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ぐらにる 眠り姫3

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揺すり起こされて、ようやく目が覚めたら、薄暗い空間だった。ビリーが食事休憩だと言って、俺をベンチに運んだところまでは覚えている。そこにいる三人は見知らぬ相手だ。暗くて、よく見えなかったが、ひとりが話しかけてきた。やはり、何か説明されている様子だが、俺には理解できない内容だ。度々、「ロックオン」 というのが聞こえるのが、わかるくらいだ。
「ちょっと待ってくれ。・・・・その・・・あんたたちは、ソレスタルビーイングの人間か? 」
 途端に三人の纏っている空気が変わる。ひとりが代表して、「ああ。」 と、答えた。
「それじゃあ、俺も、あんたらのお仲間か? 」
 また、別の一人が、「もちろん。」 と、答えた。本当に黒だったんだな、と、実感した。あまり頭がすっきりしていなくて、言葉が、なかなか思い浮かばない。
「申し訳ないんだが・・・・俺は、あんたらの知っている人間だとは思う。だが、俺の頭はイカレてて・・・・記憶が、まったくないんだ。だから、何を言われても、俺には、さっぱりわからない。」
 正直、ソレスタルビーイングに所属する近しい人間と会えば、何か思い出すのかと思っていた。だが、何も思い浮かばない。半端ではない壊れ方をしているのだとわかる。
・・・・あんたら、きっと、近しい人間だよな? そんな泣きそうな顔してるんだからさ・・・・
 とても親しい人間に向ける眼差しだ。だが、彼らが向ける感情を、俺は覚えていない。
・・・・もう、それが悔しいのか悲しいのかも・・・・それすらも、感情にならないなんて・・・・
 申し訳ない、と、謝るべきなのかもしれない。彼らにしてみれば、俺は、とても近しい人間であるはずだ。
・・・・やっぱり、死んで欲しくないな・・・・
起爆スイッチが入れば、周囲にいる人間も巻き添えになると説明された。その時は、どうでもいい、と、思っていた。けれど、したくない、と、思い直している。
「・・・・ここに、発信機と、あんたらを吹き飛ばせる威力のある爆薬が仕掛けられている。・・たぶん、この場所は、向こうに知られているはずだ。・・・・だから、あんたらは逃げろ。」
 首筋を、親指で指し示した。ざわりと、また空気が動く。戸惑いと諦めが交互するような三人の表情に、俺は笑った。
「たぶん、俺は死ぬ時間を間違えた。・・・・すでに死んでいるはずの人間なんだ。だから、あんたらの知っている俺は、もういないんだよ。頼むから逃げてくれ。・・・俺は、幽霊みたいなもんだからな。」
 でも、と、一人が手を差し伸べようとする。外せるかもしれない、と、もう一人が言う。無言で睨んでいるのが、一番悲壮な顔をしている。
「この世界から戦いを無くすんだろ? なら、そのための犠牲は、必ず出てくるんじゃないのか? ・・・どちらにしろ、あんたらの知ってる俺は、もういない。」
「それでも、あなたはあなただ。」
 無言だったひとりが、口を開いた。
「ありがとう、それは嬉しいな。」
 忘れてしまった俺でも肯定してくれる言葉が嬉しかった。だが、それに流される時間はない。どのくらいの時間が経過しているのか、わからない。とにかく、逃げてもらうほうが先決だ。
「このまま、あなたを捨てていくことなどできない。」
「いや、捨てていけ。・・・たぶん、この身体は、そう長くはないんだ。だから、道連れになる必要なんてないし、俺はしたくない。」
 離れなければ、と、彼らの背後にあるドアへ駆け寄った。だが、一番若そうなやつに、腕を取られた。
「放せ。」
「いやだ。」
 やっぱり、泣きそうな顔だ。たぶん、仲が良かったんだろう。
「ごめんな、俺は、もう死んでるからな。忘れてくれ。・・・どうか、最後まで生きてくれ。」
 彼らの知っている俺は、どんなだっただろう。そんな顔をしてもらえるほど、彼らと繋がりがあったんだとは思う。俺の腕を掴んでいる手を、別のひとりが引き剥がした。
「僕らは、みんな、ロックオンが好きだった。」
「覚えてなくて悪いけど、いいヤツだったんだな? 俺。」
「うん、とてもね。」
「じゃあ、それだけ覚えていてくれればいいさ。・・・逃げてくれ。」
「・・・わかった・・・もし、生きていたら、また逢えるかもしれないよね? 」
「生きていたらな。」
 ここで、笑える自分が、不思議だ。彼ら三人は、互いに顔を見詰め合って、ドアから階下へ駆け下りていった。やれやれ、と、気が抜けると膝ががくりと力を失った。
・・・悪いな、グラハム。やっぱり、俺は壊れている。・・・・・・
 抜け落ちている記憶の中にいるはずの三人を殺すことはできなかった。ああ、今日は、かなりまともなのかもしれない。本当に可哀想な眠り姫だ。誰も殺すことができない。生かしてくれたグラハムの助けにもならない。どっちつかずで、どちらにもなれない。ゆるりと、また闇に沈んでいく。このまま、爆死するなら、寝ているほうが楽だな、とか考えている辺りが、かなりおかしい。




「いい加減にしろ、私は我慢弱いんだ。・・・だいたい、きみは、私の発言を、まったく聞いていなかったんだな? 私から癒しを奪うものは、きみであろうと許さないと言ったはずだ。」
「まあまあ、グラハム。落ち着いて。そろそろ意識が戻るってことだからさ。」
「目覚めのキスが入用か? 眠り姫。」
「だから、病人に、そんなことはしないでくれってばっっ。」
「・・・ったく、三度も死んで、まだ、不満か? 」
「大声を出さない。」
「きみの使い道を間違わなかったことを、私は誇りに思うぞ。性欲処理に使っていたら、きみは、その場で死んでいたんだからなっっ。」
「だから、そんなことを大声で叫ぶんじゃないよっっ。」

・・・・はあ?・・・・

 なんだか騒々しい声が、ゆっくりと耳に入ってくる。それも、尋常ではない内容だと思われる。

 天国ではないな、と、それは、さすがにわかった。だが、どこにも力が入らないので、目を開けるのも億劫なほどだ。
「午後から会議があるんだ。さっさと目を覚ませ、眠り姫。・・・そうだ、いつものように起して。」
「わぁーなんてことするんだいっっ。」
 首にかかる温かい力は感じられた。なぜだか、まだ生きている。ゆっくりと目だけに力を入れた。そこに見えるのは、ぼんやりとした金色だ。
「ほら、目を覚ました。おはよう、私の眠り姫。」
「・・・あ・・・・」
「きみのお寝坊さん加減には、堪忍袋の緒が切れるかと思ったぞ。」
「・・な・・」
「生きているさ。私が連れ戻しに出向いた。言っただろ? きみのナイトは優秀だと。」
 ようやく、視界がはっきりしたら、やはりグラハムの顔があった。まだ、半分しか死んでいないのか、と、がっかりした気分と、よく喋る陽気な声に安堵する気分とが綯い交ぜになった。






 発信機を辿って出向いた先には、誰もいなかった。いや、わざと時間は空けたから、彼らは逃げ遂せたというほうが正解だろう。もし、移動が、もっと遠方だったら、追撃するつもりはしていたが、案外、近くで停滞したのだ。少し離れた場所で、待機した。先行していた隊員から、彼らが出て行ったという確認が入ってから、そこへ向かった。
作品名:ぐらにる 眠り姫3 作家名:篠義