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璃琉@堕ちている途中
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この恋もやっと終わったんだね

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さびしいの?
そう問い掛けベッドに腰掛けると、臨也は俯く波江に一段と接近した。その眼差しは、ひたすらに秘書に注がれている。まるで、彼女の淹れるダージリンのように、熱い。

「っ、違う」
「波江」
「触らないで」
「ね、波江、俺を見て」
「や………っ」

彼は強引にも思える手つきで、波江の顔を引き寄せ、力ない抵抗ごと、その唇を唇で塞いでしまった。
見開かれていた彼女の瞳もいつしか閉じられ、その桃色に染まる頬を滴が落ちる。

「ふぁ…ん…っ」
「は…可愛い」

ちゅっ、とリップノイズを響かせると、臨也は震える身体を抱き締めた。そして、額や鼻筋、濡れた頬に唇を落として行く。
その、外国の絵画のように、あまりに綺麗なふたりを凝視する沙樹の網膜に、あの日目の当たりにした光景が薄く重なり、直ぐに消えた。

「そうやって…誤魔化さないで…っ」
「ごめん。上手く、言葉に出来ないからさ」
「臨也………」
「わかんない。でも、…嬉しい、のかな」
「…何よ、本当に…もう」
「ごめん、波江。…ごめん、好きだよ」

微笑みつつ、彼は再び波江に口づける。今度は彼女も抵抗しない。
彼の首に腕を回し、穏やかに、けれど普段の彼女からは想像もつかない、燃えるようなキス。そして、臨也がそれを圧倒的に上回る、爆ぜて暴れる熱の塊をぶつけるが如く、痛いようなキスで応える様子を、沙樹は見守った。
自らの唇に触れつつ、ただただ澄んだ瞳に焼きつける(いや、焼き焦がす)。なのに決して熱くはならぬ、乾き切った唇を撫でさすり、沙樹はふと思う。

―――正臣、会いたいよ。

会いに来て。
そしたら、キスして。





紀田正臣が折原臨也の事務所を訪れたのは偶然であった。
いや、それは語弊があるかも知れない。彼は恋人である三ヶ島沙樹が先に来訪していることを当然承知していたからだ。彼は沙樹を迎えに来たのである。
だが、時間の指定もなければ、場所の断定も出来なかった。だから、やはり正臣のこの行動は偶然と呼べるだろう。

「沙樹…!」
「正、臣…なんで、」
「絶対ここだと思ったんだよ!帰るぞ!」

サラサラとした梳くのが楽しみな金髪が乱れ、息を切らし汗を拭う様が、沙樹の瞳に眩しく映る。差し出された左手も、臨也の呼吸に敏感に反応するピアスの飾る耳朶も、何もかも。
隣に矢霧波江を伴った臨也は、苦い笑いを吐き出すと、柔らかく言った。

「正臣君」
「………何すか」
「沙樹ちゃんには、仕事の依頼をしただけだ。詳しいことは、直接訊いて欲しい」
「……………」
「それだけだよ。帰って、ふたりで食事をすると良い。もう五時だ」
「アンタに言われなくても、そのつもりですよ」

右の掌が奪われる。強く、縋るように、しかし、導く為に込められる力。
あの、愚かで、冷たい記憶には残りようのない、温かいそれは、沙樹が選んだすべてであった。

「波江さん」

彼女がすべきことは、たったひとつ。

「?…何かしら」
「今日の夕食って、何ですか」

三ヶ島沙樹にとって矢霧波江は、自ら欠け堕ちて逝く神を託せる、ただひとりのひとだった。

「何が良いの、臨也」
「あ…あー、うん。え、と…そうだなぁ。グラタン、食べたい」
「シーフードの?」
「うん。前より海老、多くしてね」
「材料買って来なくちゃ。時間が掛かるわ」
「構わないよ」
「そう。それなら、沙樹ちゃん。今日はシーフードのグラタンよ」

いや、これはきっと、あまりに幼い憧憬との別れに過ぎない。
そのくらい、彼女は理解している。





三ヶ島沙樹にとって紀田正臣は恋人であった。恋人以外の何者でもない。
そこには何ひとつ、偽りがない。真実しかない。真実でしかない。
暮れ行く街をふたりは言葉少なに歩く。ふたりで暮らす、小さな小さな家と、多分、この先のふたりを目指して。

「さっき、」

電車に乗る際に離した手が、寂しかった。温もりはいとも容易く消え去ってしまう。
自分から手放したのだ。先刻、それと、あの、暗く、汚い記憶の片隅において。
誰かが考える程、後悔はない。誰かが思う程、悲哀はない。辛苦もない。何故なら、それは彼女が選択したすべてだったから。
でも、それでも。
彼女は掠れた声で、届ける意志も感じられぬ声で、零した。(だって、彼なら必ず捕らまえてくれるから。)

「来てくれて、嬉しかった」

こんなに強かな胸にだって、優しいナイフの傷は残ったままだし。
こんなに図太い心にだって、甘い毒は回ったままだ。

「…当たり前だろ。俺は沙樹のことなら、何だってわかる」
「じゃあ、私が今何を思っているかも、わかるの」
「ああ。俺は、エスパーだからよ!」

振り返り、腰に手を当て胸を張る彼を包む夕陽が、何だか目に滲みた。キラキラとした、幼い時分に確かに抱いたはずの、今はもう喪ったはずの、例えるなら夢のような、あるいは希望のような光を、彼は纏っている。
こんな私なのに、この光を分けて貰えるに違いない。だって、私は彼の恋人なのだから。
「おいで」と手を差し伸べる正臣に、いつかの、在ったかもわからぬ臨也の姿が重なった。けれど、それは刹那のことで、

「大好きだよ、正臣」

(『この恋もやっと終わったんだね』)






「…なーに言ってんだ、わかってるよ」

パチンと音のするようなウインクと共に白い歯を見せる正臣に、沙樹は四筋涙を流した頬を弛ませる。軽やかに笑い、その手を握り締めた。
離しちゃいけない。誰にも渡しちゃいけない。
そうだ、この光こそを、この光すべてを、私のものにしよう。してしまおう。(良いか悪いか尋ねたら、きっと彼はまた笑うのだろう。とっくにお前のだよ、と。)
私のものだ。私だけのものだ。それくらい、ゆるされて然るべきでしょう?
ゆるしてくれてもいいでしょう?ねぇ、

―――今日の夕食は、正臣の好きなオムライスにしよう。

だって、私には、あなたしかいないのだもの。