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さよならの代わりに/X年後

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X年後





ひゅーひゅーと男の掠れた呼吸音が狭く暗い路地に小さく反響する。
狭間から差す光はあの時と違って、厭味な程に清廉な、白く細い幾筋の日の光。
雨上がりの雲の狭間から指す光、ヤコブの階段と呼ばれるそれを思い出しながら眩しそうに目を細めて男は思う。ここで人を出し抜く意味を持つヤコブとはまた皮肉だ、出し抜くつもりが出し抜かれ、そもそも己の名は使徒ではなく預言者であるのに。

「…預言者だったら…?」

ク、己の言葉を嘲笑い、拳に濡れた砂利を握って立とうかと思案するが、結局立つ事無くそのまま砂利を周囲に放り捨てた。あの時ほどの損傷では無いが、あの時ほど若くも無い。
疲れた、誰にでもなく言って疲労した身体を雨上がりの湿った路地にゴロンと仰向けに倒し、ビルに囲まれた狭く、湿気を残しながらも晴れ上がった青い空を見上げ、男は笑い始めた。
ひとしきり笑った後はぁ、と溜息を吐いて上半身だけ起こし、携帯をジャケットから取り出してデータフォルダを開き一つの写真を液晶画面に映し出す。

その写真に語りかける様に男は一人、呟く。

「…ごめんね、」
「あの時は俺の失敗だったから、諦めなければ先はあると思ったんだ。」
「首が目覚めさえすれば、なんて最初から根拠も何も無い冗談みたいな話だけど。」
「けど冗談みたいなデュラハンは実在する訳だし、やってみたい事はやってみないと気が済まない性質でね。」
「これでも結構賭けてたんだ、こんなに不安定で不確実なものに、人生ってやつをさ。」
「で、まぁ大体は思った通り事を進められたんだけど、」
「ところがさぁ、首が目覚めたらどうなったと思う?ハハハ、笑い話だよ、もう、」
「君が聞いたら何て言うのかな、ハハハ、きっと話だけで君を巻き込まないなら目を輝かせて聞いてくれるんだろうね、でも最後まで言ったら嘘だって思われないかな、君は時々酷く冷めた目で人を見るよね、」
「でも嘘じゃないんだ、俺の言う事なんてもう信じてくれないかな、ハハハ、」
「ハハ、は、…あー…、」
「…、」


「…あいたいな…」


ぽそりと漏れる様に呟いた男の声が路地から空へと昇って消える。あまりにも自然に口をついて出たそれを切欠に、堰を切ったかの様に男の胸に感情の波が押し寄せた。
あの時に別れを、エールを告げた、彼に対する想いが。


ごめんね、会いたい。

あの時はごめんね、俺が変わりさえすれば諦めさえすれば君は受け入れてくれたんだろう、最初に君の気持ちに気付いた時は凄く嬉しくてちょっと無い位に浮かれていて、何でこんなに嬉しいんだろうってしばらく分からなかったよだって俺は自分だってどうしようも無い程に、それが問題であると常識として把握は出来ても心底から実感は出来ない位に一般的な意味での情というものを家族にも誰にも持てなかったんだ、もしかしなくても俺は変なのかもしれないね、変なら変でいっそ化け物にでも生まれれば良かったのかもしれない、でも人間を愛してるしこれが俺だからそれで良かったんだ俺が俺のままにしたい事があったし、しなければならない、しなければ我慢ならない事があったんだその為に俺が俺でいなければ意味が無くて君が邪魔だった、必要だけど邪魔だった、だから聞きたくなかったんだ君の気持ちなんてそんなもの聞いたら俺は自分がどうなってしまうか全然分からない、全てを投げ打つなんてそんな事、有り得ない有ってはいけない全てが終わるまで。それに俺と一緒に居て君にいい事なんかあるのかな日常を選んだ君に。だからお互いの為にあれが一番だと、あの時に決定的な事は何も言わず離れてしまうのが一番だと思ったんだけど蓋を開けてみればどうだろう全てを費やした結果笑い話になってしまってああ本当に馬鹿らしい、俺は結局目的を果たせず次の希望も持てずいっそ清々しい位に駄目で的外れで疲れて笑うしかなくなって笑うだけ笑ってじゃあ次に何がしたいかって、

帝人くんに会いたい。

会って何を言おうか何をしようか君はどう思うかな何を言うかな、まず驚いてそれから嫌がるかな怒るかなそれとも無視するかな無視だけはちょっと嫌だなでもきっとしつこく話しかければお人好しで常識的な彼の事だ返事くらいは返ってくるだろう、そこに込められた感情が嫌悪だろうと憤怒だろうと軽蔑だろうと恐怖だろうと拒絶だろうと何だっていい、声が、こんな液晶画面じゃなく直接声が、あの声で、出来れば俺の名前を呼んで、


「…原さん…?」


男の中に溢れんばかりに押し寄せていた感情が、言葉が思考が刹那、止まる。
男の鼓膜をほんの少しだけ揺らした控えめな、高くも低くも無い声が、滅多に怠ける事の無い男の思考回路を止めた。
ジャリ、歩を進める音が何度かゆっくり響き、止まった時には男に影が重なっていた。

「…、」

男は見上げて何か言おうと口を開くが、しかし言葉が喉元でせめぎあって中々一つが出てこない。

どうしてここに、元気だった?元気そうだね良かった、公務員になったんだよね仕事はどう、君の選んだ日常は楽しい?やっぱり少し物足りない?どうでもいいかそんな事君が元気なら、童顔や体型は然程変わらないけどやっぱり全体的に大人びたね当たり前か、俺は相変わらずこんなんで申し訳無いけどこれでも君を巻き込まない道を選んだんだ、結果はどの道を選んでも同じだったから今思うと本当にそうして良かった、一応君の事も調べてはいたけどあくまでも最低限、だって会いたくなるから、そう会いたかったずっと会いたかったんだ会って声が聞きたかった手を伸ばしたかったあの時別れを告げなければよかったあの時君に、帝人くんに言いたかった、



「、好きだ、」



時間にしてほんの数秒、怒涛の如く男の中に溢れた想いを全て凝縮した一言が、あの時と同じく男の目の前に立つ彼の鼓膜に届く。ピクリ、彼の手の爪先が僅かに震える。

今度はエールではなく、勿論別れの言葉でもなく。

届いた男の言葉を受けて彼が何と返すのか、そこに込められた感情が嫌悪か憤怒か軽蔑か恐怖か拒絶か、またはそれと全く反対の別の何かなのかは、彼が口を開くその時まで、今この瞬間はまだ誰にも、使徒にも預言者にも、きっと彼自身でさえもわからない。











X年後、新宿の男の根城である高層マンションの一室、その台所から男を呼ぶ声がする。
臨也さん、姓ではなく名で呼ばれたのは何時からだったろうか、思い男は笑顔で声の主の元へと向かった。