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雪がとけたら / 隠し味は愛情です

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雪がとけたら


 
 
 
昨夜から降り続いた雪は、朝にはあたりを薄く白く覆っていた。日曜日とあって静雄は朝からにぎやかな子供の声をそこかしこに聞いたが、目の前にいる高校生もまた、頬を赤くして残り雪に歓声を上げている。
朝積もっていた雪は既に荒らされ、残った雪も昼には溶けた。が、小さな公園の一角、ちょうど日陰になっていた木々の下に真っ白な雪が残っていて、帝人はそれを楽しそうに、愛おしそうに触っては集めている。
素手では冷たいだろうと思うのだが、当の帝人は真っ赤になっている手を気にした様子もなく、木の上の方の枝や遊具に積もった雪を、ちょこちょこ動き回っては集めている。静雄が呼びかけても「もう少し」と繰り返すばかりだ。
昨日の晩から積もるのはわかっていて、帝人はそれを楽しみにしていた。朝いちばんに公園に行きたいと言っていて、なのに昼までベッドから出られなかったのは静雄の所為だ。窓の外から聞こえてくる子供たちの声を聞きながら、淋しそうに溜め息を吐いていたのを知っているから、嬉しそうに雪を集めているのを目の当たりにすると「そろそろ止めろ」とはとても言えない。
適当なベンチに腰をおろして、静雄は煙草を吹かしながらその様子をただ眺めていた。
そうして、ふと、帝人が集めた雪をなにか箱のようなものに詰めているのに気づく。銀色の箱は、よくあるアルミの弁当箱だろうか。その中に雪を詰め上に盛って器用に形を整えて、帝人はポケットから取り出した赤いものを2つ、端っこの方に押し込んでいる。
なんというか、準備万端だ。
「だって、週末は雪が積もるかも、って予報が出てたじゃないですか」
本当は雪だるまを作りたかったのに…、と帝人はちょっと拗ねたような顔を静雄に向けた。あたり一面白銀の世界と言えるほどには積もらなかったので、確かに残り雪で作れるのは泥だるまが精々だ。
「だから、雪うさぎで我慢してくださいね」
そんな風に言って、帝人が雪うさぎ入り弁当箱を静雄の手に乗せる。
「持って帰って、冷蔵庫にでも入れといてください」
「…へ?」
「家に着いたら、証拠の写メ送ってくださいね」
「いや、証拠って」
せっかく作ったのなら持って帰ればいいのにと言えば、最初から静雄に渡したかったのだと返された。
「じゃあ、僕帰ります。1人で帰れますから、静雄さんは、ちゃんとそれ持って帰ってくださいよ」
返事も待たずに駆け出す背に「危ないから走んな」と声を投げる。と、実に子供らしい顔で振り向いて、べえ、と舌を出された。
残ったのは、手の上の雪うさぎ。懐かしいなと指でつつくと、力加減を間違えたのかひびが入ってしまった。慌てて直そうとして掴むと、さらに亀裂が入って中ほどで5つに割れる。
「あー…、…?」
崩れた雪の中に埋まった、赤い小さな箱。ビニールで丁寧に梱包されたそれを呆然と見遣り、我に返って静雄は慌てて駆け出した。
追いつくのは簡単だ。帝人は、溶けた雪でどろどろになった道を、転ばないようゆっくり歩いていたのだから。
「帝人…!」
追いついて呼びかけると、手の中の砕けた雪のかけらを見て困ったように眉根を寄せた。
「冷蔵庫に入れといてくださいって言ったのに…」
「これは、その、俺が貰っていいんだよな?」
「静雄さんは、…きっと明日はたくさん貰うんだろうなって、思ったから」
せめていちばんに渡したかったんです、とうつむいて小さく呟く。冷蔵庫のなかで溶けて、そうして朝一番に見つかればいい、と。
「そう思ってたのに、今気づいたんじゃ意味がないじゃないですか…」
地面を睨んだまま動かない帝人は、けれども覗く耳が真っ赤に染まっている。細い身体を引き寄せると、静雄は抱えあげてそのまま右腕に座らせた。強引に覗き込めば、泣きそうに歪んだ顔がこれ以上もなく赤い。
「…やっぱお前、もうひと晩泊まっていけ」
「え、でも、」
「それで、日付が変わったらもう1回渡して欲しい」
片手で帝人を軽々抱えたまま、空いた手で小さな箱を帝人に差し出す。頼む、と呟くと、聞き取れないくらい小さな声が「はい」と耳を打った。