A clematis
「はいっ!」
「さあ、着きましたよ。僕はオーナーの方に挨拶していきますので、小日向さんは先に席についていて大丈夫ですよ。予約してありますから、店員さんに…」
「……………」
和菓子をデザートとして出している、と聞いたので、
かなでは喫茶店のようなお店だと想像していたのだが…
「(懐石………料理………?)」
さあ、とかなでの顔から血の気が引いた。
懐 石 料 理 ?
そんな店、行ったこともない。
テレビで政治家が会合する場所だとしか知らない。
どうしよう。高校生が払えるような金額じゃないんじゃ…
「小日向さん?どうしました?」
「あ…あの…」
「いらっしゃいませ」
店の入口で狼狽していたかなでの背後から、優しげな声が聞こえてきた。
八木沢は、途端に表情を明るくする。
「(え………?)」
まだお店の中に入っていないのに。
かなでは振り向いた。
「もし、場所がわからなかったら困ると思ってね。外で待っていたんだよ」
「柚木さん!」
「(え?え?)」
八木沢の知り合いなのだろうか。
優雅な物腰、端正な顔立ち。
その青年は、美しく微笑んだ。
「すみません。今日は突然、お伺いしたいなどと」
「いいんだよ。本家の方には是非、一度来て頂きたいと思っていたからね」
「オーナー直々に出迎えて頂いて、恐縮です」
…オーナー?
ではまさか、彼が…
「初めまして」
「!」
突然声をかけられて、かなではびくりと跳ね上がった。
「オーナーの柚木梓馬です。君は、雪広くんの…?」
目配せされて、八木沢は赤くなりながら慌てる。
「あ、あの、彼女は、………小日向、かなでさんです…」
柚木はいろいろと悟ってくれたのか、空気を読んで「小日向さんだね」とだけ言った。
「こ、小日向かなでです。よろしくお願いします」
「よろしくね。さ、入って入って」
「あ、」
一瞬躊躇ったかなでを見て、柚木は大丈夫、と言う。
「うちはカジュアル懐石でね。若い人にも気軽に入ってもらえるお店なんだよ。だから、心配しなくて大丈夫。高校生からお金を巻き上げることはないさ」
「あ…」
恥ずかしい…。
心の内を読まれてしまった。
「それに、雪広くんは大事なお取引先の御曹司だからね。今日はごちそうするよ」
「で、でも、柚木さん」
「その代わり、新作に期待させてもらうよ?」
八木沢は、はあ、と頭を掻いて照れた。
柚木に先導され、店内に入る。
かなでも八木沢も、店内の様子をみてほう、と感嘆のため息を漏らしてしまった。
柚木の言った通り、店内には若いお客が多かった。
服装もかしこまったものではなく、カジュアルな服を着ている人も多い。
通路には砂利が敷き詰められ、奥には小さな滝のようなものがあり、ししおどしまでついていて、まさに「和」の装い。
壁にかけられた漆器も、やはりいいものなのだろう。赤と黒の漆器が、バランスよく飾られていた。
気分の落ち着く暗めの店内に、ぽつぽつと暖かい照明が灯っている。
座席は、お座敷とテーブル席、両方あるようだ。
店内に入って一番に目をひかれたのは、大きな活け花。
派手でいて、どこか慎ましい感じのする、素人から見ても素晴らしいと思える一品だった。
「柚木さんのご実家は華道宗家なんです。この活け花は、柚木さんが一日一日、オーナー手ずから活けていらっしゃるそうですよ」
「へぇ…。す、すごいですね…」
もう、それしか言えない。
「席にご案内するね。………ちょっと」
「あ、はい!」
柚木はバックを覗き込んで、手招きをした。
中から女性の声がした。
「いらっしゃいませー!カジュアル懐石、『ゆずのは』にようこそ!」
「?!」
バックから飛び出してきた女性店員は、元気な声でそう言った。
…元気な接客をするのはいいと思うが、この店の雰囲気にはあまり合わないような気がする…。
「あ………」
虚を突かれたようなかなでと八木沢の顔を交互に見て、女性店員はおずおずと柚木を見遣った。
「……………」
柚木は、さきほどと変わらぬ笑顔を保っている。
…なのに、背筋が寒くなったのはなぜだろう。女性店員に至っては、なんだか冷や汗をかいているように見えた。
「あ〜…、コホン。ご案内いたしますっ♪」
「お願いします」
女性店員は気を取り直したようにかなでたちを案内した。
柚木も後ろからついてくる。
女性店員は和服を着ているが、やはりどこかカジュアルな雰囲気を出しているのか、堅苦しい印象は受けない。
赤い着物と、まとめあげられた髪に刺さる可愛い簪。
かなでは、いいなぁ、可愛いなぁ、と思いながら見ていた。
「では、おしぼりをお持ちいたしますので、少々お待ちくださ〜い」
女性店員はとたとたとバックへ戻っていった。
…着物に慣れていないのか、微妙に転びそうになっているが…大丈夫だろうか。
「…今のは、僕の知人でね。本業の傍ら、たまに店の手伝いに来てもらっているんだ。本当にたまにしか来ないものだから、まだあまり接客に慣れていなくてね。大目に見てあげてほしいな」
「そ、そうなんですか…」
「で、でも。なんていうか、お元気で…と、とても素敵だと思いますっ!」
かなでは思わずフォローしてしまった。
おや、と柚木は目を見張る。
「…君は、彼女と馬が合うかもしれないね。よかったら仲良くしてあげて」
「ウマ…?は、はい!」
柚木はメニューを広げると、八木沢とかなで、一人ずつに見せる。
「このコースの中から、好きなものを選んでね。前菜から順に運んでくるから。もちろん、最後は八木沢和菓子店の最高級デザートをお持ちするよ」
「ふふっ、楽しみ〜♪」
そんなかなでの様子を見て、八木沢も微笑む。
「それじゃあ、ごゆっくり。失礼いたします」
優雅に一礼して、柚木はバックに戻っていった。
「素敵なお店ですね!私、こんなお店来たことないです!」
「ええ、本当に。僕も実際に来たのは初めてですが、想像以上でした」
薄暗い照明の中で合わせる互いの顔は、なんだかいつもと違うような気がした。
まさかこんないい店で食事することができるとは。
八木沢とかなでは、ただ見つめ合ったまま、互いにもじもじしていた。
「あの…。お、オーナーの…柚木さん。オーナーっていうくらいだから、もっと歳のいった人を想像してたんですけど、すごく若い方でびっくりしちゃいました」
「そうでしょうね。柚木さんは、柚木家の三男なんですが、とても優秀な方で。25歳の若さで、この店の全てを任されたと聞いています」
「へえ…!じゃあ、本当にすごい方なんですね」
「おしぼりで〜す」
女性店員がやってきて、二人におしぼりを手渡してくる。
「あちゃちゃ!………あ、すみません」
「………」
八木沢もかなでも、あからさまに慣れていない彼女の姿を見て、悪いとは思いつつくちもとをむずむずさせていた。
気を取り直したように、彼女は言った。
「えっと…八木沢さん?って、柚木せんぱ…オーナーの、お知り合いなんですよね?」
「ええ、こちらのお店のデザートに、うちの和菓子を出させて頂いてます」
作品名:A clematis 作家名:ミコト