いつか愛になる日まで
まとめあげている髪の毛をグイッとひっぱられた。思わず「うぉっ」と声を出して後ろに仰け反る。
「こら! ナルト! やめろって言っただ・・・ろ・・・えっ!」
勢い良く振り向いたイルカの前でちょっと困ったように苦笑しているのは、ナルトではなくその担当上忍だ。誰でも知ってる銀の髪。
「えっ?」
信じられなくて、もう一度驚いたイルカにカカシは顔の前で手を合わせて柔らかく言った。
「すみません、先生。ナルトに引っ張るといいって言われて。やっぱからかわれたかぁ」
そうして、もう一度カカシは謝った。軽くだったが丁寧に頭まで下げられて慌てる。
「いえっ、あのっ、すみません。こちらこそ、ちょっと驚きすぎました」と答えながら、イルカは『あんにゃろ!』とこっそりこぶしを握った。ナルトはいらないとこまで元気がありすぎていけない。
目の前の上忍は良くも悪くも里一番の有名人で、イルカとしては出来ればお近づきになりたくない種類の人だ。もちろん里の有能な忍として心強く、尊敬も憧れもしているが、それ以上に目立ち過ぎるのが嫌だった。
十秒話をするだけで、誰かしらに後から「話してたろ?」と言われる。そのうち返事をしただけでも「何話してたんだ?」と言われかねない・・・というか、実際昨日言われて呆れた。良い噂より悪い噂のほうが圧倒的に多い上忍にこの頃やたらと話しかけられて、誰に言われなくとも及び腰だ。
「家政婦のような女が欲しいと言っていた」とか「色気だけの馬鹿な女は嫌いだと吐き捨てたらしい」とか「告白する気なら面倒だから週一回全員で来いとのたまった」とかなんとか。どこを向いても女のことばかりで、いつ寝首をかかれてもおかしくないようなことを言い放っているらしいが、まぁカカシの寝首を取れる忍などいるわけがない。本当にそんなことを言ったのかどうかも謎だが、火のないところに煙は立たないことを考えると似たり寄ったりのことを言っているのだろう。
申し分のない実力を考えれば選り取り緑の恵まれた環境にいることは文句のつけようもないし、文句をつけようとも思わないが、人間としての価値が下がるようなことを言うのはどうかと思うし、その考え方についていけない。忍としての枠を取っ払ってしまえば人間としては胡散臭すぎて信用できず、気が合うとも思えない。
自慢じゃないが地味さには自信がある。いまさら華やかに生きたいとは思わない。自分の分はわきまえている。穏やかで、時々人を羨ましがる平凡な人生で十分だ。
対極にいるはずのカカシと交流を持つのはどちらかと言うより思いっきり腰が引けているイルカだったが、そんなことには気づきもしないだろう上忍に事あるごとににこにこと話しかけられ、最初は体もビクリと動揺していたが、それでもこの頃ではこっそり胸の内でため息をつく程度には進歩した。
「あの・・・それで?」
恐る恐る用件をうながすと、「ああ、はい」とまたにっこり笑う。このまるで音が聞こえてきそうなほどの「にっこり」が曲者だ。片目を隠して、口を隠して、さらには鼻まで隠しても笑っているのがわかる。
いったいこの人は何が楽しくてこんなに笑うのだろう。自分はちっとも楽しくないし、それどころか呼び止められるたびに何かやらかしたのかとおっかなびっくりだ。その心情が無意識に眉間にしわを寄せ微妙に困った顔をさせるのだが、それにイルカは気づいていない。そのことがまたカカシの笑みを深くさせるのだけれども、もちろんそれも知らない。笑顔のカカシを少々迷惑そうに眺めているだけだ。
「飯、食いに行きませんか、今夜」
「は・・・、今夜も・・・ですか」
半ば呆れたような声が自分の口からこぼれてもそれは仕方ないのではないかと、ともすれば引きつりそうな顔を精神力でもって必死に押さえイルカは思う。
「あの、昨日も、その前日も、そのまた前も、思い違いでなかったらその前もご一緒させていただきましたけど・・・」
「ええ、それは思い違いじゃないですねぇ。で、今夜はいかがですか」
・・・って、それってどうなのよと胸のうちで一人でつっこむイルカをよそにカカシはまたにっこり笑った。軽く肯定されて、少しばかり呆然としたイルカだったが、それでもおずおずといつもの疑問を口にした。ここ最近毎日口にする言葉だ。半分念仏を唱えているような気分になる。
「あのぉ、何かお話があるのでしょうか」
「大事なお話は今のところないですがどうでもいい話なら山ほどあるんですよ」
「は・・・そうですか」
