ぐらにる 眠り姫5
ひょんなことで、眠り姫らしいエピソードを体験した。起こして、酒の相手をさせようとしたが、まともではなかったので、飲んではくれなかった。悪戯に、私が口に含んで、無理やり口移しで飲ませたら、一度目はわからずに飲み込んだ。もう一度、今度は強い酒のほうを飲ませようとして抵抗されて、そのまま眠り姫は動きを止めた。
つまり、激しい抵抗を試みたために、心臓に負担がかかったらしい。さらに、その前に飲んだ酒も効いていたのだろう。呆気なく電池切れになった眠り姫に、私は、しばらく呆然として大笑いした。
私の眠り姫は、御伽噺の眠り姫とは、まったく逆の存在だ。王子からのキスで、私の眠り姫は眠るのだ。
まともな会話ができる日に、その出来事を眠り姫当人に教えたら、彼も大笑いした。今日は、まともだから、酒に付き合ってくれている。ただし、身体のことを考えて、薄いウイスキーの水割りにした。
「いつでもどこでもだけじゃないんだな。・・・そうか、キスで眠るのか、俺は。」
「激しい抵抗をしなければ、眠らないと思うがな。」
「しなければな。」
クスリと笑った眠り姫の腰を抱き寄せた。まともな時に、キスしてみたかった。眠り姫は抵抗はしない。私の顔が近づいたら、目を閉じた。
くちゅり
少し開いた口に舌を差し込んで絡めたら、眠り姫も絡めてきた。男としているという嫌悪感を感じない。たぶん、眠り姫が、すっかりと、その境界線を越えているのだと気付いた。長いこと、まともな運動もできなかった眠り姫は、すっかりと筋肉が落ちていて、ほっそりとした肢体になっていて伸ばし放題になっている髪は、すでに肩甲骨を越えている。どちらともいえない中性体のような身体だが、柔らかい部分はないのに、それすら気にならない。
キスを解いて、じっくりと顔を眺めたら、少し上気した頬と潤んだセルリアンブルーの瞳が、目の前にある。
「ほら、眠らない。」
「・・・やる気になったか?・・・」
「どうだろうな。・・・でも、きみとのキスは心地よいとは思うよ。きみは、どうなんだ? 」
「・・・悪くはない・・・」
「きみは、本当に愛しいよ、私の眠り姫。」
ゆっくりと眠り姫が、頬を緩めて微笑む。もう一度、抱き締めて、それから軽いキスをする。
「・・・あんた・・・俺相手でも、ロマンチックなことするんだな・・・」
「きみだからだ。」
眠り姫は声を出して少し笑った。女性らしい仕草ではないのに、艶やかさを醸し出す。触れてみたいと唐突に思った。身体を離して、眠り姫の胸に手を置いた。
「・・・ないんだけどな・・・」
「そういう感覚ではないな。」
「脱ごうか? 」
「こういう時は、私が脱がせるのが定番だろう? 」
そうかな、と、眠り姫は、だらりと手を落とした。シャツのボタンを外したら、白い肌が広がっている。
「私より色が白いな。北の人間なのかな。」
「・・・どうだろう?・・・」
壊れている眠り姫には記憶がない。だから、どこで生まれたのか、どういう生き方だったのか、それすらも、眠り姫は覚えていない。いくつかの深い傷痕があって、それが、戦っていた名残だとわかるぐらいのことだ。
「整形でもするか? 眠り姫。」
「なぜ? 」
「この身体に傷があるのは、なんだか、悲しい気がするんだ。」
「そう言われてもなあ。・・・テロリストだったんだから、傷ぐらいあるだろう。」
「覚えていないのに、思い出すような痕跡なんて必要もないだろ? 」
傷がなければ、眠り姫自身が、そのことを考えることもなくなる。傷がある限り、それを忘れることはない。それが、なぜだか、私には悲しい気がしたのだ。
「・・・忘れないよ・・・まともでない時はわからないが、まともな時は、考えることがある。過去を覚えているわけじゃないけど、確かに、俺はテロリストだよ。 グラハム。それは、間違いない事実だ。」
ソレスタルビーイングの人間たちが、眠り姫と接触した。探すほどに重要な人物だということは、マイスターだろうとも思われた。知った事実について、眠り姫は忘れないと断言した。だから、私が生きている間だけ、生きていることにしてくれた。
「忘れてしまえ、眠り姫。」
「無茶を言う。これ以上に、俺が壊れたら、それは可能だろうが、たぶん、まともな時間もなくなるぞ? それでもいいか? 」
たまに、まともで、普段は壊れている眠り姫は、そう言って、私を挑発するように睨んだ。確かに、それは困る。こうやって、たまに、まともな眠り姫と語らうことが、私の癒しだ。
