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平和島さんちの帝人くん

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錆びた階段を下りて駐輪所の柵に腰かけた。
見上げた空はわずかに地平線に赤みを残しているだけで、
満天の星がきらめいていた。
星にはあまり興味がないけれど、ぱんぱんに膨れて破裂寸前の水風船みたいだった
気持ちが随分と落ち着いてくる。

深い溜息を吐きだすと、交差点にぶつかる狭い路地の先に誰かがいるのが見えた。
道の真ん中で、まっすぐ直立して動かない。
日が暮れる、赤と青の沈んだ空を背景にしているので真っ黒く影になっていた。
一瞬不審者かな、という考えが脳裏をよぎってすぐに消えた。
だってあの人影はどう見ても自分と同い年くらいの小さなものだったから。

そろりと視線を向けるとその人影は殊更よく見えた。
そして次の瞬間には強く後悔する。ぎし、と背筋が凍った。


――その人影は、まっすぐ自分を見ていた。


首の後ろがざわりと鳥肌を立てて肩がぶるりと震える。
震えは、だが肩甲骨に、肘に降りることなく消失していく。
目を逸らさなければいけないのに緊張に首と腰が固まってしまって動かせない。
さらに恐怖を煽ることにはその人物は目を凝らせば凝らすほどぼやけていくのだ。

何より、その子どもには顔がなかった。
表情が、という意味ではない。
頭部はしっかり存在している。
人間の顔を構成するありとあらゆるパーツがないだけだ。
だというのに、自分にはそれが「笑っている」ことだけははっきりとわかってしまった。

それが愉悦なのか嘲笑なのか歓喜なのかはわからない。
それは口があれば耳まで裂けるように確かに笑っていた。
風に乗って笑い声が聞こえる。
くすくす、うふふふ、くすくすくす。
それはいくつもの声だった。ひそひそと何かをささやく声も混じる。
だが周りには誰もいない。
自分とあの影しかいない。

目を、目を逸らさなければ。本能が警鐘をがんがんとあげる。
瞬きさえできないために涙が厚く膜を張り、それでも零れ落ちはしない。
首の後ろがざわざわとする。
うふふふふ、ふふ。
風に乗って聞こえてくるはずの笑い声はすぐ耳元で聞こえる。
そう、ちょうどヘッドフォンで聞いているように。

人影の顔の真ん中より少し下、唇がある部分がぽつりと穴が開いた。
それはジッパーを開けるように左右に引き攣れ裂けていく。そう、耳までだ。
眼なんてないのに影は僕を見つめて逸らさない。
密かに笑っている。
幽かに笑っている。


決してこちらに近づいてこないのに、先ほどから一歩たりとも足は動いていないのに。
やがて綺麗なプラスチックの断面に似た口がかぱりと開いていった。
舌が、異様に長い舌がゆっくり出てくる。
それは細く白かった。
それは舌でなく、指のように見えた。

子どもの顔からゆっくりと手が、腕が伸びてくる。
どく、どく、どく、と鼓動に合わせて何度も背中が粟立つ。
それはまっすぐに自分に伸ばされていく。
近づいてくる、そう近づいて、あれが僕のところへ来たらどうなるのだろう?

白い手がゆっくりと眼前に迫り、
生温い静寂は場違いなほど明るい着信音にかき消された。
ポケットに入れたままだった携帯電話が着信を告げている。

あ、と意識がそちらに向かう。
ごく自然に右手は動いてそれを取り出した。
ぱちりと液晶を開くと、
「受信メール1件」
の簡素な表示があるだけだった。

少しためらってから視線を上げると、そこには顔のない子どもも
白い腕も何もなかった。



メールをそっと開くと、久しぶり、というありきたりな文章から
始まる長い長い言葉が続いている。
送信者は登録なし。アドレスにも心当たりは全くない。
けれど紡がれるメールの内容からすぐにわかった。

「……そっか、この携帯買ってくれたのって、父さんなんだ…」


自分の家庭が一般的に言うところの母子家庭であることは
物ごころついたときからわかっていたが、
父親という存在がいない、ということと
自分にもどこかに父親がいる、という図式が一致するまで
しばらく時間を要した。
何故かといえば、母親が極端に父親の存在を語らなかったうえに、
父親との接触はおろか、その存在をかけらも匂わせなかったからだ。
父に会ったことはない。
写真も一枚さえ残ってはいない。
きれいさっぱりと父は無いものにされていた。


メールの内容は、他愛ないことばかり。

けれど、一番最後に刻まれた「会いたい」の言葉に
思わず了承の返事を出してしまった僕はとても、とても、
自分で思っていたよりも疲れていたのかもしれない。