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つわものどもが…■02

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なるほど、これが因果というものか…



02:体に刻まれた傷痕



「それ、」
背丈に合わない学習机におさまって足をぶらぶらさせていた子供が、その小さな手を俺の顔に伸ばしてきた。
父親の勤める会社の社長から頼まれた仕事は、病気治療で渡米していた社長令嬢が帰国したので勉強その他を見る事、だった。しかも社長宅であるこの屋敷に住み込みで、だ。大学にもこの屋敷から通う事になる。勉強はいいとして、その他、というのがどういった所まで含んでいるのか分からなかったが、しかし住み込みという時点で広範囲である事は覚悟していた。
いや、それよりも…
「何か、気になる事が?」
「ほっぺ」
大人より少し高い体温がペタリと顎先に宛がわれる。
「いたい?」
小さな顔の右半分を包帯で覆った己の方が痛々しそうでありながら、顕わになった左目を悲しそうに細めいてる子供に、俺は強面と自覚のある顔をなるべく穏やかなものにした。
「いいえ、政宗様」
触れたままの手を捉え、そのまま子供──政宗様が気にしている己の左頬に滑らせる。
「これは傷ではなく、痣なのです。ですから痛くはありません」
歳を追うごとに濃くなってきた頬の痣。それと比例するように、俺は無自覚の意識の底に潜在していた記憶を取り戻しつつあった。「俺」が「俺」である記憶を。
「I’m relieved,よかった」
にこり、と笑って俺が仕えるべき方は小さな頭を机に広げた学習ドリルに戻された。
幼い故だろうか、かつての猛々しい竜は未だ俺の前に姿を見せてはくれない。だが、俺はこの方に再び相見えた幸運に心を震わせた。
父からこの仕事の話を受けた時、この小十郎はようやく貴方様に会えるのだと歓喜しておりました。
「小十郎?」
鳶色の髪に覆われた頭がふわりと揺れ、政宗様が此方をご覧になる。俺は慌てて微笑を浮かべた。
「どうされました?分からないところが?」
その辺の子供にこの笑顔を向けたところで引かれるか、下手すると泣かれるところだろうが、政宗様は気になさらぬ様子で学習ドリルの行き詰った所を聞いてくる。見上げてくる隻眼が懐かしくもあり、寂しくもあった。
「これは、昨日お教えしたやり方で解けますよ」
助言すれば、
「Hmm,is that so…」
ボソリと呟いて、ドリルを遡って見返す。
同じ行動ではない筈なのに、何故か重なる面影。
「政宗様は、」
「ん?」
口をついて出た俺の言に反応して、くるりと首を巡らせた政宗様の屈託のないひとつ目。俺は不意に過ぎった問いを言葉に出来ず、口腔内に隠した。しかし、
「小十郎?」
先を促すように名を呼ばれ、深く息を吸い込んで意を固める。
「政宗様は、もう武芸はなさらないのですか?」
これは、エゴだ。
この幼子は、かつて俺が仕えていた主の魂を宿しながら、その器は真逆のものだった。しかし祖父殿の方針で男児に劣らぬような武芸の指導を受けていたらしい。
で、あれば。
俺はもう一度、この方がかつての主と同じではないと分かっていながら、あの剣を育ててみたい受けてみたいと思ってしまった。
「おじい様は、つづけなさいって。お父さんはオレの好きにしていいって言うし、お母さんはあぶないからダメって」
言って、政宗様は右目を覆う包帯に触れた。
幼児期より懸念されていた脳内の影が就学して間もなく悪化し、切除手術を受ける為に渡米されたと聞く。
脳の腫瘍が視神経を圧迫していたことから光を失った右目は、機能しない上に壊死の兆候が表れ周囲の健全な部位に悪影響を与える可能性が高くなったとやらで、摘出されたらしい。またこの世でも、独眼となられた。
「小十郎は、どっちがいいと思う?」
「政宗様はどのようにされたいのですか?」
「…わかんない」
考えあぐねて俯かれた、細い項を見下ろす。
体調の事もあり試験的に短い時間だけ通学されるようになったとは言え、まだ隻眼の感覚は掴めていないようで。転んだりぶつけたりするのだろう、腕や足に擦り傷をつくって帰られる事が日常茶飯事だ。
「いずれ、その包帯もとれましょう。慣れれば転ぶ事もなくなります」
「Really?」
ドングリのようなひとつ目が俺に向けられた。
「えぇ、そのように振る舞っていれば自ずと感覚もついてきます」
「…小十郎はときどきムズカシイことを言うから、分かんねー」
しまった、己の宿命を自覚した日から「竜の右目」の発露が急速に進んでいて、年の割に老成していると言われているのだった。
「転ばぬように、片目である事を他の感覚で補うように練習すれば……これも難しいですかね、」
どう言えばいいのだろう、やや困惑しつつ言葉を探していると、
「分かった!分かんないけど、分かった!」
子供らしい理屈でそう返された。
「小十郎は、剣道とか合気道とか、つよいか?」
「そうですね、中学の頃から修練しておりますから、政宗様よりは強いと思います」
「Are you sure?じゃあオレがおいこしてやる!」
この負けん気も、懐かしくさえある。
「楽しみです」
その前に学習ドリルを終えてしまいましょう、と頭を撫でて言えば、幼き主君は再び机に向き合った。



やがて、
我が主はその持てる才を如何なく発揮され、文武共に名をあげられた。
幼い頃の疾病の事もあり必要以上に心配される母君の反対を押し切って、東京の有名大学に現役合格なさった。

しかし、
かつての鳴神を従えた竜の片鱗は伺えず、今に至っている。

それでも良い…

その魂は紛れもなく奥州王のそれであり、そして「政宗」様は「政宗」様なのだから。



鏡の向こうに映る顔の、頬に走る”傷痕”をそっと指でなぞる。
「Hey,小十郎!入学式に遅れちまう、俺は先に行くぞ」
「お待ちを、大学までお送りします」
この春からの政宗様の新生活に合わせるかのように(と言うより、その通りなのだろうが)俺は東京支社に転属になった。(大学を出た後も屋敷に住み込みのまま、俺は輝宗様の会社へ入社していた)
「遠回りだぜ?」
「構いません、もとより今日は休暇を申請していたのです」
それを直前になってミーティングなど予定に入れられてしまい、午後だけの半休にされてしまった。サラリーをもらっている身としては致し方ない事だが、今日が政宗様のご入学の式典という特別な日なだけに割り切りがたい。
「政宗様を送り届けてから出社します」
急いでネクタイを整え、洗面所を後にする。
「そうかい?じゃあ宜しく頼む」
廊下には、光沢のあるシルバーのスーツを着た政宗様が立っていた。スカートがやや短過ぎやしませんか…
「本来なら式典にも出たかったのですが」
「Oh my…,よしてくれ、俺を幾つだと思ってんだ」
大仰に肩を竦めて微苦笑を浮かべて政宗様が仰る。その姿に、思わず俺は…
「Just a minute!湿っぽいのはナシだ」
言われて、慌てて謝辞を述べて目頭を押さえる。
本当に、ご立派になられた…
「I have to get going,式典に遅刻しちまう」
「それはいけませんな、直ぐに車をまわします」
上着を羽織り、廊下に置いてあったブリーフケースを手に取る。
「式典と学部ごとのorientationの後はfreeだ」
作品名:つわものどもが…■02 作家名:久我直樹