いつか愛になる日まで
残されたイルカはつかの間その後ろ姿を呆然と見つめるが、それも突き刺さる好奇の視線にハッと気を取り直す。そして大急ぎで受付に向かうのはいつものことで、皆の興味を一身に背負う上忍の噂は目も回る速さで駆け巡り、どうせ受付に座ったら座ったで同僚たちはもちろん受付を訪れる忍たちにも何かしら言われるのだろうと気を重くするのもいつものことだった。
「あぁ、まったく・・・やってられないよ」
初めて食事に誘われたのはちょうど1週間前の昼間だ。陽も高かったから2時か3時で、受付には任務報告書を提出しに来る忍もぱったりと途絶えていたから、同僚たちと3人軽く喋りながらアカデミーの小試験の採点をしていた。出来の悪さに泣きたくなるなどと軽口をたたいたりしていた。
そこにふらりとかの有名な銀髪上忍がやってきたら自分でなくても驚くし、実際みんな驚いていた。その上、報告書を提出するでもなく
「ちょっと休ませて」
どっかりソファに座り、天井に向かって大きく深呼吸したかと思うと寝息が聞こえてきたときには、話をすることはおろか、誰もがピキンと固まり身動きも出来なくなった。
そのまま10分が過ぎた頃、さすがにどうにかしてくれと顔を見合わせ眉を寄せる。
『どうすんだよ』
『しらねぇよ』
『あれ、はたけ上忍だろ?』
ようやく3人は読唇術で話を始めるが、なるべく空気が動かないように細心の注意を払う。寝起きが悪いとか良いとかそういう問題ではなく、上忍というだけで彼らには雲の上の人だからだ。そのうえ『はたけカカシ』ともなれば生きてる世界が違う。
「波風たてず、穏便に。黒でも白と言おう、明日のために」とは冗談交じりに中忍たちが口にする上忍たちを表すキャッチフレーズだが、彼らの微妙な立場を端的に表している。なんとも情けない話だが階級の差は絶対だ。いかんともしがたい。
『なんでここで寝てんの』
『知るかよ』
イルカでなくったって、そんなこと誰もわかるわけがない。
『上に上忍専用の待機部屋があるじゃん』
『だよな』
そこにガラリと音をたてて扉が開く。3人は「ひっ」と喉の奥で悲鳴を上げたが、固まった3人をドアに手をかけたまま不思議そうに見やった同僚は、3人の視線の先のソファに目をやると負けずおとらず「ひっ」と引きつった。
『しーっ』
必死で口元に指を立てる3人に同僚はコクコクと頷くと、そーっと扉を閉めた。
幸運なことにはた迷惑な上忍は起きることもなく、ソファの背に両腕をかけ上を向いたままピクリともせず穏やかに眠っていた。
『なに、なんで? どうなってるの?』
入ってきた同僚は目を白黒させていたが、そんなもん最初っから誰にもどうなっているのかわからない。突然やって来たのだ。とにかく静かにしているしかないと4人はじっと椅子に座り続ける。
『そういや、はたけ上忍って任務帰りだ』
思い出したかのように言う同僚に目を見張った。
『えっ、そうなの?』
『そういや見かけなかったよな、ここんところ』
『特別任務だったらしいよ。詳しいことは例によってこっちにゃわかんねぇけど』
『ふぅん』
4人はなんとなく上忍を見つめるが、話ができないのでまたお互いの顔を見ることになる。
『さすがだな』
『怪我もしてなさそうだし』
『疲れてるんだろうなぁ』
『じゃなきゃ、あのドアの音で目が覚めてるよな』
そうして、また4人は上忍を見つめる。
どの任務も守秘が絶対だが、その中でもさらに守秘性の高い上忍クラスの任務は火影自ら、または参謀クラスが直接任務命令を下し、報告も受付を通さず直接行うため下々の者には彼らが何をしているのかわからないことがほとんどだ。特にカカシは暗部出身ということで、かなり難度の高い任務が与えられていることは想像に難くない。
そのため接点もない里で1,2を争う上忍の身の上はちょっと謎だ。何の役に立っているのかわからない口布はめったに外さないし、それでも例えば食事のときなどは外すのだろうがそれ自体を共にすることのない中忍たちが口布を外した姿を目にする機会はないに等しい。噂の車輪眼となるとさらに目にする機会は皆無だ。本当に赤いんだろうか。
小さくため息をついて机に肘をついたイルカは遠慮なくジロジロと里が誇る上忍を見つめる。こんなチャンスはめったにない。同僚たちもそう思っているのか無言で見つめている。
ちょっと珍しい銀髪はなんだか硬くて冷たそうだと思った。鼻はなかなか高いな。耳は普通か。指は器用だろうが見ただけじゃわからない。あの手でクナイを投げるのか。へぇ、猫背だから気づかなかったけど意外にこの人背が高い。ちゃんと鍛えた体してるなぁ、無駄な肉がないって感じだ。ふぅん。
ちょいちょいと袖を引かれて、隣に顔を向ける。
『いい顔してるよなぁ』
『・・・半分以上顔が隠れてるってのに何がわかるんだよ』
呆れたようにイルカは同僚を見たが、他の同僚たちはうんうんと頷いている。
『イルカも聞いてるだろ、モテてモテて仕方ないって話』
『どーにもこーにも良くない噂ならな』
『仕方ないべ。女は顔とステイタスには弱い』
肩をすくめた同僚に頷くもう一人の同僚はポロリと本音だか冗談だかを口にする。
『男だってステイタスには弱いかもなぁ。俺、紅さんならいいかも』
『・・・・・・お前、大丈夫か?』
弱い男は嫌いだと豪語している紅のことを冗談まじりとは言え、口にする同僚にイルカは呆れた。他の同僚たちからも『俺らが相手にされるわけないだろう』と責められている。
結局そういうことなのだ。力の差は階級に比例し、階級は恋愛に関係する。どれほど高嶺の花に憧れていても、付き合ったり結婚したりするのは自然と誰もが自分につりあう相手になるから不思議だ。だからまれにそれに反するような組み合わせが現れたりすると、羨んだり、妬んだり、冷やかしたり、祝福したり、夢見たり、それはもう上へ下への大騒ぎだ。
『俺さー、この前、はたけ上忍が告白されてる場面にばったり出くわしてさー』
マジ焦ったと身振りで伝えてきた同僚にみんなが一様に驚き身を乗り出す。
『それでどうなったんだよ』
『噂どおり』
肩をすくめて答える同僚に、残りはやっぱりねぇと小さくため息をついた。
『勝手にすればってばっさり。気が向いたら抱いてやるよって。あの人、笑ったんだぜ。絶対俺に気づいてた。目あったもん。あーマジ焦った』
『すっげー』
『気が向いたら抱いてやる・・・だぜ?』
『俺も一度でいいから言ってみたい』
『言えるか、そんなこと』
『その前に告白してくる物好きもいないだろ』
イルカの言葉に随分思い当たることのある面々だったが、認めるのは癪なので揃ってイルカを睨んだ。
『お前はいいよ。ミズナちゃんとラブラブなんだろ』
『あ、それ禁句。先週フラレてやんの、こいつ。けけっ』
『うわ、マジ? 馬っ鹿だなぁ』
『もったいなー。あの巨乳』
バーカ、バーカと子供のように三人は一緒に口をそろえだした。
『お前ら、ガキかよ。人のことだと思って』
『人の不幸は蜜の味〜』
『それにしても馬鹿だ、お前は』
『あのな、フラレた俺が馬鹿ならあのやりたい放題の上忍はなんなんだよ』
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける