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朗読

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 想像の中でグロテスクな顔のようなものを晒していた臨也は、隣を見るときちんとした顔でくすくす笑っていた。新羅はちょっとした物忘れを思い出したような心地で、臨也の顔を眺めた。
「そうだねえ……僕が教師だったら、君にはヘルマン・ヘッセを読ませるよ」
「少年の日の思い出?」
 臨也はすぐに作品名を口に乗せた。それは印象的な一篇であるにも関わらず、中学生向けの教科書でしか読まれないものだった。
「そう。君って、エーミールみたいだし」
 それは単なる思いつきによる発言だったが、案外悪くない例えなのではないかと新羅は思いはじめた。どこか突き放すような物言いは、いつだったかの臨也に似ていた。しかし、それがいつのことだったのかは、ぼんやりとして判然としないのだった。そもそも、臨也はすぐに言動が揺れて、どれもこれもを言いたがる。どれか一つに統一しようという気は、さらさら無いようだった。自然、臨也のキャラクターは定まりきらずに揺れていて、新羅にはそれを捕まえようなどという意欲も無いのだった。
「俺は蝶の蒐集はしてないよ」
 当の臨也は何かを思い出そうとするように目を細め、それから見当違いのことを口にした。わざとやっているのか、本気で言っているのか、新羅にはやはり判然としなかった。その首根を捕まえることに、どれほどの価値があるのかも。
「非の打ちどころのない悪徳、てこと」
 新羅がぴしゃりと言い捨てると、臨也は軽く目を瞠り、それから声をたてて笑った。ひどい、全然褒めてない、そんなようなことをひとしきり言い募って、それから一つ咳払いすると、気取った様子で台詞の一つを暗唱して見せた。
「そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな」
 教室で聞かせたような、丁寧で抑揚を抑えた声で言いながら、臨也は当て付けがましく新羅を見た。それは中学一年生の頃、凡庸な誰かが朗読したもので、文章としてならともかく、音声としては初めて新羅の記憶に留まるものだった。
「君だったら、珍しい標本をわざと目に着くようなところに置くんだろうね。それで、ちょっとその場を離れたりするんだ。ぞっとしないね」
 新羅が笑いながら当てこすると、臨也はすぐにもったいつけるような素振りを止めて、砕けた口調に戻った。
「当たらずとも遠からず、かな。そういうのは小学生で飽きてしまったよ」
 臨也は、声を漏らさずに笑った。白い息が立ち上るので、新羅にはすぐに分かった。新羅の口元でも息が煙ったが、それは明確に溜め息の音を伴って臨也の耳に届いただろう。
「君と小学校で出会わなくて良かったなあ。当時の純粋無垢な僕じゃあ、きっと耐えられなかったろうからね」
「……何だって? お前、さっきから食当たりだ鳥肌だと散々言ってくれるけれど、自分だって大概酷いものじゃないか」
 臨也はじとりと新羅を見下ろした。新羅が見上げると、臨也の瞳は潤んでいて、一筋涙を零していた。それはあまりにも寒い日のことだったので、冷え切った頬はとうに感覚など失ってしまっていたのだ。
「君ほどじゃないよ」
 新羅は自然を装って自分の頬を拭ってみたが、幸い手袋に水滴は付かなかった。
「嘘吐け。さっき、何か悪い事を考えていただろう」
 視線が揺れていたよ、と臨也は笑った。泣き笑う臨也に、新羅は指摘しようか迷って、結局視線を逸らした。
「君の慧眼には恐れ入るね。ちなみに、何を考えていたか聞きたいかい?」
「全然」
 臨也が声を押し潰して否定したので、新羅もそっと骨のこぎりを手放した。臨也は寒冷刺激に素直に泣いてしまうほど、どうしようもないほどにただの人間だった。


作品名:朗読 作家名:窓子