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さよならの代わりに/X年後

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男には理解出来ない。


プライド故か自らのポリシー故か、単に感情の起伏が少ないのか過去に完全な敗北を喫した事が無かったからか、男は他人に恨みを持たれる事は有っても持った事はない。憎悪と嫉妬、状況によってそれぞれ報復の対象はいたがそれでも男特有の愛情を超える怨恨など無く、やはり目の前の彼にも称賛こそすれ恨みなど無い。

だが彼に恨まれる覚えはある。嫌と言う程に自覚もある。

恨まれるのが仕事の様な生き方をしてきたし実際に男に報復を試みた人間も成功はしていないが多数いた、同様に被害を被った一人である彼が自分を恨むのは当然であると思うし、つまり彼は自分を恨んでいる筈なのだから、なのに、いくら愚かな程に善良であるとはいえ、何故倒れ込んだ自分を支え、挙げ句傷ついた男を、自分を、身が切れる程に悲しそうな顔で見上げているのかが、理解出来ない。

厳密に言えば、出来ないのではなく、したくない。

数分前、何もせず何も言わなかった彼に、彼と向き合って無言のまま過ぎていく時間と空間に、苛立ちを覚え急いて立ち上がった事を男は心中で悔いて、願う。
何も、言わないで欲しい。
だが男の願いも虚しく、目線を足下に向けた彼は今までの沈黙を破りポツポツと小さく、だがはっきりとした声音で、話し始めた。


「…黙ってしまって、すみません。」
「何て言っていいのか…わからなくって、」
「どんな顔をすればいいのかもわからなくって、」
「言いたい事が、たくさん…本当にたくさん、あった筈なんですけど、」
「あなたを見たら、もう頭の中真っ白になっちゃって。」

「…」


やめろ、これ以上は何も言うな、男は思う。
思うが何故か口には出せず、彼に預けている自身の体重を戻す事も彼の口や己の耳を塞ぐ事も彼から目を離す事すら、出来ない。
そんな男の心中を知ってか知らずか彼は顔を上げて、真っ直ぐに男に視線を合わせ、


「…僕は、日常に戻ります。」
「逃げる為じゃなくて、怖いからじゃなくて、自分の意志で日常を選びます。」
「大切な人達が、いるから。」
「全くの無関係というには無理があるかも知れないし、何よりあなたが、今後どうするつもりかは僕にはわかりませんが、」
「…どんな事があっても、僕はもう迷ったり、以前と同じ選択だけは、しません。」


強い決意を込めた青味がかった瞳で男を射ぬく様に見つめ、静かだが何より誰より強い口調で、告げる。



「だから、さよならです。」



男は固まったまま動けない、彼から目を反らせない、返事も返せない。

だから聞きたくなかった、激しい後悔が男を襲う。
体がどんなに悲鳴を上げようと無理にでも耳を塞げばよかった、いや耳を塞がなくても目を瞑ればよかった。
何故なら問題なのは離別の宣言そのものでは無く、それを告げた時の彼の目が、彼の表情が。
別れを悲しむ様な、その表情が。

「…最後に、僕はあなたが、」
「!」

まだ話を続けようとする彼に、男はもう我慢ならないとばかりに噛みついて、彼の口を自身のそれで塞いで黙らせようとする。

「…っ」
「っだ、大丈夫ですかっ?」

しかし急激な動きにやはり男の身体は耐えられず、痛みに顔をしかめて背中を丸め、彼の肩に頭を埋める。
心配そうに男を見つめる彼の口を完全に塞ぐ事も出来ない今の己の無力を呪いたくなった。

「…どうして、」
「黙れよ、」

男の吐息が彼の首にかかる。

「…くすぐったいんですけど…」
「…黙って…頼むか、ら、」

もう二度と見る事は無いであろう、貴重な男の懇願に彼は苦笑する。

「…言いたい事があるなら言えって言ったのに…」
「…」
「…最後なのに、どうしても言っちゃだめですか?」
「…」

男は彼の肩に置いていた両腕を彼の背中へ回し、彼の言葉に肯定を示す様に、懇願する様に、今の自分に出来る限りの力を込め抱き締めた。
言わないで。
彼は男のその行為に驚き、困った様に眉尻を下げしばらく視線を空中に彷徨わせた後、哀しそうに微笑んで、男の背中に回した両腕を傷ついた男の身体に痛みや衝撃を与えない様にそっと回し直した。


「…、最後までひどいや…」


呟くと男の肩に顔を埋め、男の血と汗に塗れた服に音もなく零れた彼の涙が染みを作る。
傷が熱を持ち始めているのか、男の体は存外暖かい。
外はもう暗く周囲は穏やかな暗闇に包まれ、この狭い路地には遠くのネオンの光がぼんやりと届くだけで、人工的ではあるが異常ではなく彼の視界にはその全てがぼやけて見え、どこか暖かみすら感じられた。


「…こんな事言ったら正臣達に怒られるかもしれないけど、感謝も、してるんです。ここで、出会えた人達はかけがえが無いですし。起こった事も一生忘れません。だから、あなたの事も。忘れようと思っても忘れられない人だとは思いますけど。」

「…最初は、甘楽さんでしたね。利用する為だって今は勿論わかってますけど、池袋の話だけじゃなくて、他愛ない話をしている時も結構楽しかったんですよ、あっちは本当に田舎ですから。まさか中身がこんな人だとは思ってませんでしたけど。あ、ネカマって事は何となくわかってました。」


鼻を啜りつつ話す彼に、男はもう黙れとは言わない。
ただ黙って目を閉じて全神経を耳に集めて、一言も取り零さず彼の言葉を拾う。


「それで最初に池袋で会った時は何か怖くて…助けて貰いましたけどナイフ持ってるし、正臣の様子もおかしかったし。でも非日常も感じて、興味はずっとありました。怪しいと思ってたのに何で信じちゃったのかな…甘楽さんだって知った時はただ驚いて…あぁ、そのせいもあるかも、ずっと知り合いだった人だと思うと、何か。」

「その後は…やめときます。あなたを罵倒したり、恨み事を言うつもりは無いんです。ただ最後に、色んな意味でお世話になったあなたに、自分の気持ちとお別れを言いたかっただけですから。」


お別れ、その単語に男は苦笑する。
今後の予定はまだ定まらない、だがまだ諦めるつもりは無い。何年先になるかはわからないが、場合によってはまた彼を巻き込むかもしれない、必要ならばそれを躊躇はしないだろう、自分がそういう人間だと男は、情報屋の折原臨也はわかっている。
今すぐに彼を利用する事を考えてもいい、情報屋の折原臨也は頭の端でずっとそれを考えている、だけど彼は、ダラーズの創始者である竜ヶ峰帝人は今、創始者としてではなくただの竜ヶ峰帝人として前に進もうとして、ただの折原臨也に真正面から向き合っている。

その馬鹿正直さに免じて、今だけ頭が働かないという事にして見逃してやるくらいには男は、甘楽は、折原臨也は彼が、田中太郎が、竜ヶ峰帝人が。

その先の言葉を、彼に言わせなかったのと同じ言葉を、気持ちを、胸に止めて。



「…頑張れよ、田中太郎くん」



別れの言葉の代わりにエールを贈り、名残惜しむ様に殊更ゆっくりと体を離した。