いつか愛になる日まで
「しかし、一番年の若い忍だけは彼女が忘れられず、仲間に黙ってその後何度も忍び込みました。男は20にもなっておらず、24の格子にとっては子供で、男と同衾している場所に忍び込んでくる大胆さとは反対に言葉も発せずに去っていくため彼女もどうしていいかわからなかったようです。危害を与えられるわけでもなかったですし、せいぜい月に1度、多くて2度現れ、女性の好きそうな可愛らしい菓子や髪飾りを残していくだけでしたので、店の主人に言うには不憫だと思ったのでしょう、黙ったまま1年が過ぎました」
そう言って、話し疲れたわけではないだろうにカカシはため息をついた。
「その間に二人の関係は進展し、彼女が客を取らない日には同衾するまでになっていました。自分の顔を見るだけに忍んでくる男にほだされた形です。男はのめりこみました。訓練を受けた忍とはいえ、まだ若いですから女の色香に迷うのは仕方なかったのかもしれません。胸に荒れ狂う恋心を聞いてもらう相手もいなかったことでしょうしね」
『胸に荒れ狂う恋心』などという表現をするなんて、この人もそんな時期があったんだろうか。ラブなんて軽く口にしていたのに? イルカは横目でそっと隣を伺ったが、カカシは真っ直ぐ天井を見つめたままで、何を思っているのかわからなかった。
「そんなある日、男の国でクーデターが起こりました。国主に軍部が刃向ったんです。忍は国主側についていました。男の国では忍は国主直轄だったんです。この内乱は各地に飛び火し、他国をも巻き込み始めました。木の葉も例外ではありませんでした」
イルカは記憶を探ったが木の葉が騒乱で浮き足立った時期に思い当たらず眉を寄せた。それに気づいたかのような言葉がカカシの口から放たれる。
「その兆候が見え出した頃に木の葉は動きました。国境を封鎖し、警備を厳しくしてほとんど鎖国状態にしたんです。極端に情報は制限しましたが、混乱を避けるため平時と変わらぬよう細心の注意が払われました」
「それはいつのことですか?」
「昔々のことですよ」
イルカは思わずカカシの顔を見たが、にっこり笑ってごまかされた。里の重要事項が上層部にしか知らされないことは多々あるとわかっているけれども、カカシはまさにその上層部という階級に属しているのだと思い、そんな人が自分の部屋でくつろいでいたり、酔っ払っていたりするのは不思議な気がした。
スイッと視線を天井に戻してカカシは続けた。
「内乱は長引き半年を過ぎた頃には男の国はすっかり疲弊していました。まわりの国々は虎視眈眈と国土拡大を狙っていましたが、思ったより激しい内乱に自国が巻き込まれることを防ぐことが先決でした。どの国にもたくさんの難民が押し寄せましたから」
いつでも一番被害をこうむるのは一般人です、とカカシは言い、少ししてから迷惑な話ですよね、と責任を感じているかのように口にした。
「そんなときでも男は女の元に通い続けました。誰にも見られずに他国の娼館に通うのは至難の業でしたが男はやってのけました。そのうち内乱は徐々にクーデター側有利に傾きだしました。国主側がどのような手を打とうともまるで知っていたかのように阻止されることが多くなったんです。クーデターは成功だと誰もが思いましたが、今度は反対に国主側が優勢になりました。それが何度も繰り返されたんです。どちらでもいいから争いが終わって欲しいと誰もが思っていました。もうかれこれ1年も内乱が続いていたからです。食糧も底をつき、限界でした」
話は終わる兆しもなく、イルカがチラリと見た時計は11時半を過ぎていた。
「木の葉も里内での情報操作に限界がきていました。他国で内乱が起こっている情報は流してありましたが、泥沼化していることや鎖国状態になっていることはあえて伏せていました。その頃の木の葉は平穏というわけでもなかったからです」
『平穏』。
その言葉が似合う時期があっただろうか。あったとしても、いつもつかの間で終わる。
カカシさんの名がこれほどまでに他国に響き渡っているのは平穏ではないからだ。不穏であればあるほどこの人は働かなくてはならない。能力が高いがゆえに、誰よりも危険な任務が与えられる。たいした力のない忍なら危険な目にあうこともないと自分を省みれば皮肉な話だった。
「火影様はこれ以上の内乱は木の葉にとりかえしのつかない悪影響を与えると判断し、どの国にも内密に内乱を終わらせることにしました。木の葉が関わることが知れると、内乱どころか多くの国を巻き込んだ戦争になってしまいますから。立派な内政干渉ですしね」
喉が渇いたのか、カカシは軽く咳払いをした。
「調査の結果、内乱の長期化にはあの格子が関係していることがわかりました。彼女にはそうしてしまった理由が2つありました。後からわかったことなんですけどね。まず彼女は男と同じ国の出身であったこと。親が娼館に売ったことを仕方ないと思いつつもずっと恨んでいたんです。故郷など滅んでしまえばいいと男を利用してクーデター側に情報を流し、クーデター側が勝利しそうになると男にさりげなく情報を流しました。そうやって内乱を長期化させていたんです」
カカシは一切私情を口にすることなく、あったことだけを淡々と述べているのだろう。口調からはどのような感情も伺えなかった。
「火影様はすぐに彼女を始末することにしました。キーパーソンということはもちろんでしたが、なんと彼女は木の葉が味方につけていた情報提供者だったんです。彼女の暴走は許されないことでした。ぐずぐずしていると木の葉まで標的にされると危惧した、というより里にとって彼女の存在が邪魔になったのでしょう」
過ぎたこととはいえ、このようなことを詳しく話して良いのだろうか。躊躇なく話すカカシに少し不安になる。
『昔々のこと』とカカシさんは言ったが、たぶんそんなに昔のことじゃない。思えば天災があったわけでもないのに物価が上昇した時期があった。任務内容が増えたわけでもないのにあれこれと火影様に言いつけられ、上層部は誰もが無表情で奇妙に静かだった。あれはいつだったか・・・・・・。
「彼女には好きな男がいました。18のときに情報提供者になるよう説得した忍です。自分より7つも年下の子供でした。彼女は年に2,3度都合の良い時しか現れない男をひたすら待ち続けていました。だから、他国の男にも同情したのかもしれません」
きっと最初はそんな気持ちはなかったんだと思うんです、11歳の子供を好きになるなんて考えられないでしょうとカカシは言った。
男は夢を見ているが女は現実を見ていると考えれば、18の女が11の少年を好きになるのは確かに考えにくい。しかし、特殊な状況で出会った自由で冷たい子供に、囲われて身動きもならない情の深い女が惚れることはある。たとえそれが最初は子供を見守るような母性愛だったとしても。
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける