A clematis
「八木沢さんのお菓子、本当においしい!」
仲直りして、告白されて。
八木沢とかなでは、以前のように昼の菩提樹寮で、仲良く和菓子を食べていた。
和菓子なんて、自分から食べに行ったり、買いに行くことはないから、
初めて見る・食べるものばかり。
それなのに、和菓子屋本場の味を味わうことができるのだから、幸せだなぁ、とつくづく思う。
「八木沢さんのお家って、店内でも食べられるんですか?」
「ええ。うちは製造と販売が主なので、座席数は少ないんですけれどね。店内で召し上がりたいお客様にも、お持ち帰りして頂くことが多くて…」
「私も、八木沢さんのお家に和菓子食べにいきたいな…」
「ええ、喜んで。僕の家族も、きっとあなたを歓迎しますよ。………あっ」
まるで家族に紹介する、みたいな流れになってしまったことに気づき、二人とも赤面する。
「そ…そうだ。実は、うちの和菓子、横浜にあるお店で食べることもできるんです」
「え…っ?」
それは聞いていない。
横浜に支店があるということなのだろうか?
「支店があるんですか?」
「いいえ、昔から縁のあるお家が、最近お店を出されて。そこで、うちの和菓子をデザートとしてメニューに出して頂いてるんです」
「へえ…!すごいですね」
「和菓子は仙台から直送しているので、うちの味そのもので出せるんですよ」
「ちなみに、そのお店って…」
「ああ!よろしければ、二人で行ってみますか?」
「………!」
目をキラキラさせているかなでに微笑んで、八木沢は席を外した。
電話しにいったらしい。
「(最近は二人で名所巡りすることもなくなっちゃったからなぁ…。ま、ファイナルが近いから仕方ないけど…)」
だからこそ、二人で目的をもって出かけることは嬉しい。
しかも、八木沢本家の和菓子が食べられるなんて。
「小日向さん」
電話を終えたらしい八木沢が、かなでを呼んだ。
「は、はい!」
「今、店の方に連絡してみました。急になってしまうんですが、今夜…一緒に行きませんか?8時からでしたら、席が空いているそうです」
「本当ですか?!もちろん行きます行きます!!!」
「ただ…。夜からの外出ですから。如月くんにきちんと断ってからでないと、いけませんね」
「えっ。…あ、いいですよ。夜出かけることなんて、今までもあったし…」
それに、律に堂々と「今からデートしてきます」なんて断りを入れるなんて恥ずかしすぎる。
…律のことだから、「デートしにいく」ではなく「二人で出かけるのか、珍しいな」とボケをかましてくれそうな気もするが。
「大事な部員を連れ出すのですから、部長に断りを入れるのは当然です。何かあったら困りますし。如月くんには、僕の方から…」
「っ、何かあるはずがありませんッ!」
「………?」
「だって…。何かあったら、絶対に八木沢さんが守ってくれるもん…」
顔を赤らめ、もじもじしながらそう言うと、八木沢も熱が伝染したかのように赤くなる。
「そ、それは…。はい、小日向さんは…僕が必ず守ります…。それにしても、あなたは…本当に、可愛らしいことを言ってくれますね…」
「八木沢さん…」
「あっちーな!」
「こら、如月弟。ボロ屋敷の扉を足で開けるな、これ以上ボロボロにしてどうする」
「!」
「!」
二人は、ぱっ、と離れた。
ニアと響也が帰ってきたのだ。
「…ん?ああ、八木沢と小日向か。前で如月弟と会ってな」
「そ…そうなんだ…」
「もー汗だくだぜ。ギャッツビーの汗拭きシート、切らしちまったんだよなー」
響也は早々と冷蔵庫を開けて麦茶を取り出している。
「………」
「………」
「………ふむ」
ニアは八木沢とかなでを交互に見やって、ふふんと笑った。
「おかしいな、ここには涼みに来たはずなのに。なんだか、外より暑いぞ」
暑い暑い、とニアはわざとらしく顔を仰ぎながらラウンジを出ていった。
「………も、もう。相変わらずニアはからかうの好きなんだから…。こ、ごめんなさい、八木沢さん」
