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連理

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 毛利元就が初めて直接眼にした凶王は、血の気の失せた青白い顔に歪な翳りを纏わりつかせ、濃淡の入り混じる硝子玉のような眼をした男だった。見る者に寒気を誘うような、将と言うには不安定が過ぎるその無様な姿に、毛利は会った瞬間から侮蔑を捧げてやった。

 裏で密約を結んだきり、表では沈黙を保っていた大谷より正式な同盟と合流の申し出を受けた際、毛利は一瞬盟約自体の破棄を考えた。毛利が与してようやく互角の戦力を保持するという西と東の現況を、毛利は好まない。毛利の狙いは己以外の勢力に最大限の潰し合いをさせ、出来得る限り自分の戦力を損なうことなく各地の軍を沈めることだ。だが四国の長曾我部軍が徳川軍と合流したことで、その目論見は外れた。鬱陶しい馴染みの男の顔を思い浮かべ、毛利は不快に表情を歪める。大谷の報によれば、徳川へと走った長曾我部はほどなく毛利と大谷の謀略を知るだろう。
 ここで退いても長曾我部と徳川が中国へ押し寄せる可能性は高い。
 ならば石田軍の力を利用して、消耗させ叩き潰す方が吉か。
 そうと判断した末に、毛利は西軍と合流した。そして初めてその総大将を目の当たりにした。

「毛利……元就。芥子粒程度の領土に固執する者など、いて何の意味がある」
 当人を前にしながら、隠しもせずに傍らの男へ問い掛ける眼に浮かぶ虚ろ。馬鹿げた様子に、さらにこの男に対する蔑視を強める。毛利は壊れかけの駒などに興味はない。大谷も酔狂な駒を選んだものよ、とだけ思いながら、異形の男が凶王を宥めすかして毛利の同盟を認めさせるのを聞いていた。
「……私はこの男を信用しない。刑部、貴様の好きにしろ」
 挙句にそんな台詞を吐きながら、凶王はふいと視線を逸らして奥へと向かって行ってしまった。仮にも総大将を名乗りながら判断の総てを傍らに預け、同盟相手に対して見せかけの歓迎すら示そうとしない言動に、毛利はちらと物言いたげな視線を流す。その先には、ひとりその場に留まった凶王の片腕がいた。
「――あれは使えぬであろう」
 断言した毛利に対し、大谷は肩を竦めて息を漏らすように笑った。
「ナニ、そう言うてくれるな。少なくとも徳川に対するには有用よ」
「予期していたよりこれほど早くに進軍する羽目になってもか」
 厭わしげな冷たい視線を送る毛利へ、大谷もまた眼を細めて答える。
「………それは雑賀の要らぬ羽ばたきの所為よ」
「ふん。あながちそれだけでもあるまい」
 毛利の冴えた眼には、凶王の抱えた濁った水が堪え切れずに溢れかかる様が、はっきりと映っている。
 聡い盟友の言に、他へ対するよりは少し誤魔化しを薄くする大谷は、わざとらしく溜息を零して本音を告げた。
「まあな。万全とはいかぬが、進まねばもうあの男の方が保たぬわ。……いっそ狂うてしまえば当人は楽であろうがな」
「まだ狂っていなかったか」
 それは意外だと白々しく毛利が答えれば、大谷は自分で言っておきながら鋭い目線を毛利へ向けた。
「制御するにも面倒そうな代物よ。大谷、貴様、駒を変えれば良かろうに」
 平然と言ってのける毛利を、大谷は妙な眼で見返した。
 何を言っているのかと問う、眼だ。
 毛利が提示したのは使えぬ駒の入れ替えであり、それを当然とする毛利と等しい価値観を、この男も持ち合わせていたはずだった。それなのにそんな眼を向けられて、毛利はかすかに眉を顰めた。
「……そういうわけにもいかぬのよ」
 そして男が拒絶を答える。
「何せアレは太閤の忘れ形見として知られておるでな、象徴にするにはこのうえもなく」
「貴様のそれは徒労となろうぞ。大谷」
 言葉を弄して凶王を現世に留める理由を説く。その無益を、毛利は切って捨てた。
 だがそれに対し、何を指されているのかわかりかねるという顔をした男を見て、毛利は少しばかり驚いた。腹の底に偽りを二重にも三重にも重ねてなお嗤う男が、そのうちのひとつの偽りに己でも気付いてないと悟って、毛利は珍しくも、自ら他人の心の内を問い掛けた。
「……大谷、貴様の目的は何だ?」
「もちろん義のため、三成を生かすためよ」
 ヒヒ、と奇妙な嗤いを零しながら答える男の言葉は、これまでも幾度か聞いたものと変わりない。
 だが毛利はあえて問いを重ねた。
「ならば聞こう。心と言葉の、どちらが嘘だ」
 どちらであろうと毛利には興味もない。己と同じく姦計を好む男の見せた隙を、戯れに抉ってみせただけで意味はなかった。
 黙り込んだ大谷は、答えを知ってそれを隠しているのではなく、その問いの意味自体を考えている様子だった。
 毛利はそれ以上言葉を重ねることはなく、ただ静かに軽蔑の眼を、己を同胞と呼ぶ男へ向けた。
「……それで、陣を何処に構える」
 もはや大谷の本心になど構わずに話を変えた毛利に対して、どこか心ここに在らずという姿を曝しながらも、大谷は答えた。


 関ヶ原、と。


作品名:連理 作家名:karo