二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

てのひら、ひとひら

INDEX|1ページ/6ページ|

次のページ
 
空から降って来るものは、どれもこれも冷たいばかりで、だから銀時は好きになる事は出来なかった。
雨は濡れるし雹は当たれば痛い。
霙など、眺めているだけで気持ちさえも陰鬱になる。
その中でも雪が特に嫌いだった。
はらはらと柔らかそうに、後から後から降って来る雪。
確かに其処にあるのに、手を伸ばしても掴む事が出来ない。
漸く掴む事が出来たと思えば、触れた途端に消えてしまう。
何もない手の中に残るのは冷たさばかりで、握り締めた指が痛むように凍てついた。
だから、雪が嫌いだった。
この手には何も掴めやしないと、その冷たさそのままに、まるで突きつけられるようだったから。
この掌は、空っぽだったから。


***


(たまにはうちのガキどもにサービスしてやろう)

そう思い立った銀時が、傘を一本手にして雪の降る町へと繰り出したのは年の瀬も押し迫った冬のある日。
お天気お姉さんの愛らしい声でアナウンスされた通りに、明け方から降り出した雪が夕刻に差し掛かった今も尚、降り続いている。
万事屋の居候娘である神楽は、朝から窓にぴったりと張り付いて、暫く空から落ちて来る今年最初の雪に目を奪われていた。町が一面の雪化粧に覆われた昼頃、門前の雪かきを終えた新八が、遅めの出勤をしたのを機に、貞春と新八とを引き連れて歓声を上げて表に飛び出して行った侭、この時間になっても戻らない。
大方、近所のガキどもを引き連れて、どこぞの空き地で雪合戦でもしているのだろう。普段は突っ込み役と暴走しがちの神楽や銀時のストッパー役を務める新八も、この日ばかりはすっかり童心に返ってしまったようだ。
今頃は二人と一匹で雪まみれになっている事だろう。
何せ、江戸で積雪十?以上を越える雪は珍しい。
天人達が建設したターミナルが発するエネルギーのせいか、その建造以来ここ十年程、江戸ではあまり雪が降らなくなった。降ったとしても殆ど積もる事なく、長く保っても翌日にはあっけなく溶けて消えてしまう。
それが、大型低気圧だか大寒気団だかの影響で、今回は滅多にない大雪だと予報され、全国的に一面の銀世界となっているらしい。
「銀ちゃん、銀ちゃんも一緒に行くアル!皆で雪合戦するアルヨ。酢こんぶ一週間分賭けて勝負ネ!」
そう神楽に誘われた銀時だったが、『低血糖で動けない』の一言で辞し、一人万事屋の炬燵でごろごろしていた
そろそろ辺りが暗くなり始めた頃、これだけ長時間雪の降る中に居るのなら、神楽も新八もすっかり冷え切っているだろうな、とふと思ったのがそもそもの始まり。
昨日のパチンコでは珍しくフィーバーを連発したので、少しだけ銀時の小遣い事情も潤っていた。滅多にない事が連続したのだから、たまには良いか、と何となくそう思ったのだ。
恐らく、神楽達は何時もの夕飯の時間には帰宅するだろうが、その時刻まではまだ少しある。
てっとり早く身体を温めるなら、おでんか肉まんか。神楽の好みを尊重するのであれば、肉まんが妥当だろう。
買い物ついでに、散歩がてら雪景色を眺めるのも良い。
外の寒さには少しばかり閉口するが、滅多に拝めぬ江戸の銀世界。眺めるだけならばタダなのだ。その上、珍しい事がこうも重なるのなら、もしかしたら何かの御利益もあるかもしれない。
尤も、神なんて物を銀時は一切、信じてはいなかったが。