「い、いいえ。本来ならば、ああいった物言いは軽く受け流せばいいのでしょうけれど…。いかんせん、慣れていなくて」
つい真に受けてしまうんです、と八木沢はまだ顔を赤くしている。
受け流すことができる八木沢は八木沢じゃない、とかなでは思った。
「とりあえず…。やはり何も報告せずに寮を出ていくのは気が引けます。如月くんには、僕からこっそり断りを入れておきますから。…7時半に、寮の前で待ち合わせしましょう」
ね、と微笑まれて、かなでは頷いた。
「小日向、入るぞ」
「うん」
午後6時。
そろそろ用意を始めよう、とかなでは部屋にニアを呼んだ。
「あのね」
「デートなんだろう。いいぞ、今日はどういじってやろう」
「ま…まだ何も言ってないのに…」
「あの雰囲気を見ればわかるさ。どこへ行くのかだけ聞いておこうか」
私もすっかり、君専属のスタイリストが板についたな、とニアは笑った。
「うう…。今日はね、八木沢さんの家の和菓子をデザートとして出してるってお店に行くの」
「八木沢の家の…?………ああ」
「えっ?!ニア、知ってるの?!」
ニアは意味ありげににやにや笑っている。
「もちろん、知っているぞ。君は少々、驚くかもしれんな。まぁ、八木沢はきっと、そんな君の反応を予測していないと思うが…」
「えっ!どういうお店なのか教えてよ!」
「こらこら、予備知識があったら驚きが薄れてしまうだろう。世の中には、知っておいた方がいいことと、知らない方がいいことがあるものだ」
「………わかった。じゃあ、お願いしていい?」
「任せろ。これから行く店にぴったりの装いに仕立ててやろう」
ニアはかなでのクローゼットをひっかきまわし始めた。
「(7時10分か…)」
腕時計を確認して、それから寮の方を見遣る。
あまりに楽しみにしていたせいか、少し早く出てきてしまった。
かなではまだ来ないだろう。
でも、彼女を待つ時間は苦ではない。むしろ好きだ。
と、寮の方からぱたぱたと足音が聞こえて、八木沢は振り向いた。
「あ………」
「す、すみません八木沢さん、待たせちゃいましたか?」
八木沢は一瞬、かなでに見とれてしまい、
すぐに返事をすることができなかった。
「(可愛いな…小日向さん)」
「………?」
「あっ!…す、すみません。大丈夫ですよ、ほら、まだ7時15分です」
「楽しみで、つい早く出てきちゃいました。まだ八木沢さんもいないかなって思ってたんですけど」
「ええ、僕もです。…小日向さん、今日はまた、いちだんと、その…」
「はい?」
かなでは、全体的に落ち着いた色のコーディネートで、和風の小物を身につけている。
普段の彼女ももちろん可愛らしいのだが、こうした大人っぽい格好だと、また違った魅力がある。
「?」という顔で見つめられると、胸が高鳴ってしまう。
「(ぼ、僕は…!女性をじろじろと見つめて、なにを…)」
「八木沢さん?」
「っ………!す、すみません。ここで時間を潰すわけにはいきませんね。行きましょうか」
仲直りして、告白されて。
八木沢とかなでは、以前のように昼の菩提樹寮で、仲良く和菓子を食べていた。
和菓子なんて、自分から食べに行ったり、買いに行くことはないから、
初めて見る・食べるものばかり。
それなのに、和菓子屋本場の味を味わうことができるのだから、幸せだなぁ、とつくづく思う。
「八木沢さんのお家って、店内でも食べられるんですか?」
「ええ。うちは製造と販売が主なので、座席数は少ないんですけれどね。店内で召し上がりたいお客様にも、お持ち帰りして頂くことが多くて…」
「私も、八木沢さんのお家に和菓子食べにいきたいな…」
「ええ、喜んで。僕の家族も、きっとあなたを歓迎しますよ。………あっ」
まるで家族に紹介する、みたいな流れになってしまったことに気づき、二人とも赤面する。
「そ…そうだ。実は、うちの和菓子、横浜にあるお店で食べることもできるんです」
「え…っ?」
それは聞いていない。
横浜に支店があるということなのだろうか?
