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平和島さんちの帝人くん

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いつも通りの食卓だった。
強いて違いを挙げるとするならば父親の帰宅がやや早かった、そんなものだろう。
父さん何だか早いね、と幽がやや嬉しそうだったことを覚えている。

「なあ、二人とも、みー…帝人のこと覚えてるか」
いつも通りの食卓。いつも通りの面子。
いつも通りの会話、の中に珍しい響きが混入した。
普段の柔和な雰囲気を少しだけ硬質なものに変えて
必死で何気なさを装って父親が問題発言を投下した。
ちなみに問題発言というのは彼自身のみの主観であって
息子二人には全く関係のない話だったが。
「帝人がどうかしたの?」
幽がごく普通に受け答えをしたのが、逆に何だか父親をほっとさせたのかもしれない。
あからさまに肩を弛緩させて会話を続けようとする。

みかど、みかど…と記憶の中をがさがさ漁ると
確かにその名前に聞き覚えはあった。俺のもう一人の弟の名前だ。
だがあいつがおふくろと一緒に出て行ったのはもうずっと前のことで、
俺が小学生であいつが赤ん坊のときだったと思う。
赤ん坊の顔の区別なんてつかないので成長したあいつを見ても
誰だとしか思えない自信が無駄にある。
だが向こうも同じことだろう、むしろあいつは
自分が一人っ子と思って生きているのかもしれない。
ミートボールをフォークで追いかけながら
漠然と回想を続ける自分の横で父と弟の会話は進んでいく。

「いや、そのな、ちょっとあっちで色々あって
居辛いらしくて、週末こっちに来てもいいかと言われたんだ。
父さんは賛成だけどお前たちはどうだろうと思って」
「え、帝人こっちに来るの?」
「うん、そうなんだ」
「ふーん、俺はいいよ。兄貴は?」
つらつらと考え事をしていた横から唐突に引き戻される。
「へ?」
面喰らって一瞬沈黙が生まれたのをどう思ったのかは知らないが
やけに必死な形相で父がまくしたて始める。
どうしよう、ビールなんて飲んでないのに饒舌すぎやしないか。

「いや、しーちゃんも生まれてすぐいなくなっちゃった弟なんて
兄弟と思えないのもわかるんだ。わかるんだけど
父さんはすごくみーくんに会いたいんだよ!
こっちから会いに行きたかったんだけど母さんが完全拒否してて
梨のつぶてだったんだよ!頼むよ父さんを助けると思って!」
落ち着け親父、俺は一言もイヤだなんて言ってない。
というか普段大人しい印象が強い父親がこんなに
まくしたてて話すのを俺は初めて見た。
「いや、俺は別に…」
「そうかありがとう!」


兄弟そろって了承の言葉を得た父は
気持ち悪いほど相好を崩して息子二人を褒め殺している。
弟が何故この空気の中普通に食事できるのかわからない。
なぜって、俺の食欲は根こそぎ奪われたからだ。
ミートボール、好きだったんだけどな。


みかど。あいつの顔を少しでも思い出そうと努力してみたものの、
結局眠る間際でさえ輪郭のひとつも浮かべることはできなかった。
あいつの写真は離婚のときに全てお袋が持って行ってしまったので、
確かめようもない。

そもそもどうして二人が離婚したのかはわからない。
すぐキレて喧嘩ばかりして親に迷惑ばかりかけていた俺のせいかもしれない、と
その当時はひどく落ち込んだものだが、
親父もお袋も俺のせいではない、ときっぱり言ってくれた。
その言葉をもらったから俺は別れた理由を聞くことはしなかった。
幽も聞いていないらしい。
弟に言わせれば俺が酒を飲めるようになれば
酒の席で嫌でも語られるようになるんじゃないかな、だそうだ。







弟がやってくるのは土曜日の昼らしい。
親父は自分が迎えにいくと張り切っていたが
仕事のトラブルが発生し、休日出勤を余儀なくされたことに
きのこが生えそうなぐらい落ち込んでいた。
「じゃあ、俺が迎えに行くよ。池袋駅まで行けばいいの?」
どん底に落ち込んでいる父の背中を慰めるように叩いて
末弟の迎えに立候補したのは幽だった。
確かに金髪でガラの悪そうな高校生が迎えに行っても
怖がらせるだけだろう。
「悪いなゆうくん」
「ううん、暇だしいいよ」
無理をしているようにも見えなかったので、
幽は案外弟に会えるのを楽しみにしているのかもしれない。
そういえばもっと小さいころに「弟がほしい」と
言っていたような気がする。
そうだ、と幽は親父に向かって質問をした。
「帝人はどこから来るの?都内?」
「いや、母さんの実家がある埼玉からだと思うよ」
「わかった。あと帝人の連絡先ってわかる?
待ち合わせ場所とか決めてあるの?」
「ああ、細かい場所は決めてないんだ。池袋駅の東口というだけで。
連絡先ならこの間携帯を贈ったから、…ええとこれ」
自分の携帯を取り出してそのまま幽のものと赤外線通信をしている。
親父は自分の携帯も貸して、と言い帝人のものだろう番号を登録した。
しかし、すごい漢字だな。
皇帝の人、で帝人か。
「あと、帝人っていくつになる?」
「今年小学3年生になったよ」
「会ったこと、ないの?写真は?」
「はは、残念ながら一度も会わせてもらえていないんだよゆうくん。
写メもお願いしようと思ってて言い出せてないんだ。
…みーくんに会ったら、お兄ちゃん面なんてしなくていいから
優しくしてあげてくれないか。何回かメールでやりとりしただけだけど
相当参ってるみたいなんだ」

それは最初にも聞いた。
末の弟はおふくろと二人暮らしで生活をしているらしいが、
一体何があったというんだろう。
居辛い、とかなんとか言っていたような気がする。
「参ってるって、何が?詳しく聞いてないんだけど」
「詳しくはわからないけど、母さんが近々再婚をするみたいなんだ。
で、相手の人がちょくちょく家に来るらしい。
その人のことは、嫌いではないみたいなんだが…どうにも、
ぎくしゃくしてしまうらしいんだなぁ」
「そっか」
神妙な顔をして幽が頷いた。
確かに酷い話だ。
大人の事情に振り回されて、きっと疲れきってしまっているんだろう。
まだ小学3年なんてガキなのに、自分の母親にも、再婚相手の義父にも
気を遣わなければいけない環境というのは、
「逃げ場がないんだね、だからここへ呼んだの?」
「うん、…少しは気休めになるかな、と思ってね」
そう言って穏やかに笑う顔は、お世辞にもかっこよくはなかったが
偉大な父親像、というやつを垣間見た気がする。




金曜の午後、夕食が終って入浴の支度をしていたところへ
弟の携帯にメールの着信音が響いていた。
「おい幽、携帯鳴ってるぞ」
「……?」
かぱ、と画面を開いて見てみると「竜ヶ峰帝人」の名前が表示されている。

『初めまして、帝人といいます。
突然のメールすみません。お父さんから明日迎えに来てくれるのが
お兄さんだと聞いたので先にごあいさつしておこうと思いました。
明日は朝10時に駅に着く予定です。よろしくお願いします。』

「…律儀な子だなあ…兄貴、帝人からメール来たよ」
「え?何で?」
「明日よろしくお願いします、だって」
「……わざわざ律儀な奴だな…」
「帝人か、どんな子だろうな」

弟が笑うのを久しぶりに見た。