答えながら、一体全体この人はなんなんだとイルカは諦めとともに思う。どうしても不愉快になっていく気分を落ち着かせるために、一瞬目をつむる。ここ数日で意思の疎通を図ることは放棄したが、せめて理解できる言葉を話して欲しい。目を開くと何も考えていないような上忍の目が自分を見ていて、がっくりする。
どうでもいい話ってなんなわけ? どうでもいいって言うならどうでもいいんだろ? なんで飯食いに行かなきゃなんないんだよ。
思わずイルカは前髪をかきむしった。
・・・・・・ああ、でも。ああ! でも。この人は上忍なんだ。
イルカは気づかなかったが十分に恨めしげな視線をチロリと上忍に向けると、クスリと笑われ、瞬間ムッとした。
自分がこの誘いを断れないことをこの人は気づいている。なんて性質の悪い。
上忍の、その中でも1,2を争う里の英雄の誘いをたかが中忍が断れるわけがない。大勢が誘われれば一人くらい断っても目立たないだろうが、自分一人が誘われてそれを断るのは無理だ。さらにはくノ一たち女性陣の絶大な人気を誇るこの上忍に失礼な振る舞いをしようものなら、明日からの仕事はきっとやりにくくなることは容易に想像がつく。
まったくどうしてこんな、わざわざアカデミーまで来て誘うんだろう。せめて一人のときに来てくれればいいのに、よりによっていつでも真昼間で、アカデミーの廊下だ。子供も通れば、教師も、事務員も、ときには生徒の親だって通るこんな廊下で、「飯食いましょう」って・・・なんてくだらない。そんなことを言うためにわざわざ足を運ぶのか? こんなところまで? 上忍が? 勘弁してくれ。
あいつも、こいつも、そいつもみんな見てる。それでなくても毎日毎日誘われて、いろんなとこから矢のように飛んでくる質問に何一つ答えられないと言うのに。痛くもない腹まで探られて、最近どうも胃の調子が悪い。あ、なんか今もキュッてしたような。
「で、今夜はお暇でしょうか」
礼儀正しく敬語で誘い、礼儀正しく相手の返事を待ち、返事もしない不敬な自分の質問に礼儀正しく答えるこの上忍にまさか嘘もつけず、かと言ってごまかすこともできず「はぁ」と曖昧にうなずくと、またまたにっこり笑われて、
「はぁぁ」
今度こそ抑えきれない小さなため息が口から漏れた。
「では、後ほど」
そう言うと何事もなかったかのように背を向ける上忍は、好奇の視線を物ともせず猫背気味にスタスタと歩き去る。
「こら! ナルト! やめろって言っただ・・・ろ・・・えっ!」
勢い良く振り向いたイルカの前でちょっと困ったように苦笑しているのは、ナルトではなくその担当上忍だ。誰でも知ってる銀の髪。
「えっ?」
信じられなくて、もう一度驚いたイルカにカカシは顔の前で手を合わせて柔らかく言った。
「すみません、先生。ナルトに引っ張るといいって言われて。やっぱからかわれたかぁ」
そうして、もう一度カカシは謝った。軽くだったが丁寧に頭まで下げられて慌てる。
「いえっ、あのっ、すみません。こちらこそ、ちょっと驚きすぎました」と答えながら、イルカは『あんにゃろ!』とこっそりこぶしを握った。ナルトはいらないとこまで元気がありすぎていけない。
目の前の上忍は良くも悪くも里一番の有名人で、イルカとしては出来ればお近づきになりたくない種類の人だ。もちろん里の有能な忍として心強く、尊敬も憧れもしているが、それ以上に目立ち過ぎるのが嫌だった。
十秒話をするだけで、誰かしらに後から「話してたろ?」と言われる。そのうち返事をしただけでも「何話してたんだ?」と言われかねない・・・というか、実際昨日言われて呆れた。良い噂より悪い噂のほうが圧倒的に多い上忍にこの頃やたらと話しかけられて、誰に言われなくとも及び腰だ。
「家政婦のような女が欲しいと言っていた」とか「色気だけの馬鹿な女は嫌いだと吐き捨てたらしい」とか「告白する気なら面倒だから週一回全員で来いとのたまった」とかなんとか。どこを向いても女のことばかりで、いつ寝首をかかれてもおかしくないようなことを言い放っているらしいが、まぁカカシの寝首を取れる忍などいるわけがない。本当にそんなことを言ったのかどうかも謎だが、火のないところに煙は立たないことを考えると似たり寄ったりのことを言っているのだろう。
申し分のない実力を考えれば選り取り緑の恵まれた環境にいることは文句のつけようもないし、文句をつけようとも思わないが、人間としての価値が下がるようなことを言うのはどうかと思うし、その考え方についていけない。忍としての枠を取っ払ってしまえば人間としては胡散臭すぎて信用できず、気が合うとも思えない。
自慢じゃないが地味さには自信がある。いまさら華やかに生きたいとは思わない。自分の分はわきまえている。穏やかで、時々人を羨ましがる平凡な人生で十分だ。
