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チョコの捨て方

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今すぐ走り寄っていきたかったが、資料(母親から拝借した雑誌や人の少ない時間帯の本屋で立ち読みしたメンズファッション誌)によるとチョコを渡すのは校門の内側がベストらしい。衝動をこらえて、日向が俺に気づくのを待ってみた。

日向は俺に気づく前に、不意に後ろを向いた。
奥からピンクの長い髪を揺らした野球部のマネージャーが現れ、日向と何か話し始めた。そしておもむろにスクールバッグの中から何かを取り出して、日向の胸に押し込んだ。受け取らされた日向はプレゼントを空に掲げて観察した後にピンクの頭をわしわしと撫でた。マネージャーは怒ったような嬉しいような顔をして、日向に飛びついた後また校舎の奥へと消えていった。
日向はまんざらでもない表情で俺の方へ向かってくる。
左手に持っていたのは、ハート型のチョコレートだった。


「音、無……?」
「……っ!!」


踵を返して走るしかなかった。
2時間も突っ立ってただけのくせに、足も腕も軋むことなく素直に言うことを聞いた。しばらくはいつまでも走っていられる気がしたから、ただひたすら大通りを走り抜けた。

街ってこんなにうるさかったか。
雪ってこんなに冷たかったか。
恋ってこんなにつらかったか。

別に彼女がいてもいいじゃないか。気持ちを伝えられればいいんだから。いてもいなくても振られるのなら、いた方が日向にとっては幸せなことじゃないか。
だけど声なんか出なかった。カバンから何も出せなかった。だって日向が持っていたチョコレートのリボンがあまりにも可愛らしくて、模様の入った透明の袋が綺麗すぎて、ただコンビニで買っただけの板チョコなんてもう何にも思えなくて。
「ぅ…っく、ふぇ……」
付き合いたかったわけじゃない。両思いじゃなくていい。なのにどうしてこんなに悲しいのだろう。走っている間にも太い針が何本も胸に刺さって、痛みに耐えきれずについに立ち止まってしまった。

初めて買ったチョコレート。
家のゴミ箱には捨てられない。
初めて買ったチョコレート。
自分でなんか食べられない。
初めて買ったチョコレート。
他の誰かになんてあげられない。

カバンを整理できないまま家に帰る前に、近くの公園のベンチに座って空を見上げた。すっかり暗く塗りつぶされた空からは、相変わらずふわふわした白い雪が降り続けている。あんなにも愛らしかった雪が、今はこんなにも鬱陶しい。
「………」
ベンチの横のゴミ箱が目について、俺はカバンからチョコを取り出した。かじかんだ俺の手に握られた、何の変哲もないありふれた地味なチョコレート。
買ったときに思った通りだ。このチョコは俺にそっくりだ。

「……こんなものっ!!」

振り上げた手を動かせない。
俺にそっくりなこのチョコを、ゴミ箱の中に叩きつけることなんてできない。
捨てられるわけがない。
どこで買えばいいのかは友達が教えてくれた。
どうやって渡せばいいかは雑誌が教えてくれた。
でもチョコの捨て方は誰も教えてくれなかった。
行き場を失ったこのチョコレートは、一体どうすればいいのだろう。

「…ひなた…日向ぁっ…!」


「………音無」

心臓が止まるかと思った。まったく日向のせいで俺は何回心配停止またはそれ以上の致命的な臓器損失の危機に晒されているのだろう。
「ひな、た」
「そのチョコ、誰かにあげんの?」
「っこれは、違……」
「……俺にくれるんじゃないの?」
日向は一歩踏み出した。膝をついていた俺は思わず立ち上がり、日向との距離を保つために一歩下がった。
「音無……」
「来、るな……来ないでくれ、」
「音無」
俺の足にベンチが当たって、後ろへ転びこむようにベンチに尻餅をついた。
日向は俺の前まで来て、後ろからあのハート型のチョコレートを俺の前に差し出した。
「誤解があるみたいだから、先にそれを解いちまおう。これはただの義理チョコだ」
「……ハート型の義理チョコかよ」
俺が精一杯虚勢を張って睨み上げると、日向はチョコレートを裏返した。

袋の裏には青とオレンジのメッセージカードが貼り付けてあった。丸い文字で大きく書かれているのはLoveではなくてFightで、
“今年こそ音無先輩とラブラブですねっ!”
と書き添えてあった。

「な。義理チョコだろ」
日向は悪戯っぽく、それでいて優しく微笑んだ。
「……へ……」
メッセージカードにはなんて書いてあった?
俺とラブラブ?誰が?マネージャーが?なら日向にチョコレートを渡す意味なんてない。
渡された日向が?
俺と?
「……音無。そのチョコ、誰にあげるやつなんだ」
無意識に持つ手に力を込めていた、雪に濡れたボロボロのチョコレート。かっこ悪くて寂しげな、俺みたいなチョコレート。
「これ、は……その……」
「うん?」
「………ひ、日向に、あげようと思って」
頬を通る冷たい筋を、日向の温かい手が拭ってくれた。だから、もう我慢しなくていいんだと思って、涙腺の堰を全部取り払った。
「義理?本命?」
「っほ、ぅ……本、命……」
かじかんでもうあまり感覚のない右手を持ち上げて、うっすら積もってしまった雪をはらって、コンビニで買った、温かくもない、冷え切ったチョコレートを差し出して、日向のネクタイのあたりを見つめた。

「ずっと、ずっとっ……好き、だった」

雪まみれで、こんな公園のベンチにへにょっと座ってて、みっともなく泣きながら、日向に促されて、それでもようやく、俺の想いは外へと出ることができた。
ついに、やっと、解放してあげられた。

「……サンキュ。すっげえ嬉しい」

俺の右手からチョコレートが離れた。次の瞬間、体がふんわりと温かくなった。
日向は俺を抱きしめた。
「やっと言ってくれた。ずっと待ってた。何年も前から、バレンタインじゃなくても毎日毎日ずっと、お前が伝えてくれるのを」
「ひなた……」
「ごめんな。俺臆病だからさ、お前に嫌われるのが怖くて自分から言えなかった。音無も俺を好きだったらいいのにってずっと思ってたけど、お前が本当は俺のことどう思ってるのか分からなかったから」
「日向ぁ……」
「お前はすごいよ、音無。俺が怖くてできないことやっちゃうんだから。みんなも俺も惚れるわけだよ」
日向の肩が動いて、また二人の間には距離が生まれた。座っている俺に目線を合わせるように前屈みになったから、俺は日向のネクタイでもなく頭のてっぺんでもなく、俺を見ている目しか見ることができなくなってしまった。

「音無」
「……」
「好きだ。大好きだ。いや」

「愛してる」


日向は目を閉じた。
俺はとっさのことで、目を閉じる暇がなかった。



fin.
作品名:チョコの捨て方 作家名:なこか