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璃琉@堕ちている途中
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この恋もやっと終わったんだね

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三ヶ島沙樹にとって折原臨也は神であった。
いや、それは語弊があるかも知れない。沙樹は彼がどんな人間なのかをよく理解していたし、自分が彼にとってどんな存在なのかもよく理解していたからだ。
けれど、彼女は彼を崇拝し、信仰していた。だから、やはり三ヶ島沙樹にとって折原臨也は、神だったのだろう。





「やぁ、いらっしゃい」
「こんにちは。お久しぶりです」
「本当に…久々だね。沙樹」

ある晴れた日の午後だった。彼女はひとり、新宿にある臨也の事務所(のひとつ)を訪れていた。
無論、仕事を頼まれているからだ。ただのご機嫌伺いなどではない。
しかし、そこは決して浅くはない関係にあるふたりであるから、自然本題に向かう前に、プライベートの話が広がりを見せていた。

「へぇ、正臣君がねぇ」
「ええ…私の為にって」
「…そっか。正臣君が、ね」

三ヶ島沙樹にとって紀田正臣は恋人であった。恋人以外の何者でもなかった。
加えて、沙樹と正臣は、過去には折原臨也に翻弄され、現在も折原臨也に翻弄される仲である。
いや、それは語弊があるかも知れない。過去における沙樹の言動は臨也を神と慕った結果の産物であり、現在における沙樹と正臣の言動は折原臨也という人間に抗い、立ち向かい、それでも彼から離れることが叶わないと自覚した上でのものなのだから。
ただ、簡単に言ってしまえば、ふたりは臨也の掌の上で踊る駒である。だから、やはり三ヶ島沙樹と紀田正臣は折原臨也に、翻弄されているのだろう。

「本当は正臣君に頼みたいんだけどね」
「平気ですよ。私にだってきっと出来ます」
「そう?」
「臨也さんは、私を何だと思ってるんですか」

彼女が軽やかに笑えば、臨也は一瞬紅い瞳を眇め、そして笑った。
沙樹がその微笑みを少くはない驚きと共に受け取った頃、彼の秘書が淹れ立ての紅茶を注いだポットと、二組のカップにソーサーを、盆に載せて運んで来た。熱い湯気に、彼女の喉が鳴る。

「うん、良い色に良い香りだね。ありがとう」
「……………」

臨也の言葉にぴくりとも反応を返さない秘書。しかし、気に障った風もなく、淡々と、そつなくセッティングを進める振る舞いを、彼は楽しげに眺めている。
そんな彼と秘書を、沙樹は古い映画か何かのように、興味と困惑の入り混じった面持ちで見つめていた。

「どうぞ、三ヶ島さん」
「あ…ありがとうございます。えっ…と、波江さん」
「………ゆっくりして行って頂戴。沙樹ちゃん」

行きと同じく素っ気なく去る秘書、けれどその微細な変化に、臨也はクスリと笑いを零した。
三ヶ島沙樹にとって、秘書―矢霧波江は好意の持てる相手だった。
波江は沙樹にとって大人の女性代表のような存在である。美しく、物静か。仕事も家事も出来る。だが、何よりも尊敬している部分は、折原臨也の側にい続けられるところだった。
俗に信者と呼ばれる臨也の取り巻きの少女は、その殆どが一度は「あなたの側にいさせて」と口にする。勿論、沙樹も例に漏れない。そして、その誰もが、それは出来ないことにいずれ気づくのだった。勿論、沙樹も例外ではない。
沙樹は、それでも長い方だった。しかし、「ごめんなさい。もう無理です」は、ある時勝手に吐き出されたのである。臨也はただ、「解っていたよ」と笑った。
恐らく、矢霧波江は三ヶ島沙樹が発したどちらの台詞とも未だ縁がないだろう。
波江は、臨也の側にいる。臨也は、波江を側にいさせる。いや、