対極にいるはずのカカシと交流を持つのはどちらかと言うより思いっきり腰が引けているイルカだったが、そんなことには気づきもしないだろう上忍に事あるごとににこにこと話しかけられ、最初は体もビクリと動揺していたが、それでもこの頃ではこっそり胸の内でため息をつく程度には進歩した。
「あの・・・それで?」
恐る恐る用件をうながすと、「ああ、はい」とまたにっこり笑う。このまるで音が聞こえてきそうなほどの「にっこり」が曲者だ。片目を隠して、口を隠して、さらには鼻まで隠しても笑っているのがわかる。
いったいこの人は何が楽しくてこんなに笑うのだろう。自分はちっとも楽しくないし、それどころか呼び止められるたびに何かやらかしたのかとおっかなびっくりだ。その心情が無意識に眉間にしわを寄せ微妙に困った顔をさせるのだが、それにイルカは気づいていない。そのことがまたカカシの笑みを深くさせるのだけれども、もちろんそれも知らない。笑顔のカカシを少々迷惑そうに眺めているだけだ。
「飯、食いに行きませんか、今夜」
「は・・・、今夜も・・・ですか」
半ば呆れたような声が自分の口からこぼれてもそれは仕方ないのではないかと、ともすれば引きつりそうな顔を精神力でもって必死に押さえイルカは思う。
「あの、昨日も、その前日も、そのまた前も、思い違いでなかったらその前もご一緒させていただきましたけど・・・」
「ええ、それは思い違いじゃないですねぇ。で、今夜はいかがですか」
・・・って、それってどうなのよと胸のうちで一人でつっこむイルカをよそにカカシはまたにっこり笑った。軽く肯定されて、少しばかり呆然としたイルカだったが、それでもおずおずといつもの疑問を口にした。ここ最近毎日口にする言葉だ。半分念仏を唱えているような気分になる。
「あのぉ、何かお話があるのでしょうか」
「大事なお話は今のところないですがどうでもいい話なら山ほどあるんですよ」
「は・・・そうですか」
答えながら、一体全体この人はなんなんだとイルカは諦めとともに思う。どうしても不愉快になっていく気分を落ち着かせるために、一瞬目をつむる。ここ数日で意思の疎通を図ることは放棄したが、せめて理解できる言葉を話して欲しい。目を開くと何も考えていないような上忍の目が自分を見ていて、がっくりする。
どうでもいい話ってなんなわけ? どうでもいいって言うならどうでもいいんだろ? なんで飯食いに行かなきゃなんないんだよ。
思わずイルカは前髪をかきむしった。
・・・・・・ああ、でも。ああ! でも。この人は上忍なんだ。
イルカは気づかなかったが十分に恨めしげな視線をチロリと上忍に向けると、クスリと笑われ、瞬間ムッとした。
自分がこの誘いを断れないことをこの人は気づいている。なんて性質の悪い。
上忍の、その中でも1,2を争う里の英雄の誘いをたかが中忍が断れるわけがない。大勢が誘われれば一人くらい断っても目立たないだろうが、自分一人が誘われてそれを断るのは無理だ。さらにはくノ一たち女性陣の絶大な人気を誇るこの上忍に失礼な振る舞いをしようものなら、明日からの仕事はきっとやりにくくなることは容易に想像がつく。
まったくどうしてこんな、わざわざアカデミーまで来て誘うんだろう。せめて一人のときに来てくれればいいのに、よりによっていつでも真昼間で、アカデミーの廊下だ。子供も通れば、教師も、事務員も、ときには生徒の親だって通るこんな廊下で、「飯食いましょう」って・・・なんてくだらない。そんなことを言うためにわざわざ足を運ぶのか? こんなところまで? 上忍が? 勘弁してくれ。
あいつも、こいつも、そいつもみんな見てる。それでなくても毎日毎日誘われて、いろんなとこから矢のように飛んでくる質問に何一つ答えられないと言うのに。痛くもない腹まで探られて、最近どうも胃の調子が悪い。あ、なんか今もキュッてしたような。
「で、今夜はお暇でしょうか」
礼儀正しく敬語で誘い、礼儀正しく相手の返事を待ち、返事もしない不敬な自分の質問に礼儀正しく答えるこの上忍にまさか嘘もつけず、かと言ってごまかすこともできず「はぁ」と曖昧にうなずくと、またまたにっこり笑われて、
「はぁぁ」
今度こそ抑えきれない小さなため息が口から漏れた。
「では、後ほど」
そう言うと何事もなかったかのように背を向ける上忍は、好奇の視線を物ともせず猫背気味にスタスタと歩き去る。
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける