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immortal lover

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「そうでしたか…。それは残念だ。私の方から、彼にもいろいろ伝えておきましょう」

「そうして下さると助かります」

確かに、彼に直接会って話ができないのは残念なようにも感じたが、そもそもこの審査に参加したこと自体がゲストのようなもので、
審査員として参加した後はすぐに帰宅しても構わないと、事務所のスタッフに言われていた。

俺には俺で仕事がある。
それに、彼とはまた別の場所で会える日がくるかもしれない。

俺はそう考えながら帰宅した。







「………すみません」

明日の公演の書類を眺めていると、携帯に着信が入った。
相手は、母。
そういえば挨拶もせずに会場を去ってしまった、と通話ボタンを押すなり謝った。

『終演後にあなたを探したらどこにもいなくて、もう帰ったと聞かされたから驚いたわ』

「…すみません。俺も明日、公演を控えているもので」

『………ああ!そうだったわね。…ところで蓮、公演を控えているところ申し訳ないのだけど、今から出られる?』

「今から…ですか?」

時間は、夜10時を回っている。
何か、緊急の用事なのだろうか?

「構いませんが…」

『そう?じゃあ、私たちが宿泊しているホテルまで来てもらえるかしら。国立劇場の近くの―――』







「お待たせしました」

両親が宿泊しているホテルのロビーにつくと、二人はにこにこしながら俺を待っていてくれていた。
………。

何か違和感があるのは、なぜだろうか。

「ごめんなさいね、呼び出してしまって。てっきり祝賀パーティーであなたと話せると思っていたから…」

「祝賀パーティー?………ああ」

今日のコンクール優勝者の祝賀パーティーのことだ。

「実は、お前に話したいことがあってね。ええと…」

父さんはきょろきょろと周囲を見渡した。
母さんと顔を見合わせて、首を傾げている。

「…どうかしましたか?」



「おじい様!おばあ様!」



大きな声がして、びくりと声の方向を見た。

「………」

そこには、中学生くらいの少年が佇んでいた。
いや…あれは。
今回のコンクールの参加者…優勝者だ。

「………」

「トイレから帰ってくる時に迷っちゃって………あっ」

俺の存在に気づいた少年は、目を見張った。

「………優勝、おめでとう」

「っ………あ、ありがとうございますっ!」

俺がそう言うと、彼は膝に額がつく勢いでお辞儀をした。

「ところで、母さん。話とは?彼とはお知り合いなんでしょうか?」

そう言うと、父も母も顔を見合わせて笑いはじめた。
………???

「おじい様、あの…」

「ああ、ちょっと待ちなさい」

おじい様?
さっきも少し気になったが、なぜこの少年は俺の両親を「おじい様」「おばあ様」などと呼ぶ?

「蓮、やはり気づかなかったかい?」

「何が…でしょうか?」

「この子は、香穂子さんのお子さんよ」

ね、と少年の両肩を叩いて母は微笑む。
少年は照れ笑いしながら俺を見ていた。

香穂子の…子供?
では、なぜ「おじい様」「おばあ様」などと呼んで、

「……………ッ」

改めて少年を見つめる。
この少年の顔を初めて見た時からの違和感の答えが出た気がする。

頭にないからわからなかったのか?
それとも、どこかで否定していたのか?

彼は、俺の少年時代の時とうりふたつだ―――――

「ほら」

母が少年の肩を叩いて微笑んだ。
少年も微笑み返して、頷く。

「は…はじめまして!………お父さん」







混乱する頭の中を落ち着かせるのに、随分かかったような気がする。
俺と少年は両親が宿泊している部屋に通され、二人きりにされた。

「あ…あの、紅茶でも飲みますか!それともコーヒーがいいですか!」

しばし沈黙が続いたあと、少年は慌てたように言った。

「あ…ああ。じゃあ、コーヒーを…」

「コーヒーですね!わかりました!」

少年はいそいそとコーヒーの用意を始めた。
…まったく、俺はこんな子供に気を遣わせて何をしているんだ…。

―――子供。
そうだ、この子は俺と香穂子の。

「ど、どうぞ!」

コーヒーカップになみなみと注がれたコーヒーを、少年は笑顔で差し出した。

…笑った顔は、香穂子に似ている。

「…ああ、ありがとう」

コーヒーを一口啜ってから、俺は言った。

「君、歳はいくつだ?」

「はい、今年で15歳になります!」

15歳…。
15年、そうか………。

「…俺は、君に謝らなければならない。あと、君のお母さんにも。知らなかったとはいえ、俺は15年も君と君のお母さんをほっておいてしまった」

「………。いいえ、それには事情があること、俺はお母さんやおじい様たちに聞いて、知ってます」

「………え?」



少年から聞かされた話は、こうだ。
帰国した後、香穂子は子供ができていたことに気づいた。
俺に連絡しない代わりに、俺の両親に妊娠を告げたこと。
一人で産んで、育てること。

両親には、ウィーンで何があったのかを話し、俺には話さないように説得したらしい。

本当は俺の両親に告げることも躊躇ったらしいが、授かった命を一人でも多くの人間に喜んでほしかった、と。
一番に喜んでほしかったのは俺だったらしい…が、香穂子はそうしなかった。

「あの、ウィーンから日本に帰国する前に、あんまりあの、激しくアレしてしまったらしくて、子供ができるとかそういうことは頭になかったらしくて、帰国してから驚いたそうです」

「……………」

俺は赤面して頭を抱え、ため息をついた。
そんなことまで子供に話すな………!

「………しかし、君も、君のお母さんも…。俺のことを恨んでいるんじゃないのか?」

「う、恨む?!どうしてですか…?」

「15年も、俺は…」

すると、彼は笑った。

「小さい頃から、ずっと言い聞かせられてきたんです。お父さんは世界的なヴァイオリニストで、お母さんの分もヴァイオリンを弾きながら頑張っているって」

「………!」

「だから、お母さんはお父さんの分もあなたを頑張って育てるって。だから絶対に、お父さんを嫌ったり恨んだりしちゃいけないよって」

うっかり、手にしたコーヒーカップを落としそうになる。

香穂子は…。

俺と同じように、俺と交わした約束を忘れていなかった―――。

「小さい頃から、お父さんのことはよく知っていました。お父さんの出したアルバムも、コンサートのDVDも、お父さんの載っている雑誌や新聞も全部お母さんが揃えていましたから。だから、お父さんが近くにいなくても…俺はちゃんとお父さんに育ててもらったんです」

その証拠がこれです、と近くにあったヴァイオリンケースを手に取り、ヴァイオリンを取り出す。

「俺は当たり前のようにヴァイオリンを弾き出して…。いつかウィーンへ行くんだって、ずっとそう決めてました。お母さんとの約束もあったし」

「約束…?」

「はい!小さい頃から、俺は何度もお母さんに頼んだんです。お父さんに会いにいきたいって。そのたびにお母さんはだめって言ったけど、代わりにこう言いました」
作品名:immortal lover 作家名:ミコト