「我ながら、貧乏性……」

―――おまけに何か言い訳じみてない?
万事屋の引き戸を開け、外に出た時、銀時は我知らず苦笑混じりに呟いていた。

万事屋から最寄りのコンビニまでは徒歩で往復十分程。
先に買い物を済ませてしまっては、神楽達が帰って来るまでに肉まんは冷えてしまう。
銀時はかぶき町を抜けてぐるりと新宿の町を迂回し、繁華街から遠ざかるように歩を進めた。古びた民家が建ち並ぶ裏道へと差し掛かると、自然、人影も疎らになって行く。気付けば銀時が踏み出す足の下で、積もった雪がきゅうきゅうと鳴く音だけが、しんと静まりかえった通りに響いていた。
吐く息は白く凍え、薄光りする灰色の雲の下、音もなく溶けて行く。差した傘の縁から見えるのは、白く染まった世界。
所々に覗く建物の黒や茶や灰色も、普段よりも何処か淡い色合いに煙っているようだ。
はらはらと音もなく空から落ちて来る雪は、まるで羽毛のように宙で踊り、街を静かに覆って行く。
傘を傾け振り仰ぐと、雪空を背に無数の雪片が視界に飛び込んで来る。厚い雪雲に覆われて見る事は出来ないが、西の際に落ちて行く太陽をうっすらと透かすように色合いを変え、夜の紺と雲の灰色とが混ざり合う空。
落ちてくる幾千幾万もの、数え切れない真白の欠片。その向こう、雪の白を圧するように、天高く聳え立つ巨大な光の柱が浮かび上がっている。
風流を楽しむと言った嗜好は、さほど持ち合わせてはいない銀時だったが、それでも今こうして眺める雪景色は、純粋に綺麗だと思えた。

「――こう言うのも、悪くねぇ」

白に凍てつく息と共に、銀時の口からは呟きが漏れる。
そう感じる事が出来るようになったのは、何時からだろう。
空から降って来る物はどれもこれも冷たいばかりで、好きになる事は出来なかった。
雨は濡れるし雹は当たれば痛い。霙など、眺めているだけで気持ちさえも陰鬱になる。
その中でも雪が特に嫌いだった。
今も、好きだとは決して言えない。
雪の白さと冷たさは、銀時に思い出させる。
昔話として語るには、未だ時が足りない、攘夷戦争へと身を投じ、戦闘に次ぐ戦闘に明け暮れたあの日々。
身体中の血を流し尽くし、事切れた仲間の真っ白な死に顔。戦場からの離脱で背に負った仲間の身体が次第にその温もりを失い、硬く冷えて行く身体の重さ。
彼らを待っているだろう家族や恋人の元へ、せめてその遺髪だけでも届けたいと望んでも、その亡骸を打ち捨てる事しか出来ずに、雪に埋もれていく様を振り返り見た戦場。
あの頃の銀時にとって、雪は真白な己の身を敵から隠してくれる、絶好の保護色でしかなかった。雪など、それ意外に何の役にも立たない。
銃器を使おうとすれば火薬は湿るし、斥候に出ても足跡が残る。積雪が深ければ行軍の際に足元の自由も奪われ、寒さに凍える指先は思うように動かず、下手をすれば凍傷で手足の指を喪う危険までがある。それだけ、仲間の命が奪われていくのだ。
特に、主戦場として銀時が長く身を置いていた攘夷志士達の拠点は豪雪地帯に近く、冬ともなれば雪に周囲を囲まれて、身動きすら取れなくなる事もしばしばあった。
止む気配すら見せずに降り続ける雪を、本陣と利用している寺の窓越しに睨み付けていると、胸の裡までが冷え冷えとした心地になる。
だから、雪が降ると銀時の機嫌はすこぶる悪くなる。表情にも気配にもそれを露わにする事はなかったが、一度戦闘ともなれば、より一層、銀時のその剣は苛烈な物となった。
自ら望んで出陣した大雪の最中の奇襲作戦では常よりも多くの敵を屠り、雪原と己が身の白とを朱に染めた銀時が、「白夜叉」の名で呼ばれるようになったのも、恐らくは冬の頃だ。
戦場の雪を一面の赤に染め、真白の髪と戦装束とを敵の返り血で滴る程に濡らした銀時が帰還する度、あまりのその惨状に顔を顰め、何か物を言いたげにしていたのは桂だったか。

『紅白で目出度ぇじゃねーか』
作品名:てのひら、ひとひら 作家名:琴尾はこ