「支店があるんですか?」
「いいえ、昔から縁のあるお家が、最近お店を出されて。そこで、うちの和菓子をデザートとしてメニューに出して頂いてるんです」
「へえ…!すごいですね」
「和菓子は仙台から直送しているので、うちの味そのもので出せるんですよ」
「ちなみに、そのお店って…」
「ああ!よろしければ、二人で行ってみますか?」
「………!」
目をキラキラさせているかなでに微笑んで、八木沢は席を外した。
電話しにいったらしい。
「(最近は二人で名所巡りすることもなくなっちゃったからなぁ…。ま、ファイナルが近いから仕方ないけど…)」
だからこそ、二人で目的をもって出かけることは嬉しい。
しかも、八木沢本家の和菓子が食べられるなんて。
「小日向さん」
電話を終えたらしい八木沢が、かなでを呼んだ。
「は、はい!」
「今、店の方に連絡してみました。急になってしまうんですが、今夜…一緒に行きませんか?8時からでしたら、席が空いているそうです」
「本当ですか?!もちろん行きます行きます!!!」
「ただ…。夜からの外出ですから。如月くんにきちんと断ってからでないと、いけませんね」
「えっ。…あ、いいですよ。夜出かけることなんて、今までもあったし…」
それに、律に堂々と「今からデートしてきます」なんて断りを入れるなんて恥ずかしすぎる。
…律のことだから、「デートしにいく」ではなく「二人で出かけるのか、珍しいな」とボケをかましてくれそうな気もするが。
「大事な部員を連れ出すのですから、部長に断りを入れるのは当然です。何かあったら困りますし。如月くんには、僕の方から…」
「っ、何かあるはずがありませんッ!」
「………?」
「だって…。何かあったら、絶対に八木沢さんが守ってくれるもん…」
顔を赤らめ、もじもじしながらそう言うと、八木沢も熱が伝染したかのように赤くなる。
「そ、それは…。はい、小日向さんは…僕が必ず守ります…。それにしても、あなたは…本当に、可愛らしいことを言ってくれますね…」
「八木沢さん…」
「あっちーな!」
「こら、如月弟。ボロ屋敷の扉を足で開けるな、これ以上ボロボロにしてどうする」
「!」
「!」
二人は、ぱっ、と離れた。
ニアと響也が帰ってきたのだ。
「…ん?ああ、八木沢と小日向か。前で如月弟と会ってな」
「そ…そうなんだ…」
「もー汗だくだぜ。ギャッツビーの汗拭きシート、切らしちまったんだよなー」
響也は早々と冷蔵庫を開けて麦茶を取り出している。
「………」
「………」
「………ふむ」
ニアは八木沢とかなでを交互に見やって、ふふんと笑った。
「おかしいな、ここには涼みに来たはずなのに。なんだか、外より暑いぞ」
暑い暑い、とニアはわざとらしく顔を仰ぎながらラウンジを出ていった。
「………も、もう。相変わらずニアはからかうの好きなんだから…。こ、ごめんなさい、八木沢さん」
「い、いいえ。本来ならば、ああいった物言いは軽く受け流せばいいのでしょうけれど…。いかんせん、慣れていなくて」
つい真に受けてしまうんです、と八木沢はまだ顔を赤くしている。
受け流すことができる八木沢は八木沢じゃない、とかなでは思った。
「とりあえず…。やはり何も報告せずに寮を出ていくのは気が引けます。如月くんには、僕からこっそり断りを入れておきますから。…7時半に、寮の前で待ち合わせしましょう」
ね、と微笑まれて、かなでは頷いた。
「小日向、入るぞ」
「うん」
午後6時。
そろそろ用意を始めよう、とかなでは部屋にニアを呼んだ。
「あのね」
「デートなんだろう。いいぞ、今日はどういじってやろう」
「ま…まだ何も言ってないのに…」
「あの雰囲気を見ればわかるさ。どこへ行くのかだけ聞いておこうか」
私もすっかり、君専属のスタイリストが板についたな、とニアは笑った。
「うう…。今日はね、八木沢さんの家の和菓子をデザートとして出してるってお店に行くの」
「八木沢の家の…?………ああ」
「えっ?!ニア、知ってるの?!」
ニアは意味ありげににやにや笑っている。
「もちろん、知っているぞ。君は少々、驚くかもしれんな。まぁ、八木沢はきっと、そんな君の反応を予測していないと思うが…」
「えっ!どういうお店なのか教えてよ!」
「こらこら、予備知識があったら驚きが薄れてしまうだろう。世の中には、知っておいた方がいいことと、知らない方がいいことがあるものだ」
「………わかった。じゃあ、お願いしていい?」
「任せろ。これから行く店にぴったりの装いに仕立ててやろう」
ニアはかなでのクローゼットをひっかきまわし始めた。
「(7時10分か…)」
腕時計を確認して、それから寮の方を見遣る。
あまりに楽しみにしていたせいか、少し早く出てきてしまった。
かなではまだ来ないだろう。
でも、彼女を待つ時間は苦ではない。むしろ好きだ。
と、寮の方からぱたぱたと足音が聞こえて、八木沢は振り向いた。
「あ………」
「す、すみません八木沢さん、待たせちゃいましたか?」
八木沢は一瞬、かなでに見とれてしまい、
すぐに返事をすることができなかった。
「(可愛いな…小日向さん)」
「………?」
「あっ!…す、すみません。大丈夫ですよ、ほら、まだ7時15分です」
「楽しみで、つい早く出てきちゃいました。まだ八木沢さんもいないかなって思ってたんですけど」
「ええ、僕もです。…小日向さん、今日はまた、いちだんと、その…」
「はい?」
かなでは、全体的に落ち着いた色のコーディネートで、和風の小物を身につけている。
普段の彼女ももちろん可愛らしいのだが、こうした大人っぽい格好だと、また違った魅力がある。
「?」という顔で見つめられると、胸が高鳴ってしまう。
「(ぼ、僕は…!女性をじろじろと見つめて、なにを…)」
「八木沢さん?」
「っ………!す、すみません。ここで時間を潰すわけにはいきませんね。行きましょうか」
作品名:A clematis 作家名:ミコト