかしてやろうじゃないか」
「は?」
「マスターハンドに頼んでみよう。彼ならなんとかしてくれるはずだ」
そう言うと彼は走って消えて行きそうに……なった。
そんなことをされては困る。慌てて彼の後を追おうとしたが、わたしの足では追いつかない。仕方なくピクミンを投げつけたら、思わぬ衝撃にファルコンは転倒した。そして起き上がり際にわたしを睨みつける。
「何故攻撃した」
「その……実は、死なないんだ。なんとかしなくても良い」
わたしがそう言うと、ファルコンは何をくだらない冗談を言ってくれたんだ。と不快そうに顔を顰める。
「……死ぬというのは嘘だったのか?」
「いや、ホコタテ星人にとって酸素が毒なのは本当なのだが、フィギュアになった今、酸素を吸っても問題なくなっている。らしい」
「らしいとは?」
「急に大丈夫だと言われても、信じれないだろう……。空気を分析したが、やはりどう見てもホコタテ星人にとっては致死量が含まれているのだから」
フィギュアだから大丈夫。他の人たちと変わりない身体になっている。だがそう言われて信じれるほど、わたしはフィギュアに慣れていない。記憶だってあの世界のそのままで、マスターハンドという者が何者で、何故そんなことを出来るのかも知らない。なのに、酸素が多量に含まれている空気の中で、簡単に宇宙服を脱ぐことが出来るわけないではないか。