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チョコの捨て方

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ずっと好きだった。
もう何年も何年も前から。もしかしたら、会ったその日から。
それくらい前から好きだったから、膨張し続けてはちきれそうになったこの気持ちを、いい加減俺の中から解放してやろうと思う。ずっと閉じこめられてちゃ、こいつも窮屈だろう。
もう高校3年だ。
あいつは野球で有名な大学に推薦で行くらしい。俺は別の大学の医学部だ。春になったら、離ればなれになってしまう。小さいときからずっと一緒にいたのに、会えなくなってしまう。
だから、今のうちにこの気持ちに区切りをつけないと駄目なんだ。

俺がもし女だったら、毎年さぞ麗しいバレンタインだっただろう。でも俺は男だから、いつまでたっても、2月14日は平日だった。
だけど今年は違う。
バレンタインデーにするんだ。
そうしないと前へ進めない。受け取ってもらえるなんて思ってない、気持ち悪いと捨てられるのが前提でいい。ずっとずっと胸の中にしまっていたこの大切な思いを、あいつに届けるだけでいい。

そんな大切な思いが詰まっているはずの大事なチョコレートは、なぜか可愛い包装もピンクのリボンもない、地味でありふれた板チョコの姿をして俺の視線を受け止めている。
昨日女子に聞き出した、バレンタインのチョコレートが売っているデパートに行ってはみたものの、丸いのや三角のや、赤かったり黄色かったりカラフルだったり、大きいものから小さいものまで高かったり安かったり、ラッピングも数えるのが億劫になるほど色々あって、見ているうちに疲れてしまって、何も買わずに店を出てしまった。帰りに寄ったコンビニで見たこの板チョコがなんだか俺みたいで、これでいいかと思って買って帰ってきた。
俺にはこれがちょうどいい。チョコレートには違いないのに、特別なときに見向きもされずぽつんと寂しく置かれているようなこいつがぴったりだ。
チョコレートの見た目なんて関係ない、大切なのはチョコレートに詰まった気持ちなのだから。

そう自分を励まして、チョコレートをカバンに入れて、朝の冷えた空気が溜まる階段を下りた。既に初音が朝食を食べ始めている。ランドセルの横にはいかにも小学生らしくカラフルにラッピングされた小袋が手提げ袋にいくつも詰めてあって、それは昨日母親と作っていたものと一致した。
「おはようお兄ちゃん!おみそ汁冷めちゃうよ」
「おはよ。なんだよ、そのチョコの山。友チョコか?女の子も大変だな」
「お兄ちゃんは友チョコあげないの?」
「……男がチョコ渡し合っても気持ち悪いだろ」
自分で言って少しばかり気が沈んだ俺をよそに、初音は確かに、と高い声でキャッキャと笑ってご飯を食べこぼした。母親に怒られてもなお笑っている。俺はそこまでおもしろいことを言っただろうか。

中途半端にぬるい噌汁は、戦に出る武士のように緊張した俺の頭を揉みほぐしてはくれなかった。ものすごくゆっくり食べたつもりなのに、いつも通り先に食べ始めた妹より早く食器が片づいた。玄関に一歩近づく度に、外に出るのが怖くなる。
このまま休んでしまえば。
チョコレートを渡さなければ。
そんな思いはもう捨てなければいけない。今まで散々そうやって先延ばしにしてきた。今年こそチョコレートを渡すと決めたのだ。

今日はバレンタインデーなんだから。


「よう、音無!おはよ!」

心臓が飛び跳ねた。俺の胸から飛び出して、どこかへ飛んでいってなくなってしまうかと思った。そんな俺の驚殺も知らず、日向はいつもより浮かれた声で毎年お決まりの同じようなセリフを言う。
「今日はバルェンタウィンだなあ!今年は誰から何個チョコが貰えるかな!お前はどうせたーくさん貰うんだろ!爆発しろぉ!」
「はいはい」
日向は改札を抜けながら、去年俺が誰からチョコを貰ったかを恐ろしいほど鮮明に説明し始めた。けれど、正直あまり覚えていないから日向の話す内容が合っているのかわからない。
それに俺は今立っているのに精一杯だ。胸が苦しくて倒れそうで、放課後までもつかわからない。会っただけでこれなら、チョコレートを渡すときは一体俺はどうなってしまうのだろう。

「……音無?どうした?大丈夫か?」
「……えっ、うぁ…」
視界を感覚のメインに戻すと、日向が俺の顔を心配そうにのぞき込んでいた。具合が悪いのかと問う日向の声の後ろには、電車の到着を知らせるアナウンスが流れていた。
「な、なんでもない!ちょっと考え事してた」
「なんだよう、去年のバレンタインもボーっとしてたぞ、お前。さては彼女とデートか?俺に紹介しろよ」
「彼女なんていねーよ。ていうか、よくそんなバレンタインのこと覚えてるな」
「バレンタインのこと覚えてるっつーか、覚えてるのはお前のことだな」

電車が音をかき消した。
俺は聞こえないフリをした。日向は笑って何でもないと言って、我先にと電車に乗り込んだ。
俺はもう、昼休みあたりにダウンしてしまうかもしれない。


学校に着いてからはなるべく寝たフリをした。1時間目や2時間目の合間には日向が構ってほしいのか起こしてきたが、徹底して眠いフリをして机に突っ伏しているとやがて肩を揺らしてはこなくなった。それは日向の優しさなんだと分かってはいるけれど、反面寂しく感じてしまう俺はまったくわがままだと思う。
チョコレートを渡すのは放課後だ。本来なら3年はもうとっくに部活を卒業しているが、推薦でいわゆる勝ち組の日向は今も野球部に顔を出して後輩にちょっかいをかけている。部活へ行くのは週3回、月水金。部活を終えて校門から出てきたところを捕まえる。俺と日向の下校時間が違う以上こうするしかない。なんだかすごくレトロでベタな方法だが、いい方法だからこそベタなのだ。と、以上が昨日布団の中で出した結論だ。

しかし本番前に前座が来てしまった。
昼休みだ。

「音無おはよう!弁当食おうぜ!」
「……ん」
「昨日夜更かしでもしたのかあ?バレンタインが楽しみで眠れなかったとか」
ある意味合っている。
「……お前じゃないんだからそんなんじゃねえよ」
「なにをう!俺は逆だ、寝坊しないために昨日はいつもより早く寝た!」
「アホ日向」

気が気じゃなくてドキドキしてる俺と、日向と話してることでほっとしてる俺がいる。昼休みなんて早く終わってしまえと願う俺と、このままずっと他愛のないことを延々と話していたいと思う俺。
もしかしたら、こうやってバカみたいなこと話して笑い合えるのはこれが最後かもしれない。明日には、別々に登校して一言も話さなくなっているかもしれない。
だっておかしいだろう。
俺は男で、日向が好きで、日向も男なんだから。

「音無くん、2組の子が呼んでるわよ」

ゆりが突然俺の名を呼んだ。駄目だ、今日の俺はボーっとしすぎている。もっと普段通りに振る舞わなければ、日向に怪しまれてしまう。
「早速かよ!音無、お前は俺にどれくらい嫉妬されれば気が済むんだ!」
「知るか、俺に害はない」
悔しそうな日向に背を向けて教室の出入口へ向かうと、朝会や集会なんかで見た覚えのある女子が手を後ろに回して待っていた。
「あの、2組の小向智夏って言います!その、これ受け取ってください!」
「待って、場所を変え……」
「付き合ってください!」
作品名:チョコの捨て方 作家名:なこか