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平和島さんちの帝人くん

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「こんばんは、遅い時間にいつもごめんね」
にこり、と優しい顔のつくりをした男の人が
薄暗い玄関から控えめに僕に声をかける。

今日で、5回目。
今月に入ってからこの男の人が家に来た回数。
ぎこちない笑みを浮かべて僕も愛想を返す。
「いいえ、母さんも待ってます。上がって、ください」

精一杯口の端を引き上げて、
弓なりに歪めた瞳からはもう少しで涙が零れてしまいそうだ。
丁寧に靴を揃えている彼の背中から目を逸らして
キッチンにいた母に「まだお腹すいてないから先に食べてて」と声を放り投げて
洗面所に逃げ込む。待つこと数秒、あの人がリビングに使っている部屋に入った音を確認する。
二つ、三つの会話の後、座る音が聞こえた。
…それから僕は何気ない風を装って「コンビニに行ってくるね、すぐ戻るから」
と玄関へ向かう。
「もう、遅い時間に出歩くのは止しなさい」
なんて普通以上に家族らしい会話を横切って視線だけは外から離さない。
綺麗に磨かれたあの人の革靴と、見慣れた母のパンプスが二つ並んでいる、
そんなどうでもいい光景がどうしようもないプレッシャーを
僕に投げつけてくる。
少し離れたところにある僕のスニーカーがまるで隠れるように隅に追いやられている様は
滑稽を通り越して感慨じみた衝動を齎した。

僕の存在ごと消してしまうように、静かにドアを閉める。
それでもアパートのドアは音を殺してはくれなくて、
がしゃん、と何かを壊すかのような音を立てて閉じられた。
ずる、とドアに背をつけてそのままゆっくりしゃがみこむ。
あの男の人と、母はもうすぐ再婚するのだろう。
何度となくこのアパートに足を運ぶ彼の姿は、
少し冴えないけれど、誠実な空気を纏って、穏やかな口を持っている。
決して嫌な人ではないことはわかっている。
僕にも優しいし、僕の前では必要以上に母に近づいたりしない。
ただ優しいだけじゃなくて、きちんと弁えるところも知っている。


それでも、僕は彼が家族に仲間入りするのが嫌だった。
彼が嫌いなわけではない。
でも、自分のプライベートな空間に他人が新たに加わるというのが
耐えようがなく、嫌なことだった。
頭の中ではきちんとわかっている。
母親と再婚した男の人が、新しくこのアパートに住むのか、
彼の家に僕たちが引っ越すことになるのかはわからない。
でも、家族になるっていうのはそういうことなんだ。
ちゃんとわかってる。
ちゃんとわかってる。


けれど、どちらを選んでもこれまであった僕の居場所はきっと消失する。
消えなくてもそれはところどころ欠け落ちたり、塗りつぶされたりする。
それが生理的な部分をたまらなく刺激して、
肋骨に囲まれた内臓が全部ぐるぐるとかき回されるようでそのたび僕は泣きそうになる。