てのひら、ひとひら
そんな風に、冗談のように軽口で返しはしたが、己の目が一切笑っていないだろう事も銀時は解っていた。
結局、桂はそんな銀時には何も言わず、黙って手拭いを投げて寄越し、そして熱い風呂を沸かしてくれたのだ。
風呂から上がった銀時が、濡れ髪もろくに乾かさず表に出て来ると、銀時を待っているのは大抵は坂本だった。
一体何処からくすねて来たのか、その手には一升瓶と茶碗が二つ。適当に空いている座敷まで引っ張って行かれ、其処で酒宴が催される。
人生の栄養分は糖分だと自負して止まない銀時だったが、かと言って甘党に良くあるような酒は苦手と言う訳ではない。寧ろ、酒豪とまでは行かずとも、『嗜む』なんぞと可愛い範疇で収まりもしなかった。
酒と聞けば心は自然と惹かれる。そして坂本が用意して来る吟醸酒がこれまた名品であったりするので、始めは渋りながらも銀時が坂本からの誘いを断る事は一度もなかった。
酒宴の最中、気付けばいつの間にか座に紛れ込んでいるのは高杉だ。
『…つまみ』
と一言だけ告げて投げて寄越すのは、これもまた一体何処から調達したのだろうと思われる、庶民ではなかなか口にする事の難しい老舗の和菓子屋の団子だった(後から知った処では、金子の出所は坂本だったようだ。戦時中だと言うのに流石は坊ん坊んなだけはある)
酒の席では特に言葉を交わす事もなく、あの騒々しいことこの上ない坂本ですら珍しく黙々と杯を空けていた。
誰も何も言わなかった。
雪の降る音だけが聞こえて来るような、耳に痛い程の静けさだけが包む一時。
時折、興が乗ったのか、高杉が取り出す愛用の三味線の、爪弾き奏でる音が混ざる時もあったけれど、開け放った障子の向こうの雪景色の如く、ただただ静かな静かな時が其処には流れていた。
その沈黙の中に居心地の悪さと、そして同時に安堵めいた物を感じていたのだと銀時が気付いたのは、攘夷戦争が終結してからの事だ。あの頃の自分は、そんな事に気付く余裕も恐らくはなかったのだろう。
雪が降る度に荒れるそんな銀時とは違い、嘗ての仲間達は皆、戦の最中であっても、どこか雪を楽しんでいたように思う。
障子を開け放ち、縁側で猪口と徳利を手に雪見酒を楽しんでいた高杉や桂。文字通り犬のように雪の中を転げ回っていた坂本。他の仲間達も寒さを愚痴りはしても雪景色を眺める時の眼差しは、何処か柔らかかった。
そんな嘗ての仲間達の情景が、ふと脳裡に浮かぶ。
いつも銀時は、何処か遠い物を見るように、そんな仲間達を眺めていた。
雪は冷たいだけなのに。
雪の白さは思い出させるのに、何故と。
子供の頃ならばいざ知らず、糞寒い中、何故に雪を楽しむような真似が出来るのか。
それを口にすると、桂からは呆れ顔で深々と溜息をつきながら、『だからお前はモテんのだ』等と、要らぬ突っ込みを食らったものだが、今は違う。
あの頃の自分と、今の自分と、明確に変わったと言う物は恐らくはない。
けれど、確かに、己の中に息づき始めた何かが、ある。