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チョコの捨て方

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クラスと周辺廊下が静まり返る。自分でも予想以上に声が大きくなってしまったらしく、小向さんとやらも言ってから恥ずかしそうに俯いてしまった。

差し出されたチョコレート。俺のカバンに眠っているみすぼらしいものとは違う、可愛い包装紙とオレンジ色のリボンで彩られた、綺麗な綺麗なチョコレート。
これは想いだ。
俺に向けられた気持ちだ。
俺はこれに答えなければならない。私はあなたが好きなんです、あなたは一体どうなんですか、そう訊かれているのだから。
訊かれたことには答えなくてはいけない。たとえその答えが、この子にとって残酷なものであろうとも。
「……ありがとう、嬉しいよ」
受け取ったチョコレートは重かった。きっと昨日の初音みたいに頑張って作ってくれたのだろう。その苦労が報われるのかと、俯いていた顔は嬉しそうに俺を見た。
「でもごめん。付き合えない」
希望に照らされかけていた瞳は一瞬停止して、すぐ前髪に隠れて見えなくなった。唇を噛みしめたから、綺麗だったリップグロスが艶を失った。
「……好きな人とか、いるんですか」
「…………ああ」

後ろの日向は、今どんな顔をしているだろう。

「でも俺は臆病だから、ずっと告白できなかったんだ。こうやって素直に好きだって言える君が羨ましいよ」
長い髪。くびれた腰。曲線で形どられた細い足。俺がもしこれを持ってたら、日向はあんなチョコレートでも受け取ってくれるのだろうか。
今まで幾度も考えたことで、考えるだけ無駄なことだと、分かってはいるけれど。


「おかえりモテ無くん」
「突き飛ばすぞ。ていうかそれじゃなんか逆にモテないみたいだろう」
「音モテくん」
「屋上から突き落とすぞ」
「どちらにせよ突かれるのかよ」
日向は俺が貰ってきたチョコレートを見てニヤニヤしている。いつもと何も変わらない、飄々とした様子で、訊いてきた。
「で?お前の好きな子って誰」
悪戯っぽい笑顔で、いつもみたいに。
探っている人物は自分だとも知らないで。
俺の気持ちなんか知らないで。
「……誰でもいいだろ」
「なんだよそれ!何年一緒にいると思ってんだよ!教えてくれたっていいだろ」
「ここで言うと人に漏れるだろ」
「じゃあ今からメールで送れ」
「断る」
「じゃあ夜に!」
「……しつこいな」
俺の声色が本気で怒っているときのものだと察した日向は、それ以上追求してこなかった。適当に会話を切り上げて、空になった弁当箱を元の形状に戻して、俺と向かい合う席を立ち教室を出て行った。俺は一人、貰ったチョコレートを見つめながら残りの弁当を片づけるために箸と口を動かした。


何やってんだ俺。
バカだろ。バカだな。
屋上から突き落とされるのは俺の方だ。
数時間後に告白しようって相手と普通喧嘩するか。しないだろう。しかも日向は悪くない。全部俺のせいだ。多分今この学校で一番バカなのは俺に違いない。
あのまま日向は昼休みが終わるまで戻ってこなかった。席が離れているから視線を交わすこともなかった。今日の部活が何時くらいに終わるか訊いておかなきゃいけなかったのに、これじゃ校門で待っていても日向に会えないかもしれない。
いくら自分を罵倒しても足りなくて、自習なのをいいことにまたひたすら机に突っ伏していた。日向が肩を揺すってくることはなかった。体調不良を心配したゆりが保健室へ行くことをすすめてくれたが、ずっと突っ伏していれば、勉強に打ち込む友達を邪魔すまいと大人しくなった日向が話し相手を求めて俺を起こしてくれるんじゃないかと、そんなバカらしい期待を捨てきれなかった。

結局HRまで日向が俺に話しかけてくることはなかった。寝ているフリをしてたからいけないのかと思って、続く6時間目はずっと起きていた。いかにも暇です的なオーラを出して、書けもしない落書きをノートの端に書きためて。でも今度は日向が机に突っ伏して、チャイムが鳴るまで起き上がらなかった。


放課後になった。
日向はHRが終わると俺の肩を後ろからポンと叩いて、そのまま振り向かずに前を歩いて教室を出て行った。いつも別れの挨拶と一緒にやるものだ。要するに日向は、今日はもう俺と会うつもりはないということだ。
最低だ。
もういやだ。
どうしてこうなったんだろう。
カバンに入りきらないくらいチョコレートを貰えても、俺は好きな人に板チョコひとつ渡せやしない。それどころか自分のせいで喧嘩する始末だ。
自分でも不得意なことをしている自覚はある。なんでこんなことしてるんだと思ったことなんて星の数ほどある。それでも精一杯考えて頑張ろうと思ったのはどうしてなんだっけ。頑張ろうと思ってるのはなんでなんだっけ。



涙が出てるのかと思って、頬を触って確かめた。頬は濡れてなんかいなかった。
泣くにはまだ早い。今日やらなければいけないことをまだ何ひとつやっていない。

マフラーを巻いて、カバンを持って、教室を出て階段を下りる。1階に近づくにつれ頬の感じる冷たさが増していく。その寒さがかえって俺の目を覚ましてくれているようで、だからバレンタインは冬にあるのか、なんて一人で勝手に納得してしまった。
外は一層寒かったけど、胸の鼓動の方が強くて、寒さと鼓動が混ざり合ってもうよく意味が分からない。この上雪まで降ってきたら、俺はハイテンションになって何かやらかしてしまうかもしれない。こんなに晴々しい気持ちの2月14日は生まれて初めてだ。

俺は日向が好きだ。
そして今日はバレンタインデーだ。
だから俺は日向にチョコレートを渡したい。
それは想いを渡すこと。
日向に訊くということ。
俺はお前が好きなんだ。
お前は一体どうなんだ、と。

答えはもう分かりきっている。頷いてくれるはずがない。俺のせいで、日向に昼休みの時の俺のような思いをさせてしまう。相手を傷つけると分かっていて好意をはねつけるつらさを日向に押しつけてしまう。俺なんかが日向を好きになってしまったから、好きなはずの日向につらい思いをさせてしまう。全部俺のわがままで。
だけど俺はもう決めた。日向に想いを伝えると。地味でありふれた、俺みたいなチョコレートで。
今まで散々日向のわがままを聞いてきたんだから、少しくらい俺からわがままを言っても許されるだろう。神様はそこまで不公平じゃないはずだ。
ただ一言、「ごめん」と言ってくれるだけでいい。それだけでもう満足だ。この恋を断ち切ることで、俺はいろいろなものから解放されると思うから。
まずは今日のことを謝ろう。そこから好きな人の話題に繋げる。その後は、口が動く通りに喋ればいい。
「……わ」
鼻に冷たい刺激が落ちる。見上げると、ふわふわと雪が舞っていた。
まさか本当に降るとは思わなかった。なんだか華のないチョコレートを少しでもおいしくしてくれているような気がして、すごく嬉しくなった。


薄暗くて寒い中を2時間ほど待っていたら、昇降口から日向が出てくるのが見えた。3年の下駄箱でロッカーから靴を取り出して、小さい頃からそうしているように乱暴に落としては足を器用に動かして片足ずつ履いていく。
作品名:チョコの捨て方 作家名:なこか