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immortal lover

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『ヴァイオリンの腕でウィーンに行けるくらいになったら、会いに行ってもいい』

「お母さんは、絶対無理とか笑ってましたけど。俺が国際コンクールの一次審査を通過した時は、目が飛びだしそうなくらい驚いたんですよ。あの時は笑ったなぁ!」

誇らしげに彼は笑う。
俺も、驚く香穂子を想像して少し笑った。

「…その時、お母さんはなんて?」

「まさかその歳でウィーンに行かせることになるとは思わなかった。でも約束を努力して果たしたあなたを私に止める権利はない、って…。笑顔で送り出してくれました」

「そう…か」

そこまで聞いて、俺は彼女について一番気になっていたことを聞いてないことに気づいた。

「お母さんの…腕は?」

「腕…ですか?ああ!昔怪我したって言ってましたけど、ちゃんとリハビリをして、今はなんともありませんよ。だって、お母さんはヴァイオリン教室をやっていますからね!」

「ヴァイオリン教室…?」

「はい!お母さんはあれでも腕がいいですから、結構儲かってますよ♪」

俺は、心の底から安堵した。
いや、胸のつかえが取れたというべきか。

香穂子の腕は、ちゃんと回復していた。
彼女なりの音楽の道を、歩めていた―――――!

「よかった…」

目を閉じ、楽しそうにヴァイオリンを教える香穂子を思い浮かべる。

「あのっ、お父さん!」

ずいっ!と顔を覗き込まれて、俺は背を反らせた。
…「お父さん」と呼ばれるのは、まだ慣れない。

「………な、なんだろうか」

「お父さんに会ったら、お願いしたいことがあったんです。………2つ」

なんだ、そんなことか。

「君とは15年も一緒にいてやれなかったんだ。2つと言わず、なんでも言うといい」

「わあ、本当ですか?!じゃあ、1つめは…。お父さんの明日の公演、行ってもいいですか…?」

「もちろん。国際コンクールに優勝した祝いも渡せていない。…明日は、君に最高の演奏を送ろう」

俺が微笑んでそう言うと、彼は目をきらきらと輝かせた。

「や、やったぁ!ありがとうございます!じゃあ、2つめは…」

「と、その前に」

彼の言葉を遮り、俺は言う。

「まだ君の名前を聞いていなかった」

「………っあ、そうだ!当たり前のことだからすっかり忘れてました!すみません、名乗りもせずに。俺の名前は―――――」















「ああ、これから乗る」

携帯電話で話しながら、俺は搭乗口へ向かった。

『え?!どういう風の吹き回しだい?!』

『あれだけ日本公演を頑なに断ってた君が!』

マネージャーの大袈裟すぎる驚きようを思い出して、一人笑った。

あれから、彼―――俺と香穂子の息子とは、毎日のように連絡を取っていた。
昔の話から、最近の話まで。彼は嬉しそうにいろいろ聞かせてくれた。

『ここ最近ちょっとヴァイオリンの練習をさぼってたら、コンクールで優勝したからって調子に乗るんじゃないってひっぱたかれて』
『星奏学院、無事に合格しました!』
『あっ、お母さん帰ってきました!またかけ直します!』

そして、今日。俺は約20年ぶりに日本行きの飛行機に乗る。
日本での公演に、出演するために。

『そ、それで…。2つめのお願いなんですけど…。一度だけでもいいので、日本に帰って、お母さんに会ってくれませんか…?』

正直、すぐに返事をすることはできなかった。
俺は、「日本には一生帰らない」と言い切ってしまったから。

悩んでいる俺に、彼は言った。

『15年も経ったら、そんな発言時効ですよ!』

…まったく、誰かさんに似て調子のいい子だ。
そんな言葉に背中を押されてしまい、俺は帰国することを決意した。

『お母さんを驚かせてやりましょうよ!俺がお父さんと連絡取ってることは、秘密にしておきますね!』

いたずらを仕掛けるようなわくわくとした声で、彼は言った。
俺も快く頷いた。









「もしもし。今、空港だ」

思えば、「孤独のヴァイオリニスト」などと言われた時期もあった。

「…いや、大丈夫だ。彼女の家には、学生時代何度も送り迎えしたからな。今でも忘れてはいない」

俺が孤独だったはずがない。
一人きりの夕食でも、一人きりのベッドでも、俺が孤独を感じたことなどなかった。

香穂子はいつも俺の胸の中にいてくれた。
“不滅の恋人”、として。

「………ああ、なんだ?3つめのお願い?」

『はい!帰ってきたら、お母さんと一緒に愛のあいさつ、弾いてくれませんか?お母さん、私の十八番だーとか言いながら、一度も聴かせてくれたことないんですよ。あの曲は月森くんと一緒に弾く曲だから、だめだって。ね、お母さんの十八番、聴いてみたいんです。聴かせて下さい、お父さんとお母さんの、“愛のあいさつ”―――――』







帰ってきた俺を見て、彼女はなんと言うだろうか。
「老けたね」なんて笑うだろうか。
それとも、「今更何の用?」なんて怒るだろうか。
それとも、俺を思い切り抱きしめてくれるだろうか。

日本での公演は―――そう、昔コンサートをしたあの市民ホール。

懐かしい家の扉を開けて、俺は言った。



「ただいま」



END
作品名:immortal lover 作家名:ミコト