「それは困る。」
「なら、妥協しろ。・・・その代わり、生きているから。」
「私は妥協という言葉が嫌いだ。だが、きみが居てくれるなら、それでいい。」
薄い胸板を眺めて、それから、もう一度、抱き締めた。性急に唇を求めたら、それは受け入れられた。背中に、眠り姫の手が回されて、深く口付ける。濃厚に舌を絡めて、吸い上げた。
「・・んっ・・・あ・・・・」
甘い声と、その後に、驚いたような声がして、背中に回されていた手がぱたりと落ちる。それから、徐々に眠り姫の身体は力を失って、がくりと崩れた。
「眠り姫? 」
もう声は聞こえない。眠り姫は眠っていた。
・・・なるほど、まともな時も、きみはキスで眠るんだな・・・・
抵抗するのではなく、今度は性的な興奮で、眠り姫の心臓に過負荷がかかったらしい。
「やはり、私の眠り姫は特別だ。」
脱がせたシャツを着せ直して、眠り姫を抱き締めた。抱くことはできないのは、承知のことだ。だが、こうやって触れ合うことはできる。
「きみが手術してくれたら、この先も私はできるのかもしれないな。くくくくくく・・・男性は対象ではないと言った言葉を覆すことがあるかもしれない。」
長く生きている必要はないから、と、眠り姫は心疾患の手術については拒絶した。
「だが、私が、きみを抱きたいと言えば、それも受けてくれるか? 眠り姫。」
眠り姫が健常になっても、簡単に消えることはできる。その約束はしたから、たぶん、眠り姫は受けてくれるだろう。次に、まともな時に尋ねてみよう、と、私は、眠り姫の寝顔を眺めつつ、酒を呑んだ。
呼び出された場所で、ようやく調査報告が行われた。長くかかったのは、それだけ機密事項に抵触していたのだろうと思われていたが、意外な事実を告げられた。
「ようやく、カルテを入手しました。これが、作られたのは、あなたがたが接触してからのようです。」
「それ以前の二年分はないのか? それとも手に入らなかったということか? 王留美。」
「いいえ、本当に存在していないのです。ティエリア・アーデ。ロックオン・ストラトスは捕虜扱いでしたから、カルテを作る必要はなかったのだろうと思います。」
爆死したと思われていたが、一応は、その存在を探した。万が一、敵に捕獲されている場合も考えてのことだった。なかなか見つけられなかったのは、名前すら出て来なかったからだ。
つまり、激しい抵抗を試みたために、心臓に負担がかかったらしい。さらに、その前に飲んだ酒も効いていたのだろう。呆気なく電池切れになった眠り姫に、私は、しばらく呆然として大笑いした。
私の眠り姫は、御伽噺の眠り姫とは、まったく逆の存在だ。王子からのキスで、私の眠り姫は眠るのだ。
まともな会話ができる日に、その出来事を眠り姫当人に教えたら、彼も大笑いした。今日は、まともだから、酒に付き合ってくれている。ただし、身体のことを考えて、薄いウイスキーの水割りにした。
「いつでもどこでもだけじゃないんだな。・・・そうか、キスで眠るのか、俺は。」
「激しい抵抗をしなければ、眠らないと思うがな。」
「しなければな。」
クスリと笑った眠り姫の腰を抱き寄せた。まともな時に、キスしてみたかった。眠り姫は抵抗はしない。私の顔が近づいたら、目を閉じた。
くちゅり
少し開いた口に舌を差し込んで絡めたら、眠り姫も絡めてきた。男としているという嫌悪感を感じない。たぶん、眠り姫が、すっかりと、その境界線を越えているのだと気付いた。長いこと、まともな運動もできなかった眠り姫は、すっかりと筋肉が落ちていて、ほっそりとした肢体になっていて伸ばし放題になっている髪は、すでに肩甲骨を越えている。どちらともいえない中性体のような身体だが、柔らかい部分はないのに、それすら気にならない。
キスを解いて、じっくりと顔を眺めたら、少し上気した頬と潤んだセルリアンブルーの瞳が、目の前にある。
「ほら、眠らない。」
「・・・やる気になったか?・・・」
「どうだろうな。・・・でも、きみとのキスは心地よいとは思うよ。きみは、どうなんだ? 」
「・・・悪くはない・・・」
「きみは、本当に愛しいよ、私の眠り姫。」
ゆっくりと眠り姫が、頬を緩めて微笑む。もう一度、抱き締めて、それから軽いキスをする。
「・・・あんた・・・俺相手でも、ロマンチックなことするんだな・・・」
「きみだからだ。」