「悪いね。あんなんで」
「そんなことないです」
「けど、」
「波江さん、私の砂糖、ひとつ半にしてくれました」
「!…そうだね」

沙樹が直接波江と会うのは二度目だった。一度目は随分前の話でもある。
「美味しい」と思わず呟けば、臨也はどこか誇らしげに自分の分を啜った。





三ヶ島沙樹は生涯にただ一度だけ、折原臨也とキスをしたことがある。ただ一度、これは本当のことだ。過去は変えられないし、今後その予定もない。
いや、しかしやはり語弊があるかも知れない。正確には、眠る臨也の唇に唇を重ねた、つまり彼「に」キスをしたことがあるのだった。
その行為は、単純な好奇心だった。
いや、それにもやはり語弊があるかも知れない。何故なら、彼女が彼に恋愛感情を抱いていなかったかと言えば、全くの嘘であるからだ。
無防備な唇だった。自分に甘く優しい言葉を囁く、よく出来た唇。けれどそれは、常に彼の持論であり、実のところ彼女には理解の及ばぬ、ベタつく理論で包まれていて、だからそこを滑る台詞達も、それらにふんだんにまみれた代物だったのだ。
しかし、三ヶ島沙樹にとっては、そんなことは取るに足りない。何でも良かったのだから。
ただ、そこに折原臨也の唇があったから、だから、唇で触れただけの話なのである。
慕うから、唇を合わせただけ。
臨也が気づいていなかったなんて、思わない。でも、彼の態度は何一つ変わらず、沙樹の態度も同じだった。

「………波江さん」
「え?」
「来ませんね」
「………ん」

三ヶ島沙樹は折原臨也の情事を目撃したこともある。
事務所を訪ねた時、信者の、比較的親しくしてくれていた年上の少女が、臨也にキスを迫っていて、彼はそれをただ受け入れていた。見る間に少女は衣服と呼吸を乱して彼の身体を押し倒し、跨った。
流石に居たたまれなくなり、一度はドアを閉めた。大きく息を吐き、唇に触れた。
信じられないくらい、熱い。
クラリとした眩暈、それに促されるように、再びドアを開け、覗いた。痣だらけの少女の身体を抱きかかえ、揺らしている臨也と視線が交わった、気がした。
行為を最後まで見届けたのは、それ一度きりだ。けれど、その後も彼が信者と関係を持っていたのは、少女達のふわふわと落ち着きのない話であったり、彼の白い首筋や鎖骨に咲く紅い花から察することは可能であった―――。

ガチャン!

「…今の」
「あ…、」
「臨也さん」
「………うん」

臨也と現在の話をしつつ、その実、過去を顧みていた沙樹の耳に飛び込んだのは、恐らくは臨也の部屋からの物音だった。彼もまた、眉を顰める。
何かが落ちた、と考えることも出来たが、今のふたりには、もうひとつの想像の方が容易であった。

「……………」
「臨也さん」
「ごめん、沙樹。ちょっと、外して良いかな」
「…はい」

彼の表情を、彼女はまた、驚きと共に迎えた。何と説明をすれば良いのか、しかし、その眼差しは、初めて目にするものだった。
沙樹はポーチから携帯電話を取り出すと、そっと画面を確認する。そして、やはり軽やかに笑った。

「正臣から着信がありました。連絡してますから」
「そう…。早く、声、聴かせてあげなよ」

安心したように頷き、臨也は背を向ける。
着信などひとつも残っていない、恋人とのツーショットの明かりが落ちる様を、彼女はぼうっと眺めていた。





三ヶ島沙樹が折原臨也の部屋を覗いたのは、本人にもよくわからぬ衝動に駆られてのことだった。ドアは僅かに開いており、その隙間から様子を伺う。
そこには、見つめ合う折原臨也と矢霧波江の姿があった。

「怒ってる?」
「そんな要素、どこにもなかったじゃない」
「…なら、悲しいのかな」
「答えは同じよ…」
「じゃあ、」