眠り姫は声を出して少し笑った。女性らしい仕草ではないのに、艶やかさを醸し出す。触れてみたいと唐突に思った。身体を離して、眠り姫の胸に手を置いた。
「・・・ないんだけどな・・・」
「そういう感覚ではないな。」
「脱ごうか? 」
「こういう時は、私が脱がせるのが定番だろう? 」
そうかな、と、眠り姫は、だらりと手を落とした。シャツのボタンを外したら、白い肌が広がっている。
「私より色が白いな。北の人間なのかな。」
「・・・どうだろう?・・・」
壊れている眠り姫には記憶がない。だから、どこで生まれたのか、どういう生き方だったのか、それすらも、眠り姫は覚えていない。いくつかの深い傷痕があって、それが、戦っていた名残だとわかるぐらいのことだ。
「整形でもするか? 眠り姫。」
「なぜ? 」
「この身体に傷があるのは、なんだか、悲しい気がするんだ。」
「そう言われてもなあ。・・・テロリストだったんだから、傷ぐらいあるだろう。」
「覚えていないのに、思い出すような痕跡なんて必要もないだろ? 」
傷がなければ、眠り姫自身が、そのことを考えることもなくなる。傷がある限り、それを忘れることはない。それが、なぜだか、私には悲しい気がしたのだ。
「・・・忘れないよ・・・まともでない時はわからないが、まともな時は、考えることがある。過去を覚えているわけじゃないけど、確かに、俺はテロリストだよ。 グラハム。それは、間違いない事実だ。」
ソレスタルビーイングの人間たちが、眠り姫と接触した。探すほどに重要な人物だということは、マイスターだろうとも思われた。知った事実について、眠り姫は忘れないと断言した。だから、私が生きている間だけ、生きていることにしてくれた。
「忘れてしまえ、眠り姫。」
「無茶を言う。これ以上に、俺が壊れたら、それは可能だろうが、たぶん、まともな時間もなくなるぞ? それでもいいか? 」
たまに、まともで、普段は壊れている眠り姫は、そう言って、私を挑発するように睨んだ。確かに、それは困る。こうやって、たまに、まともな眠り姫と語らうことが、私の癒しだ。
「それは困る。」
「なら、妥協しろ。・・・その代わり、生きているから。」
「私は妥協という言葉が嫌いだ。だが、きみが居てくれるなら、それでいい。」
薄い胸板を眺めて、それから、もう一度、抱き締めた。性急に唇を求めたら、それは受け入れられた。背中に、眠り姫の手が回されて、深く口付ける。濃厚に舌を絡めて、吸い上げた。
「・・んっ・・・あ・・・・」
甘い声と、その後に、驚いたような声がして、背中に回されていた手がぱたりと落ちる。それから、徐々に眠り姫の身体は力を失って、がくりと崩れた。
「眠り姫? 」
もう声は聞こえない。眠り姫は眠っていた。
・・・なるほど、まともな時も、きみはキスで眠るんだな・・・・
抵抗するのではなく、今度は性的な興奮で、眠り姫の心臓に過負荷がかかったらしい。
「やはり、私の眠り姫は特別だ。」
脱がせたシャツを着せ直して、眠り姫を抱き締めた。抱くことはできないのは、承知のことだ。だが、こうやって触れ合うことはできる。
「きみが手術してくれたら、この先も私はできるのかもしれないな。くくくくくく・・・男性は対象ではないと言った言葉を覆すことがあるかもしれない。」
長く生きている必要はないから、と、眠り姫は心疾患の手術については拒絶した。
「だが、私が、きみを抱きたいと言えば、それも受けてくれるか? 眠り姫。」
眠り姫が健常になっても、簡単に消えることはできる。その約束はしたから、たぶん、眠り姫は受けてくれるだろう。次に、まともな時に尋ねてみよう、と、私は、眠り姫の寝顔を眺めつつ、酒を呑んだ。
呼び出された場所で、ようやく調査報告が行われた。長くかかったのは、それだけ機密事項に抵触していたのだろうと思われていたが、意外な事実を告げられた。
「ようやく、カルテを入手しました。これが、作られたのは、あなたがたが接触してからのようです。」
「それ以前の二年分はないのか? それとも手に入らなかったということか? 王留美。」
「いいえ、本当に存在していないのです。ティエリア・アーデ。ロックオン・ストラトスは捕虜扱いでしたから、カルテを作る必要はなかったのだろうと思います。」
爆死したと思われていたが、一応は、その存在を探した。万が一、敵に捕獲されている場合も考えてのことだった。なかなか見つけられなかったのは、名前すら出て来なかったからだ。